1.好みと性癖は必ずしも一致しない。※例外はある。
世のせつこさんに伏してお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。思うところは一切ございません。
視点が二転します。
「いいか、来るなよ?絶っっっ対、来るなよ!?」
某日、幼なじみの一人にこんなことを言われた。そんな念押しされれば、正直フリだろうと、誰だって考えるだろう。
奴のいないところでアタシはもう一人の幼なじみを見上げ、真顔で首をかしげた。
「歩の野郎、こんなこといってたんスけど?」
「おっしゃおっけ~。トツ決行けって~い」
「シノならそう言ってくれると思ってた」
人はこれを予定調和という。
と、いうわけで。さる日曜午後。
現場のクロことが黒江がお送りしまーす!
現在、共犯と一緒に、無人の隣家侵入に成功。正々堂々玄関から入ったったりました!おばちゃん様サマ。おすそ分けの野菜はちゃんと冷蔵室にいれといた。アタシってば気が利くね!
しんと静まり返った一戸建ての中。どうやら対象も出かけている。しかし、勝手知ったる幼なじみ宅。几帳面に整理整頓された歩の個室を見渡し、隣に立つシノとアイコンタクト。まったく同時に頷きあい、行動開始。
シノはつくえの上の歩専用ノートパソコンを起動、流れるようにパスワードを打ち込み、フォルダあさり。あっくんはいい加減、アタシらの前でパスワード打ちこむのやめればいいのに。いくら変更しても、シノの動体視力はバカなので、どんなにブラインドタッチが速かろうが覚えてしまう。アタシも見えるけど、覚えられないから意味はない。
フォルダ発掘するシノののんきな笑い声をBGMに、アタシは部屋を見渡し、目星を付ける。
ベッドの下、鍵付き引き出しの二重底、季節外衣服の間、カバー偽装の本棚。これまでのデータを参考する。
でも、アタシは考えるのは苦手だ。どっちかっつーと本能寄りで生きてる。なので、本能のおもむくまま、クローゼットを開けた。
きれいに吊るされた衣服と、つまれた衣装ケースが二つ、布団カバー、宝物入れの段ボール、もろもろ。
ふむ。
天袋のすき間。なし。段ボールの数に変わりはない。段ボールの中にも見当たらない。はずれか?否。私の本能が告げている。絶対にここだ、と。
天啓が下る。
アタシはおもむろに、クローゼットの中に入り、扉を閉めた。この扉は、板の真ん中で外向きに山なりに引き開く、よくあるタイプの扉だ。開かれた際、扉はピッタリ半分に折りたたまれる。では、内側から閉めればどうなるか。夜目はきく方なので、すき間からもれる明かりで事足りる。
「ファ――――っ!扉ン裏、エロ本ギッシリハメ込んでるとか!あ、へこみと雑誌の厚さがピッタリなわけね。天才か」
「それより、新しいフォルダの名前『SETHUKO』なんだけどっ」
「ま じ か 。あいつエロフォルダに女子の名前付けるのやめぇ!あとアルファベットジワる!チョイス微妙に古めかしい、いそうで怖いっ」
「あっくんエロフォルダはもれなく皆さん熟女ってこと~?」
「ヒーっ……熟女がDKのエロ管理とか……っ!」
「オレにはわかんない趣味だ~」
なお、我々の語尾および単語単語の間にはもれなく笑い声が挟まってをり。
ニコニコ笑いながらザッピングを続けるシノは、嗜好は限定的だけど、わりとオープンスケベだ。こいつは御用達本を、ベッドの横にティッシュと並べて立てている。あまりに隠さないから探す気も起きない。神経は疑うがな。
一方あっくんは、何度暴かれようがめげずに隠す。あっくんのそういう恥じらいとか、大切だなって、クロは思うよ。
「ヒィ、……ふう。さて。新参モノいくつか発見したので、品評しまーす」
「はいはーい。オレは『SETHUKO』を解剖しま~す」
「ぐっ『SETHUKO』つよい」
目新しい数冊をきれいに床に並べ、一冊手に取る。うむ。いいおっぱいだ。はち切れんばかりのわがままボディ。
ブラウスをぴちぴちに押し上げ透けるピンクレースのブラ。濡れた白い肌に張り付くスク水。教室で差向かって座るグラドル。少しだけ開いた胸元をのぞきこむアングル。ノートを見下ろす伏し目がちな目。無防備な桜色のくちびる。うむ。
「さすがあっくん。いい趣味だね!」
「ちょっと変わったかな~?前は、デキルOLお姉さん系のオフィス物おおかったよね~」
「『あ、課長、そんなゴムタイな!』って感じのやつね。まだ残ってるけど、厳選してるね!」
「今のハマりは学校ものか同級生ものかな~。あっくん意外とシチュ萌だよね~」
「現実なら、公共の場はやめろやって言いたいけど、妄想ならいいよね、別に!」
「こればっかりは男の子の夢だから~。妄想だけなら害はないよねぇ」
そんなことをつらつら話していたら、階下で玄関が開く音がきこえた。ふんふん、あっくんお帰りかね。いっちょ新境地開拓を問い詰めてやろう。
もしかしたら好きな子とかできたのかもだし!
