3.小さいころの悪事は大人になっても語り継がれるもの。
「まーたお前らかあああああぁぁぁぁあああああ!!!!」
「濡れ衣だああああああぁぁぁぁあああああ!!!!」
「あはははっはははははははははあはあはははははは、ひーっ」
暑い日が続きまっすね!夏休み入って畑とバイト三昧の莉子ちゃんでっす!
宿題?そんなものは存在しない、いいね?
さて、アタシは今追われている。相手は駐在のおっさん。ポリ公。しかしこれは冤罪だ。我々はー、無実だー!
一緒に逃げてるシノが笑いでどうしようもないことになってるので、いっちょ最初から説明しよう。
* * *
アタシたちの地元では、お盆の前に祭がある。
由来なんかはわからんけど、町内ごとに神輿も出て、おっきい花火も上がる、結構盛大な祭だ。
小坊中坊のうちは、地区ごとの児童会によって祭神輿参加は最早義務なのだけど、飛び入り参加もできる。ノリが命の高校生も、たまに担いで練りまわっている。まぁアタシらは中学で卒業した。というか、させられた。解せぬ。
アタシらが中坊の時、シノの兄ちゃんは、ずっと神輿担いで練りまわってたのに。去年だって大人しくしてたのに騒動は起こるし。まったくもって解せぬ。あ、これは今どうでもいい。
今まさに、祭り真っ最中であると、第一にしてもらいたい。
第二に、今年の夏、アタシとシノとあっくんは、大人しくしてるつもりだった。
日々を愉快に過ごすという人生の大義名分はさておき、騒動を起こすつもりも予定も、気配すらない。
アタシらの言い分としては、いつだって騒動を起こす気なんか微塵もなんかないのだけど。結果はさておきな。
みんなそれぞれ忙しくなったし、いつまでも三人ひとまとめで行動なんかできっこない。
それにアタシたちは、三人でいると、どうも騒動が大きくなりすぎるきらいがある。ここまでくると、騒動の方があたしたちを愛してるんじゃないかと思えてくる。
そこで今年は一つの試みとして、三人バラバラで過ごしてみるのもいいんじゃないかと提案した。
この時は、ほんの軽~い、どうかな?程度の思いつきを口にしただけだったんだけど。
唯一の恋人もち、リア充のあっくんは二つ返事で「おk」だった。あっくんは面倒見がいいくせに、割とドライなところがある。
難航したのがシノである。激烈に反対し、この夏、奴はアタシの家を第二の住処と定めおった。家帰れよ!おばちゃん心配してっぞ!!うちにいるってわかったら生活費入れてきたけどな!昔からわがままマイペースな奴だったけど、ここまで反抗してくるとは思わなかった。甘やかしすぎたのかな?
高校生にもなれば、バイトやそれぞれの学校の付き合いなんかもあって、ほぼばらばら行動だった。それでも集まるときは集まった。別に三人でいることが嫌になったわけじゃない。シノはやたらべったりしてきたけど、それもまたいつものことだしと諦めた。
そんな風に、この思いつきは流れてったわけだけど。
初手は、あっくんが、祭には一緒に行かないと告げたことだ。
彼女のユイちゃんを誘ったらしい。まぁ当然だな。アタシでもそうするわ。
問題はシノである。盛大にふてくされた。
いつもへらへら笑ってる奴が、珍しく不機嫌を押し出してアピールした。正直びっくらこいた。
のんびりした話し方に惑わされるが、シノは結構意固地なのだ。自分がメシマズだと絶対認めないように、我を張りだすとなかなか引っ張る。
いつもならあっくんがどつきながら妥協点を見つけてくれるんだけど、今回は無理だろうなー。あっくんも大概マイペースだし。
しょーがないから、しょぼくれて面倒くさくなったシノの手をひいて祭にくりだしたのである。アタシってば優しいね!
* * *
夕闇迫る神社の参道を、シノの手をひいててくてく歩く。
すでに人がごったがえしていて、両脇にはみっしり屋台が軒を連ねる。灯りのともった提灯がぶら下がり、浴衣を着た大人たちや法被を着た子供たちがわいわい行き交っていた。
ばあちゃんの教え通り、まずは神様にあいさつに行く。御手洗で手と口を清め、お賽銭を入れ、鈴を鳴らして二礼二拍一礼。手を合わせて願い事。ちらと横目でシノを見れば、仏頂面だけどちゃんと習った通りに参拝していた。
後ろがつかえるのも難なのでさっさと動く。また手をひくと、二周りはゆうに大きい手でぎゅうと握ってくる。なんだなんだ?
