第1話:ジェイル
――失敗した。
簡単なクエストに、大したことのない獲物。
それが蓋を開けてみればこれだ。
散々逃げまわられた挙句、こんな森の深いところまできてしまった。
目も当てられない。
さて、どうする?
一応はクエストも終わったことだし、このまま帰るべきなのだろうが、どうにも心が許さない。
失敗を少しでも取り戻したい。
ついでに月白草でも採取していくか?
ここからなら歩いてすぐのはずだ。
もし月白草を採取して、クエストが残っていたらそのまま提出。
クエストが残っていなかったら薬屋にでも買い取ってもらう。
……そうだな。そうしよう。
誰に見栄を張るでもないのに、心の中で呟いた。
§
森の特徴なのか、どこかジメジメとした空気が肌に張り付く。
そんな空気の中、落ちた枯れ枝を軽く避け足を進める。
周囲への警戒を怠ることなく。
何分かほど足を動かすと開けた場所に出る。
そこには木漏れ日を浴びるように月白草が生えていた。
必要とはいえ、この程度の薬草をわざわざここまで取りに来るのはあれだな。
もっと町の近い所に自生しててくれればいいのに。
なんてことを考えながら、必要な分だけを採取して腰に掛けてある袋に詰める。
これで採取のクエストも完了だ。
時間自体は予定よりも掛かったがクエスト二つなら悪くはないか。
尻拭いのような用も終わり、町に戻ろうと思ったところでふと人の足跡に気づいた。
サイズは小さい。おそらく女――いや、この大きさはどちらの性別であっても子供だな。
古い新しいの判断が出来るほど詳しくはないが、おそらく今日出来た足跡だろう。
一人分なのは何故か。
パーティで来て、他のが警戒してる間に立場の弱い者が採取したとかその辺だろうか。
それなら足跡の小ささにも説明がつく。
つまり、だ。
やっぱり月白草のクエストは既に受けられていたな。
無駄足に近かったが、元々それほどの期待もしていなかったので心労は少ない。
踵を返し町へ向かう。
途中、ワイルドモンキーの縄張りに入ったが構わず通り抜けることにした。
この程度の魔物なら不覚を取ることもないだろう。
――なんて思っていると空気が変わった。
居る。この先に。
多分ワイルドモンキーで間違いない。しかも獲物を狙っている。
おそらく先ほど見つけた足跡のパーティだろう。
加勢するか? それとも邪魔になるだろうから迂回か?
「きゃぁっ」
女の悲鳴が響く。余裕のない悲鳴。
迂回なんて言ってる場合じゃない。
素早く悲鳴の元へ駆け、そのまま飛び出すとそこに居たのは座り込んだ少女と数匹のワイルドモンキー。
小さい子供だ。先ほどの足跡はこいつだな、パーティはどうしたんだ? 見捨てられたのか?
思考を巡らせながらもワイルドモンキーに斬りかかる。森の中だったが剣を振れる程度の広さはあった。
それにしても、人の事を考えながら戦うことになるので周りに人が居るのはやりにくい。
背中が気になる。気持ちよく剣が振れない。
自分と敵にだけ集中したい。
余計な思考ばかりが駆け巡るが、それでもワイルドモンキー程度の相手なら不覚を取ることもなく戦えた。
§
二匹ほど斬ると敵わないと悟ったのか魔物は逃げ出した。
よくあることだが、群れの魔物はすぐ逃げるから気に入らない。しかし弱い生き物は大体群れる。
「おいお前、大丈夫か?」
未だ座りこむ少女に話しかけつつも少し観察する。
アイルーン染めのローブにケープ。ローブの下にはズボン、フードは無し。
髪は灰色で少し長め、顔は幼いながらも整った顔立ちをしている。
見る限り、普通の子供だな。魔法使いっぽい装いだが。
この髪の色はたしかどっかの地方だ。どこだったか……。
「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます。助かりました」
結局思い出せなかった。
それにしても子供にしては思ったより丁寧な言葉遣いだ。
どこぞのお嬢様とも思えないし、きっと大人ばかりの場所で育ったのかもしれない。
正直面倒だがこのまま放って置くわけにもいかないので、とりあえず話を聞く。
「お前、パーティはどうしたんだ?」
「あの、いえ、一人です」
「パーティも組まずに此処まできたのか?」
「はい」
信じられない。どういう神経してるんだこいつは。
全部自分に帰ってくる言葉のようにも思えるが、一人で森に入るなんて何考えてるんだ。
「お前、冒険者だよな? クエストでここに来たのか?」
月白草が採取された跡もあったし足の大きさから見ても、それは間違い無いだろう。
「はい、クエストの帰りに襲われてしまって、ここまで逃げてきました」
森のこの深い場所から逃げ切るつもりだったのか。
本当に偶然だったが間に合ってよかった。
「お前――」
「あ、あの、すみません。自己紹介をしてもいいですか?
「は? 自己紹介?」
「その、お前って言われるのちょっと恥ずかしいです……」
お前って呼ばれるのが恥ずかしいとか、女の考えることはよくわからん。
嫌だっていうならしょうがないが。
「俺の名前はジェイル。ジェイル・ロックガードだ」
自己紹介と言われてもな……。
簡潔に名前だけでいいか。
「私はリコリスです。リコリス・ブラウンです」
リコリス。
普通の名前だ。他に浮かぶような感想もない。
§
話をいくつか聞いているうちに大体の事情はわかった。
こいつの名前はリコリス・ブラウン。13歳の魔法使い。
そもそもピースガーデンの町に来たのも初めてなら、クエストも今回が初めて。
採取ならと手にしたのが月白草のクエスト。
確かに採取はお使いクエストと呼ばれてるが、本当にお使い感覚でする奴があるか。
いや、これに関してはランク等もろもろの説明をしなかったギルドの受付が悪いな。
月白草の場所も受付から聞いたらしいから、関わってないってことも無いだろう。
あとで問い詰めてやる。
「あれ? お前、杖は?」
ふと気づいたがこの少女、魔法使いなのに杖を持っていない。
「えっと……杖は逃げる時に落としちゃいました」
杖を落とした魔法使いか。
見たところ予備のペン杖も持っている様子もないな。
素人なこと位わかってる、わかってはいるけど……。
リコリスという少女の方に顔を向ける。
「?」
危険な目にあったばかりだというのに、このどこかぽやっとした顔。
これ、もしかしてすごく面倒なものを拾ったんじゃないか?