ワクテカしながらのんびりドアが開くのを待ってたら、なんということでしょう。
ドアを開けたのは、女の子でした。
ぽかんと顔を見合わせるアタシと女の子。
唐突な沈黙にふり返ったシノは、見つめあうアタシと彼女を見て、おもむろに椅子から下りて隣に正座したあと、向かい側に手のひらをスッと向ける。アタシもあぐらから正座に居住まいを正し、彼女も向かい側に正座する。
ここは元気よくいきまっしょー!
「青蘭高校二年、黒江莉子です!あっくんの幼なじみそのいちでーす!」
「明菱高校二年、長船鎬で~す。あっくんの幼なじみそのにで~す」
「あ、どうもご丁寧に。布川由以です。正芳高校二年で、犬養くんの同級生で、彼女です」
床で向かい合って自己紹介しあう。シュールだね!
勢い込んで挙手したアタシとシノに対して深々頭を下げてくれた彼女に好感度大なんだけど、へんてこな単語が聞こえたね?アタシらのの真ん中に整列したエロ本が、いっそ異様だね!
「? ……かのじょ」
「新米ですが」
「だれの~?」
「犬養くんのですね。私の独り相撲でなければ」
「あっくん?」
「この家に住むあっくんが他にいなければ、あっくんはその犬養歩くんですね」
「……」
「……」
「……」
「予想的中だね!」
「お前ら何してんの?!」
* * * *
その日は正直、チャンスだった。
小学生の弟は少年野球の試合、母はその応援で夕方まで留守、父は休日出勤(おつかれさま)で、家に誰もいなくなる。
そう、彼女を家に招くには、実にチャンスな休日だった。
彼女。
犬養歩、16年の人生で、初めての、彼女。
三人称ではない、ガールフレンド、交際相手、そういう意味での、彼女。
たぎる。
そもそもの始まりは一月前。高二に進級してすぐのこと。
同じクラスになった彼女の方から、告白してくれた。
どうやら、一年のころ、何かしら因縁がついたと告げられたが、生憎俺にはさっぱり覚えがなかった。こういう無関心さを、いつも幼なじみたちには叱られる。
しかし、その小さな縁で、彼女……布川は俺をよく見るようになり、こっ、好意を寄せてくれるまでになったのだと。
諸兄、俺は、思春期である。16の高校生男子である。
ぶっちゃけ、女子からの告白なんて、ハイハイ夢乙ワロスレベルでの珍事な、平凡も平凡普っっっ通ーのDKである。
「お試しでいいから、つきあってくれないかな?」とか、頬を染め涙目で見上げる女子に対する防御率は、0に等しい。
即、OKでした。
この一カ月、俺は、傍目には解り辛いが、浮かれていた。
朝、駅で行きあわせて登校したり、休み時間、目があってはにかんだ笑みを交わしたり、昼休みに弁当を一緒に食べたり、放課後デートにくりだしてみたり。俺も布川もバイトがあったりして、そう多くはなかったけど。それでも、よく過ごした。休日デートも、二回ほど。
そこで、この千載一遇の休日である。
ここらで、もう少し距離を縮めてみても、罰は当たるまい。自宅に誘えば、頬を染めてうなずいてくれた。
さいてーとかちょろいとか言うなよ!
