第20話:貴族の護衛
「貴族様の護衛ですか?」
「そうだ。いま他の町の貴族が”お忍びで”滞在しているんだが、帰路の護衛を探しているらしいんだ」
翌日。
ガルバンから聞かされた話をリコリスにすると案の定驚きの声が上がった。
本当はガルバンへの依頼だったんだが、そんなガルバンから依頼が回ってきた。
その依頼だと二人以内をご所望らしいが、俺が居ればまず大丈夫だろうし、リコリスが居れば貴族が関わってるとは思われないだろうという理由だ。
この帰路の旅がわりかし安全なのもある。
「私たち二人で護衛ですか? 貴族様の護衛なのに他には居ないのでしょうか?」
「向こうには元々お抱えの優秀な護衛が一人いるぞ。それにガルバンのパーティが先行隊として色々便宜を図ってくれるから危険は殆どないはずだ」
たしか半日程先行して、危険そうなものはあらかた排除してくれる予定だとか。
貴族の護衛ならそのくらいは当然だな。
「でも……」
どうやらリコリスはこのクエストに乗り気じゃないようだ。
貴族って部分が心配なのか、護衛って部分が心配なのか。
「ガルバンさん達のパーティとご一緒するのじゃあダメなんですか?」
「お忍びだからな。余り目立つことはしたくないらしい」
大体二人以内っていう話なら俺一人でもなんとかなるだろう。
……そうだな。
ランクCをどうするか、なんて段階のリコリスにはまだ早かったな。
「わかった。リコリスは今回、留守番にしようか。確かにまだ護衛は早いかもしれないな」
元々リコリスをこのクエストに参加させるのは乗り気じゃなかったんだ。
ここは一人でやろう。
「ジェイルさん一人でやるんですか?」
「そうなるな」
「それは……ダメです。それなら私、やります」
どうやらリコリスは俺を一人にさせたくないらしい。
力強い声が少し印象的だった。
§
「君たちが護衛をする冒険者かい?」
「はい、そうです」
当日、昼過ぎ。
護衛対象の貴族との顔合わせ。
これから出発だが、もう馬車には荷も積んであるらしい。
俺たちの分も用意してあるので荷は最低限でよいとのことだ。
さすが貴族、懐の広い。
「話は聞いているよ。元騎士をしていたんだってね。それなら私も安心だ」
「この剣に誓って帰路の安全を保証します」
よかった。
聞いたとおりに温厚そうな人だ。
「お嬢さんも魔法使いなんだってね。その年で立派なことだ、君にも期待しているよ」
「は、はいっ。頑張ります」
貴族にはギルドから既に話もついているのだろう。
リコリスなんて子供を護衛に使っているのに気を悪くした様子がない。
貴族の男性は軽く頷くと箱型の四輪馬車へ向かう。
「貴方がジェイル・ロックガードさんですか?」
貴族の男性が馬車に乗り込むと、次に別の男が声をかけてきた。
「ええ、そうですが」
声をかけてきた男は貴族ではなさそうだ。
割と細身だけどこの男がお抱えの護衛の人だな。
貴族の男性もそうだったが扮する為に割と普通の服に身を包んでいる。
それでもやはり質の良さは隠しきれていないようだが。
しかしこれなら多少金を持っている程度で済むだろう。遠目にもわからない。
「ジェイルさん、私、あっち行ってましょうか?」
「いえ、大丈夫ですよお嬢さん」
話の邪魔になると思ったのか席を外そうとしたリコリスを止める男。
「それで、俺に何か? 護衛のことで?」
「それは後ほど。貴方の噂は耳にしていたので、一度拝見したいと思いまして」
「ジェイルさんの噂ですか?」
噂か。
なんかイヤな流れっぽいからリコリス、じゃなくて俺が席を外したいんだが。
そういう訳にもいかないけど。
「噂です。なんでも16歳という若さで一発合格し、入隊したジェイル・ロックガード。入隊直後に3回生相手に模擬で勝ち、しかし半年程でやめてしまった謎の方です」
「ああ、俺だな」
やっぱり噂というのは騎士の頃の話だったか。
あまり騎士の頃の話はしたくないんだが。
