第8話:一人のランクB
「ジェイルさん、あの本とても分かりやすいです。大事に読ませてもらいますね」
朝、ギルドに向かおうと宿を出たらリコリスが居た。
どうやら昨日渡した本の礼をどうしても言いたかったらしい。
喜んでもらえて何よりだが、簡単な情報しか載ってないし、お粗末な本だと思うんだが。
逆か。簡単なことだけ載ってるからいいのか、初心者には。
リコリスが受けるようなクエストで出てくる魔物はまだまだ弱いから特徴さえわかればいい。
というか。
「リコリスはなんであのクエストを受けたんだ?」
「あのクエストですか?」
ほら、出会った時のクエストだ。
あれはランクCのクエストで張り出されてる場所も離れてるし、かと言ってランクCの中では報酬もかなり少なかったはずだ。
それなのにあれを選んだってことはそれなりに理由があるのだろう。
「あ、はい、えっとですね。月白草は私の村の近くでも生えてたので知ってたからです。場所はミランダお姉さんが教えてくれました」
「そういうことか」
知っていたから選んだ。分かってしまえば何の不思議もなかったな。
「まあいい、とりあえずだ。あの本は渡したし、ランクEまでなら特に教えることもない・・・と思う」
採取の基本は教えたし、クエストに張り出されそうな種類の薬草等は本に書いてある。
魔物もこの近辺に出るのは殆ど書いてある。……から本さえ読んでおけば問題ないはずだ。
それにランクFとEは元々一人でこなすクエストだし、毎度毎度俺が付き添う必要もない。
それなら少しの間、リコリスには一人で経験を積んできてもらおう。
「よし。じゃあ、暫くの間は一人でランクFとEをやってみてくれ」
「一人でですか?」
「昨日やってみてわかっただろ? ランクFもEも一人で大丈夫だ」
「わかりました。早速ギルドへ行ってクエスト受けてみます」
元気よく返事をし、ギルドの方へ駆けていくリコリス。
さて、厄介払いもできたし俺はどうしようかな。
リコリスの後を追うようにギルドに顔を出すのはちょっと気が引けたので、一旦宿に戻ってコーヒーを飲もう。
砂糖を入れながらもかき混ぜず、少しずつ味が変わっていくのを楽しむのが最近のこだわりだ。
胃を微かに満たしてくれる茶色が、今日の俺に活力をくれる。
ゆっくりとコーヒーを飲み干した後は、ゆっくりとギルドに向かった。
「ランクBのクエストをする。暫く空けるからリコリスのことは頼む」
リコリスをミランダに預け、少しの間不在になるクエストを受ける事にした。
「えーっ、ロックガードさん空けちゃうんですか? リコちゃん放って?」
いいんだ。
面倒は見るが、付きっきりで見るつもりなんてさらさら無い。
「そもそも、FとEしかやらせないんだから俺は必要ないだろう。ランクDに上がってもいい状態になったら手を貸すさ」
「ぶぅ」
ぶぅ、じゃねえ。何歳だお前は。
「いいから頼む。雷角獣トライコーンのクエストだ」
「また難しそうなクエストを……このクエストだと二週間位は掛かりますね。はい、受理しましたー」
何故拗ねる。
だってそうだろう? 一人で出来るのに俺が居る必要なんてないだろうに。
なんなんだ。
ぶーぶー批難するミランダを振り払いギルドを出た。
どうにも釈然としないがランクBのクエストだ、他に気を取られていたら致命的な怪我を負うことだってあり得るので気を引き締める。
トライコーンだと、手持ちの魔石じゃ足りないな。市場を見ていくか。
しかし、最近ランクCをしたばかりなのにランクBは早まったかもしれない。
§
茂みに隠れて辺りを伺う。
トライコーンのクエストを始めてから今何日目だ?
まだ目処すら立っていないのに既に帰りたい。
風呂に入りたい。コーヒーを飲みたい。本を読みたい。
匂いは大丈夫か? 姿は見えてないか? 撒き餌は?
ランクBはいつだってギリギリだ。
余裕を持って出来るCにすればよかったといつも後悔をする。
雷撃をいなす為に用意した魔石もそろそろ終わりそうだ。買ったばかりなのに。
しかし、ここで焦ると碌なことにならないのは目に見えている。
足を切りつけ、動きを鈍らせてから攻めるんだ。冷静に、素早く。
§
「ジェイルさんお帰りなさい。大丈夫ですか? ボロボロですよ?」
「ああ、ただいま。平気だ。怪我は殆どない」
トライコーンの討伐も無事終わり、ギルドへ報告に行くとリコリスが駆け寄ってくる。
というか随分タイミングよく居るな。入り浸ってるのか? ガルバンのように。
今は居ないみたいだが。
クエストは結局二週間を少し超えてしまった。
雷は飛ばしてくるわ、角で突き刺そうとしてくるわ、後ろ脚で蹴ろうとしてくるわ、危なくなったら逃げるわで大変だった。
皮で出来た防具はボロボロ。買ったばかりの魔石も使い切ってしまったがそれでも大きく黒字だからありがたい。
けれど、疲れたから装備が整うまではしばらく休業しよう。リコリスの面倒もあるし。
「クエストの報告を頼む。素材は生息地付近の村に売ってきた。これが討伐証明だ」
雷角獣の角を差し出して報酬を受け取る。これでクエストは終わり。
ほんとに疲れたから今日はもう風呂屋に行ってさっさと帰ろう。
金を持った状態で一人だと馬車の中でもちゃんと休めなかったから。
「ロックガードさん、もう帰るんですか?」
「ああ」
「リコちゃんずっと報告したがってたみたいですよ?」
「いえ、大丈夫です。ジェイルさん疲れてるみたいなので明日にします」
こんな健気な子ずっと放って置いてまだ放置するの? と言いたげな目を向けてくるミランダ。
そして笑顔で見送ろうとするリコリス。
なんでこの状況でリコリスの笑顔の方に強く後ろ髪を引かれるんだろう。
「明日、明日聞くから。今日は勘弁してくれ」
「いえっ、そんな。ジェイルさん疲れてるんですから今日はもう帰ります。明日の朝、またギルドに来ますねっ」
疲れもあって頭も重いし聞き間違いかも知れないんだが、いま明日の朝早くにギルド来いって言ったか?
リコリスは返事すら聞かずに俺を追い抜き、ギルドを後にしようとする。
――止めないと。明日も朝からギルドに来る羽目になってしまう。
「待てリコリス。明日は十一の鐘が鳴ったら俺の宿に来きてくれ。話もそこで聞くから」
足早に立ち去ろうとするリコリスに早口で伝える。
時間も昼前に指定したし、場所も宿に指定した。
これで大丈夫。明日はちゃんと休めそうだ。さあ、帰って寝よう。
「いいんですか?」
「? ああ、俺としてはその方が助かる」
「やったねリコちゃん!」
笑顔でリコリスに親指を立てるミランダ。何だ?
「はいっ」
笑顔で元気よく返事をするリコリス。だから何の話だ?
なんだか分からないが何かを間違えたような気がする。
ただ、リコリスを宿に呼んだだけなのに。
どうにも頭が重くて深く考えられなかった。
十一の鐘は11時です。