この一カ月の付き合いで、布川が本当に自分を好いてくれてると、身をもって知り、そんな健気な彼女に、惹かれている。
布川は、人に対して、一歩離れたスタンスが基本だ。そんな彼女が、一生懸命自分と会話し、コミュニケーションしようとしてくれてるんだぞ。
俺自身、人と距離をとりがちな性格してるから、彼女の努力にこう、ぐっと来ているのだ。
でも、まだお互い、借りてきた猫状態で、さほど距離は縮まってはいない。
しかし、早々俺は、お試しじゃ物足りなくなってきていて、何としてでもそれを布川に伝えたいと、ここ数日思い悩んでいるのだ。
だから、今日はチャンスだった。
自分のテリトリーで、他に誰もいないところで、想いを伝える。
そこまでがプランで、あわよくばと。そんなことを考えながら、最寄駅まで布川を迎えに行った。
私服は何度か見たけど、今日の布川はデニムワンピースにレモンイエローのカーディガンをはおり、少しかかとの高いパンプス?ローファー?を履いていた。真面目で優等生然とした布川に、よく似合う。こっちに気づき、笑顔ではにかんで手を振れば、黒髪ボブがさらさら揺れて、それだけでなんだか絵になった。
欲目と笑いたくば笑え。最近、布川のとる一挙一動がかわいく思えてならん。怖い。心不全になる。死因:彼女萌とか、シャレにもならん。
どっちかの家で休日を過ごすというのは初めてで、俺もだが、布川も緊張しているようだった。
徒歩二十分の駅から自宅までの道を他愛のない話をしながら戻り、飲み物を用意するからと先に自室へ促して、心の準備を決めて二階へ上がったら、最悪の展開。
まさか自室で、手持ちのエロ本真ん中に、彼女と幼なじみ×2が自己紹介してるなんて、お釈迦様だって想像つくまい。
「やーやーやー、歩くん!君、相変わらず厳選したクリンナップだね!よっこのおっぱい星人!借りてるよ!」
「ね、ね、ちょっと趣味変わった~?前より黒髪清楚系が増えたよね~」
「お願いだから、黙れ、この愚竹馬共が!!」
叫んだって、罰は当たるまい。
「言ったよな。今日は絶対来るなって、俺クロに言ったよねお願いしたよね!?」
「フリだと思って!」
「大体なんでシノまでいるの?!お前今日バイトって言ってたよな?!」
「午前で終わりですぅ~クロちゃんのすることにオレがノらないわけがない」
「キリッとしたって駄目だかんな!?」
「ラインナップ変わったのは彼女さんのせいなのねそうなのね!?ピンポイントでそろえすぎて、いっそ潔いよあっくん!」
「黒髪ボブ……メガネ……きょぬー……清楚優等生っぽい雰囲気……」
「完全合致。いえーい!」
「決め手は何?やっぱりおっぱい?」
「なんでだよ!それだけじゃねぇよシノ布川に失礼だろ!?」
「え……やだ、あっくん、まとも……?」
「なんだよ普通のDKがおっぱいに夢みて悪いのかよ!?アッ……」
「オレ貧乳脚派だも~ん。小柄華奢なだらか丘な、金パショートじゃなきゃ勃たな~い」
「シノゆがみない!さすが世の変態性は軒並みコンプリートしているだけはあるね!」
「褒めてないし、クロはもうちょっと危機感覚えて!頼むから!」
息つく間もなくツッコんで、ぜいぜい四つん這いになったら、そっと背中をさする優しい手の感触。
すぐそばで布川が、なんとも困ったような笑顔で介抱してくれた。そしてその目の前には選りすぐった自前のエロ本。死にたい。
さしあたって、並べられたエロ本は、迅速に積み上げクローゼットにインした。盛大な音がしたけど、後回しだ。
「布川、ごめん。もういろいろと。ごめん……」
「え?あ、いやいや、大丈夫。あの、犬養くんが嫌なら、見なかったことにするし。実際よく見えなかったし」
「ごめんね是非ともそうして!!」
あとほんとできれば軽蔑しないでほしい。男子高校生には必要な生理的解放感があるんだと、理解してもらえるかなあああああああ……!?