「3回生ってなんですか?」
「3回生ってのは入隊して3年目の人ってことだよ」
「その人に勝ったんですか?」
リコリスのキラキラした眼差しが眩しい。
そんなに大層なものじゃない。
「模擬の試合で一回だけだ」
「その一回がすごいんですよ。改めましてジェイル・ロックガードさん。お会いできて光栄です」
「あまり持ち上げられるのは照れくさいが。こちらこそよろしく」
そのまま握手を求められたので握手で返す。
なんにしても、この人たちが相手なら今回の護衛は余計な摩擦もなさそうだ。
「ジェイルさん。優しそうな人達で良かったですね」
「そうだな」
貴族を乗せるには質素とはいえ、しっかりとした作りの馬車を走らせる。
急ぎでもないのであまり速くない速度だ。
速度を出しすぎて、ガルバン達先行隊に追いつくわけにもいかないからな。
「一応言っておくと中にも聞こえてるからな」
「あっ、ち、違います。違うんです」
途端に慌てるリコリスの頭をポンポンと叩く。
あまり落ち着きのない感情は紐や声を通して馬に伝わるから静かにするように。
数日とはいえ長丁場の旅だからな。
馬を無用に高ぶらせても良いことはないだろう。
リコリスの慌てた声と、ゆったりと一定の速度で響く馬の足音は、とても護衛とは思えないのどかな旅を思わせた。
§
ガルバンら先行隊のおかげか、結局一日目は何事もなく終えた。
この調子なら2日後には次の町、10日経たずに目的の町に着くだろう。
予定通りだ。
馬車の収納部分に積んであった荷から布を引っ張り出し、簡素なテントを作り、貴族はそこで一夜を過ごす。
俺とリコリス、お抱えの護衛の人の3人は見張りだ。
「魔法使いが一人いるだけで随分楽になりますね」
お抱え護衛の人がリコリスの魔法をしきりに褒める。
お世辞もあるだろうが確かに魔法使いが居ると水や火の用意がすごく楽だ。
「あ、ありがとうございます」
褒められ慣れていないのか恐縮そうにするリコリスの頭をポンポンと叩く。
先ほどので癖になってしまったようだ。
理由は分からないがなにか落ち着く。
リコリスも嫌がらないのでこのままポンポンさせてもらおう。
「もう一度確認をしておきましょうか」
お抱えの人が再確認の提案をする。
行きがけにもおこなったが、確認は何度しても足りないことはない。
こういうのは意外なところでミスが出るのだから。
「もし盗賊や魔物が出た場合、私は旦那様のお守りをします。傍を離れることはないので、あなた達に何かあっても手を貸することは無いと思ってください」
「ええ、俺とリコリスは馬車から離れすぎない程度に迎え討って出ます」
「はい、がんばります」
「では、その方針で」
確認も終わるとお抱えの人はテントの方へ戻っていった。
双方、それなりの信用はしているが少し離れた場所で監視し合った形に収まっている。
まあ向こうには貴族が居て、こっちには女がいるからな。
その位の配慮は必要だろう、お互いに。
「ジェイルさん、なんだか平気そうですね」
「旅のことか? まだ町を出たばかりだからな。そうそう危険な魔物になんて出くわさないさ」
「そうですよね」
町の周辺部に危ないのが出るようなら、すぐに冒険者が狩るだろう。
その為にいるようなもんだ、冒険者というのは。
「それにガルバン達先行隊がなんとかしてくれてるだろうから、何事もなく終わるはずだ」
なんて言うが相手は魔物、生き物だ。
一度は離れても戻ってくることもあるだろう。
その時は俺がなんとかしてやるさ。
大体このクエストは、本来リコリスにはまだ早いんだ。
初めての護衛に、初めての夜営。
わからないことだらけのリコリスには不安は付き物のはずだ。
ようやくランクDのクエストにも緊張しなくなったのにな。
「ジェイルさんと一緒なら怖くないです」
強がりなのか強がりじゃないのか。
前にも聞いたような言葉に、俺はリコリスの頭をポンポンと叩いてやった。