「クロちゃん、おねがいごと、何した?」
「言っていいもんじゃないんじゃないの、こーゆうのって」
「え~……」
ますますしょぼくれた雰囲気に、アタシはつないでない方の手でガリガリ頭を掻いて、裏参道の方に向かう。そっちはまだ人が少ない。表の方は、中学や小学校の知り合いやら近所のじっちゃんやおばちゃんやらが多くて、落ち着かないんだよね。
転々と等間隔に提灯の下がる薄暗い道は、人気も少ない。
でっかい切株がある場所まで歩き、そこにシノを座らせる。嫌に素直に従って、なんだか人形みたいだな。黙ってればたれ目がちの中世的な顔なのだこいつは。
ため息をついて、いつもより低い位置にある紅茶色の髪を撫でる。暑いというのに伸びっぱなしの髪はサラサラの指通りで、くせっ毛のアタシにケンカ売ってんのかと思う。
「オレさ~」
「んー」
「ダメみたい」
「んなこたわかってるよ」
「去年の夏はさ~いろいろやってさ~」
「怒られまくったけどね」
「真夜中の爆チャリ暴走族楽しかった~」
「田んぼツッコんでもれなくみんな泥まみれになったけどね」
「三年前のロケット花火戦争は、西中の奴らに快勝したし~」
「雷親父とお巡りから逃げ惑ったけどね」
「おととしの花火戦争は爆笑だったし~」
「空中ネズミ花火はアカン。敵味方関係なくなったじゃん」
「立体長距離流しそうめんおいしかったし~」
「あっくんが計算しまくって一回もつかえなかったよね。智の友達呼んで、結局児童会主催みたくなったし」
「ドロップキックで黒板大破したのも教室で芋虫大量発生させちゃったのもさ~」
「芋虫はえぐかった。天井から落ちてきたりさー」
「みんな、三人でしたことじゃんか~」
「まぁ、そう、なのか?アタシらだけじゃなかった気も、うん?」
段々アタシのみぞおちに頭をくっつけて、ぐりぐりえぐりだす。腰に手を回して、引き寄せられる。
なんだよ。
「なんだよーシノ。あんた、さびしかったのか?」
アタシより長いショートボブの髪を、ぐしゃぐしゃにかきまわす。
ぎゅうと抱き寄せられる強さで、肯定と言ったも同然だ。
しょうがない。
今回のことは、アタシが先走ってしまったようなものだ。シノの気持ちを置いてけぼりにしてしまったのは、アタシたちが悪い。
たすたす胸元の茶色い頭を手櫛で整えながら、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「ずっとみんな一緒は、無理だろ?」
「でぼぉ~」
「いつかは、離れてく。その準備は、必要じゃない?」
「エロエロ星人のあっくんは、もういいよ。やだ。クロちゃんはヤダ」
「どういうこったよっつーかあっくんもあんたにだけは言われたくないだろーよ」
「クロちゃんだけは、離れちゃやだ」
妙にはっきりした声だった。
聞き慣れたはずなのに、聞いたこともない声にも思えた。
投げやっていた視線を胸元に戻すと、黒々とした、濡れた眼球が提灯の光を散らしている。
右の目もとのほくろまで変わらないのに、まるで別の生き物を抱いているような気分になって、触れ合ってる部分の熱が、急に遠くなったような気がした。
一瞬にも数分にも数十分にも思える、吸い込まれるようなみずみずしい黒色に、飲み込まれそうになって。
ふいに、不思議な色に染めた目元をにんやりゆがめて、シノはぐりぐりとアタシの胸元に顔をこすりつける。
「あ、これこれ。なんの兆しもない落ち着くなだらかさ」
…………………………………… こ の 野 郎 。
心配して損した!心底後悔した!んだよ!結局いつも通りじゃねーか!しんみりしてたんじゃねーのかよあぁん!?
「おいゴラ、この変態。さっさと放さんかい」
「夏に青姦て様式美だけど、実際的じゃないよね。蚊すごいもん。でも試したくなっちゃうのかな~」
「今のは危険を感じたぞ!?コラどこ触ってんだ!放せや!」
「クロちゃんおなか減らな~い?オレたこ焼き食べたい~」
「減った!焼きそばカラアゲケバブじゃんけん飴明石焼きリンゴ飴!じゃない下ろせよー!!」
「ねぇねぇ、ホワイトチョコバナナ買ったげるからエロく食べてみせて~」
「するかバカ!おーろーせーよ~!!」
「クロちゃん落ちちゃう落ちちゃう。危ないよ~」
急にご機嫌になったシノは、アタシを腕に乗せ、いわゆる子供抱きで歩きはじめた。怖い!高い!身長差約45センチだぞ?!普通に怖いわ!