深呼吸。
「改めて紹介するけど、こいつら、幼なじみ。小中一緒で、シノは来る途中にあったマンション住みで、クロは畑挟んだ隣ん家。髪は派手だけど、二人とも地毛だから。あとバカだから」
「んだとごらぁ!バカはアタシだけだろ!?あ!そうです、金パは地毛です!」
「あっくんと比べたらみんなおバカだよ~。あと好きで茶髪じゃないです~家族みんなこの色です~」
「仲、いいんですねぇ」
勢いに押されたようにつぶやく布川は、あんまり見ないぽかん顔だった。かわいい。(確信)
「敬語なんてナシナシ!タメっしょ?あ、でも、ごめん!せっかくのデートなのに!アタシら邪魔だよね!?」
「あっくんのくせに彼女なんて生意気~オレだって早くクロちゃんとイチャコラグチャグチャになりたいのに~」
「拗ねんなよシノ!あんただってその気になれば一人や二人や三人簡単にできるだろー?」
「やだ~クロちゃんがいいの~。クロちゃんの平らな丘を育てなければというこの焦燥、なんでわからないのかな~」
「余計なお世話だ今すぐその口縫い合わせてやろうか」
ぎゃいぎゃい言い合い始めたクロとシノを前に、布川はこそこそ耳に口を寄せてきた。うっ、近い。
「ねぇ、あれ本気?冗談?」
「恐ろしいことに、シノは本気で、クロはあれで素なんだ……」
「なんか、面白い幼なじみだね」
「悪い奴らじゃないんだ。けど、バカなんだよ」
ため息をつけば、グルンとこちらに首をめぐらせて、クロが吠える。
「今、ののしられたような気がする!」
「その野生の勘なんなの?!」
「ちょっとお二人さん、距離近くな~い?」
「ふぁっ」
「ねぇねぇ、どっちから告ったの?てかいつから付き合ってたの?全然わかんなかった!」
「あ、私の片想いで……」
「布川も律儀に答えなくていいからね?!」
いつもの習いでツッコんでいたら、次第に布川はクスクス笑い始めた。なんだかそれがリラックスした笑いに見えて、癪だが、こいつらのバカ話もたまには役に立つ。
人懐こいクロの態度に布川も慣れたのか、いわゆるコイバナというものを始めてしまった。はにかむ布川がかわいい。頬が桃みたいにきれいに色づいている。
「あっくんや~らし。そんな目で見つめちゃって~」
多分ぽーっと見惚れてたんだろう、いつの間にか近づいてきたシノが、色気を含んだテノールで耳元で囁いた。ぞっとした。
「おまっ、耳元やめいっ!」
「あっくんはふーちゃんとどこまでいったの~?ちょっとお兄さんに教えてごらんよ~。キスはした~?」
ニヤニヤニヤニヤしながらしなだれかかってきたシノが、本当に面倒くさい。そして下世話だ。ふーちゃんてなんだ。布川のことか。
怒鳴り散らさないよう気を付けて小声で返しながら、自分よりでかい体を押しのける。ちくしょう、すくすく成長しやがって!ちっとも動かない!
「うるせぇっ!まだだよ悪いかっ」
「あらま、奥手。あ、でも、今日はチャンスなわけね。ゴメンね~お邪魔しちゃって」
本当に下世話な言い分に、さすがに腹立たしくなって、いささか乱暴に肩にのった頭に拳骨を落とす。ゴツッといい音がして、シノは涙目になりながら頭を抑えた。
「いった~何すんだよ~」
「自業自得と余計なお世話じゃ。あと、今日の目的を思い出した。布川!」
こちらを見ていた布川は、突然の暴挙と呼び掛けにきょとんとする。クロはシノに呆れたまなざしを送っていた。
布川の両手をとり、向き直る。あわあわしてかわいい。できるだけ真面目に見えるように、視線を合わせた。布川の頬が桃からリンゴになる。
「付き合い始めて、一カ月くらい経ったけど、俺、どんどん布川のこと気になってってる。布川が俺を想ってくれてる気もちに追いつけてるか、すごく不安だけど、多分もう、お前のこと好きだ。だから、お試しじゃない付き合いをしたい!あわよくば……えっと……」
ここまで勢いで言ったけど、この先を続けるのが、無性に照れくさくなってしまった。しまった。「ひゅうひゅうー」「あっくんおっとこまえ~」と野次る外野の声が急に聞こえてきたせいかもしれない。というか、こいつら、いたんだよ。うわーっ絶対あとでいじられる!真っ赤な顔でうるうるした目の布川は最高にかわいいし、つないだ手はあたたかいし、やわらかいしで、ええい!もうここまで来たら言ってしまえよ俺!
「な、名前で、呼んだり、呼ばれたり、したい、なぁと、だな……」
しどろもどろで続けた言葉は、情けなかったけど。
「え、やだ、あっくん。こんなところでヘタレを発揮?」
「一足飛びに距離つめるのかと思えば、これは予想外」
「ヘタレ純情プマイ」
布川から呪文のような言葉がもれた気がするけど、彼女はすぐこくこく肯いて、つないだ手をきゅっと握り返してくれた。
「ありがとう、犬養くん。真剣に考えてくれて、ありがとう」
でもまだ恥ずかしいから、名前呼びはおいおい練習していこうね、と、ほころぶような笑顔を見せてくれた俺の彼女マジかわいい。
騒がしい外野は、後で成敗してれるとして。
とりあえず、エロ本の隠し場所は変える。絶対だ。
2015.12.14 改稿。