参道に戻ると、そこはすっかり夜祭の体だった。
テキヤのおっちゃんが威勢よく声を張り上げ、町内会のおっさんらが酒を浴び、兄ちゃんたちがはしゃぎ、女が男に色目を使って、子どもたちは無礼講で駆け回る。
提灯の明かりに照らされて色とりどりの吹き流しがはためき、祭囃子が絶え間なく聞こえる。
そんな中に、ただでさえのっぽの男が派手な頭のアタシを抱えて紛れ込んだのだから、当然目立つ。やめろよ!今年のテーマは地味にだったのに!衆目が痛い!子供抱きやめろよ!シノは悠々と人波をかいくぐる。くそこいつ、アタシに視線集めてやがる!
しかし、目線が高いだけで、いろんなものがよく見える。
あ、向こうの射的屋にあっくん発見!ユイちゃん浴衣だぁ。白っぽい地に朝顔か。古典柄がよく似合う。普段見せない結い上げてるうなじが色っぽいね!射的はあっくんの十八番だし、いいとこ見せたいのかねえ。よくわからんけど。
アタシらなんか洒落っ気もなくTシャツハーフパンツだよ。アタシはなんかサイケデリックな全面プリントTだし、シノはおなかに『俺は海月だ』と背中に『水雲は仲間』と抜かれたショッピンの文字Tだ。ダサいことこの上ない。こうしてみると浴衣も結構いるなぁ。かわいいなぁ。あ?
「シノ、シノ。十メートル先左折」
「りょ。なんかあった~?」
「小学生。カツアゲ。連行中」
「わお。そりゃ一大事」
「智の友達だよ。裏からまわろう」
「はいな」
クソみたいなのはどこにでも湧くよねぇ。祭だからってしていいことと悪いことあるよ?
早々店じまいを出した屋台の裏の方、灯りの届かない薄暗い所で、何するつもりなのかね。させる気もないけどね?
こっそり屋台からはさみを拝借。あとでかえしますよー。
相手は四人。中途半端なブリーチ髪と、髑髏柄の作務衣、Tシャツカーゴパンツ、キャップの奴。同世代っぽいなー。見たことないから、よその人かな?
あーあ、お子さんたち、泣いてるじゃん。怖いよな。わかるよ。五対四でも、相手の方がはるかにデカいんだもんな。アタシらもちっこい頃同じ目にあったもん。シノの兄ちゃんが助けてくれなかったらと思うと、今でも身がすくむ。だからこそ、今のアタシらがいるわけだけど。
仕込みを終えて、二手に分かれる。はさみは返す。アイコンタクトで、作戦開始。
あーあ。今年は地味に、大人しくって思ってたんだけど。しょうがないよね。
アタシたちが騒動を起こすのは、決して本意じゃない。すべて不可抗力の連動だ。
今回のこれは、不本意の連動かな。なんでこうなった、なんて言わない。自分から動いた結果だ。それこそ大人しく受け入れようか。
じゃぁ、ま。
「派手にいこうか!」
合わせて、屋台を支える支柱を力の限り蹴り飛ばす!
シノがブッチブチに切れ込みをいれてくれたおかげで、のれんと天幕を結ぶビニル紐は簡単にゆるんでほどけた。支柱が倒れる勢いで天幕もぶわりと舞い上がる。カツアゲ野郎共は、いきなり視界を覆われて、情けない悲鳴を上げて暴れた。その隙に小坊確保。あ、アタシの顔覚えてるかい?よしよし、じゃ、走れ!大人たちのいる方だよ!コケんなよ!
じたもだ暴れるカツアゲ犯は、生ごみのポリにツッコんだり、天幕の下で同士討ちをしたり、よく遊んでいる。これだけで結構な騒ぎだ。参道からもテキヤのおっちゃんらもなんだなんだとのぞきこんでくる。
ささっとシノと合流して距離をとる。あ、一人抜け出した。ブリーチ髪がものすごい形相で前後左右を見渡す。目があった。ババっ!とジョ●ョ立ちを極め、にんまり嗤って見せる。合わせたわけじゃないのに、シノも違うポーズを極めていた。
さぁ、鬼ごっこの始まりだ!
スタートダッシュには自信がある。素早く参道に入り、人込みを縫いながら走る、走る!
あ、追手が増えた。ありゃま、全員おそろいで。元気だね!嫌いじゃないよ!
お客さんに当たらないよう、慎重にコース取りながら。やっぱり、シノの身長は目立つね!いい目印だよ!
あ、あっくん目があったね!「何してんのお前ら!?」じゃないよ!鬼ごっこだよ!
あぁ、あいつら、あちこちぶつかるから、大参事だね!ケチャップやらソースやらシロップやら、すごい色だよ!アヴァンギャルド!
表入ったり裏に行ったり、縦横無尽の鬼ごっこも終盤です。ゴールは社務所件会所だよ!頭に血が上って全然わかってないみたいだけど、お巡りさんの待機場所でもあるからね!
アタシとシノは汗だくになって、祭を取り締まってるおっさんらの所に走り込んだ。なだれ込んできたカツアゲ犯はするっとよけとく。バッチいからね!ついでに目を回したみたいだ。頭からいったもんね!
「おっちゃーん!こいつら、カツアゲ野郎!小坊裏に連れ込んでた!」
「おっちゃーん、このジュースちょうだ~い。のど乾いたよ~。あとそいつら多分余罪アリ~」
目を白黒させてもさすが、おっちゃんらはすぐにきりりと目を吊り上げて、祭を汚す不届き物を拘束してくれた。やったね!
「おうおうリコ坊よくやった」「鎬ジュースじゃなくて茶かアクエリにしろ」「それより酒か」「まて未成年だぞ」「小坊ってさっき駆け込んできた子らか」「助けてくれた人ってお前らかぁ」「小学生はやっさんが送ってたよ」「巡査が巡回ついでに現場見に行くって」
がちゃがちゃ言われながら投げ渡されたお茶のペットボトルを開けて飲む。
方々から撫で繰り回されたせいで頭はきっと爆発してる。シノはこういう時するっと逃げるからずるいと思う。
はふ、と息をつくと、シノとどちらからともなく目があい、笑いあう。
うん、やっぱり、楽しいね!
拳を軽く打ちつけ合いながら達成感に酔いしれてると、血相を変えたあっくんが駆け込んできた。浴衣のユイちゃんはうしろからゆっくりついてきた。
「ねぇ、お前ら何してんの!?」
「莉子ちゃん長船くん、こんばんはー」
「やっほーユイちゃんきれいだね!よっあっくんこのリア充!爆発四散しろ!」
「あっくんおなか減った~。たこ焼き買ってきて~。ホワイトチョコバナナも~」
「まだあきらめてなかったのかよ?!」
「はよ逃げろ!参道酷いことになってんだぞ!?あっち押されこっちひっぱりで屋台めちゃくちゃだし狛犬落ちるし、巡査のおっさん血眼で……っぅゎ」
「まーたお前らかあああああぁぁぁぁあああああ!!!!」
「俺は違う!濡れ衣だああああああぁぁぁぁあああああ!!!!」
「あはははっはははははははははあはあはははははは、ひーっ」
鬼瓦の形相で会所に飛び込んできた、駅前交番のお巡りさん、なじみの巡査のおっさんが、アタシらめがけて突っ込んでくる。もうイイ年なのに元気だね!
アタシはシノの手を取り、巡査のおっさんの懐をかいくぐって外に飛び出す。あっくんユイちゃんごめんね!アタシらは逃げるわ!
シノはいよいよ壊れたように笑いながら、それでも並走してくる。
手を放さずに。
いいね、いいね。
こんな愉快な夜なら、さびしくないでしょう?
おっさんの追撃の雄叫びが聞こえる。あ、くそ、あっくんもう少し時間稼ぎしろよ!
「黒江えええぇぇぇええええ長船ぇえええええええええ!お前らいい加減落ちつかんかあああああああああああっ!!!」
「あははははははははははやだーおっさんにだけは言われたくな~い!」
「禿どー!」
「だれがハゲじゃごるぁあああああああああああああ!!」
「自滅乙~!」
「げふっ!やめぇシノにじさいがいー!」
「それこそクロちゃんの自滅でしょ~。ほら走って走ってがんばって~あつくなれよ~」
「力抜けるやめてー!」
祭りの夜を駆け抜ける。
しょうがないから、さびしくなくなるまで一緒にいてあげるよ。
空中ネズミ花火と教室芋虫大発生は実際経験しました。
危険ですので絶対真似はしないでください。絶対です。ひでーめにあったぜ……。
花火の遊び方は守りましょう。
小学生時、モンシロチョウの幼虫の観察のために鉢を運びこんだら、意外と幼虫はアグレッシブでした。
給食の上にポトンはトラウマです。そこかしこでさなぎになりやがって……。虫嫌いが加速しました。
2015.12.14 改稿。




