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呼び名は『しあわせ』

作者: ユエ


この作品は『名小説』企画に参加しています。




 二学期の中頃になると、体育祭と文化祭で出来上がったいわゆる『イベントカップル』が増殖して校内は俄かにラブ濃度が増す。ま、人恋しい季節でもあるしね。そんな即席カップルを私はこれまで馬鹿にしていた。どーせ、イベントラッシュ――クリスマスや年末年始。長くて、バレンタインとホワイトデイ――が終わればあえなくバイバイするんでしょ、と。

 なのに、今年は私も増殖組の一員になってしまった。

「やよちゃん、ボクと付き合ってくれへん?」

 私を『やよちゃん』と呼び、妙な方言を使う男――瀬戸 修吾に文化祭のとき告られた。はっきり言って全然タイプじゃない。茶髪をゴムで結ぶような男は嫌いだし、優男な感じのタレ眼も好きじゃない。好みじゃないけどOKしたのは……魔が差したから、としか言えない。私も人恋しかったのかも。

 その魔が差した彼氏は、生徒会室で仕事する私の横で今はパックジュース片手に暇そうにしてる。

「なぁ、やよちゃん。もう帰らへん? 誰も残っとらんよ」

 パイプ椅子をギコギコ鳴らしながら唇を尖らせる顔は、彼の精神年齢が表れてる気がした。

 修吾は生まれだけ関西らしい。けど親が転勤族だったから色々混じった妙な方言を使う。前に「そのゴミ投げて」と言われたから投げつけてやったら「ちゃうやーん」と怒られた。『投げる』は北海道では『捨てる』の意味らしい。知るか。

「ダメ。生徒総会が近いし、それに次期生徒会に引継ぐ資料も作んなきゃ」

 なんだかんだ言っても、修吾は毎日私を待っててくれる。日の短くなった夕暮れの中を、ただ二人で帰る為だけに。

「なぁなぁ、やよちゃん!」

 呼び声に振り返ると、彼氏が合掌のポーズをしてた。それは何の儀式?

「手のシワとシワを合わせたら〜はい、なんて言うでしょ?」

「…………」

 私の沈黙の意味にも気づかずに、

「もう『しあわせ』やん」

 と、一人でご機嫌な彼氏サマ。

 だから? 脈絡のない突飛な行動をニコニコ顔でする男に生暖かい笑顔を送る。

「でな、しあわせはイイことやねん」

「……そうね」

 本当に、私は何でこんな奴に魔なんか差したんだろ。

 何だかやる気が失せた。もう今日はこの辺にしとこう、そう考えて掛けていた眼鏡をはずした。

 窓辺に行き黄昏に沈む校庭を眺めていると、修吾も隣にやって来た。空が緋色から徐々に闇を深めていく。鰯雲は西に流れ、半分だけ開けた窓からは秋風が吹き込んできた。その肌寒さに、ちょっとだけ温もりが欲しくなる。

 ――手、握りたいかも……。

 いつも騒がしいのが黙ってるから何気なく顔を向けてみた。窓枠の影がかかった修吾は黒曜の双眸で静かに私を見つめていた。自分が知らない彼氏の『男の表情』に戸惑ってしまう。ふいに両肩を掴まれ修吾のほうを向かされた。まだ早いとか、唇荒れてるかもとか様々な想いが脳裏で渦巻いたけど、早鐘のように高鳴る鼓動のまま自然と瞳を閉じる。

 キスされる――そう思ったのに、次の瞬間に私を襲ったのは柔らかい唇の感触ではなく、鼻への鈍痛だった。ありえない。人間の顔の中心には『鼻』という小高い丘があることくらい理解してて欲しい。

 何だか一気に醒めた。

「はぁ、バカみたい」

 自分はこんな男に何をドキドキなんかしたんだか。これも魔が差したって言うのかも。

 修吾のほうを見るとションボリした顔で、

「ごめんな。ボク、カッコ悪……」

 と、部屋の隅で膝を抱えている。修吾がカッコ悪いのなんか、いつものことなのに。

 まったく――。

「修吾。右手、出して」

「なん?」

「いいから早く」

「う、うん。はい」

 子供っぽい言動とは裏腹に、良く育った男らしい手に自分の左手を寄せる。

「ほら、シワとシワを合わせたら『しあわせ』って呼ぶんでしょ?」

 大きさの違う二人の手は上手くシワを合わせるのが難しいけど、ようは気持ちの問題だ。修吾は一瞬だけ呆けたような表情をしてたけど直ぐに、

「えへへ、そうやね。しあわせや」

 さっきまでの落ち込みようが嘘のように、くしゃっと顔を歪ませながら嬉しそうに笑った。ふと告白されたときのことを思い出した。今みたいに夕暮れのなかでOKの返事をしたとき、やっぱりそんな顔してたから……。

「でもな、やよちゃん」

 不意に修吾が話しかけてきた。

「な、なに」

 思い出に浸りそうになってた私は、思わず声が裏返ってしまう。

「これも『しあわせ』って呼ぶけど、こうすると――」

 そう言いながら、合わせた指をズラして互いの手を握り合った。俗に言う、恋人つなぎ。

「ほらな。『めっちゃしあわせ』や」

 こんな単純で幼稚で下らなくて小っ恥ずかしいことに、何故か動悸が早くなってしまう。可愛くない自分にも乙女心はあるらしい。

「……やよちゃん」

「何よっ」

 気恥ずかしさを誤魔化すようにわざと憮然と返事をした。そんな自分に修吾は優しく微笑みかけ、

「好きや」

 そう囁いた。

 ――知ってるわよ、バカ。

 それから窓の外の夕月夜が見守るなか、鼻をぶつけないよう慎重にキスをした。今度は魔が差したわけじゃない。キスは柔らかく、そして私に温かな想いを抱かせた。この想いもまた『しあわせ』って呼び名かもしれない。



こんにちは、ユエです。

今回は『名小説』という企画で参加しました。

隠れテーマは『恋人同士の触れ合い』です。(別に隠してませんが)


企画に興味のある方は『名小説』でキーワード検索してみてください。


よろしければ、ご意見ご感想をお聞かせください。



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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんわ。はじめまして、同じく企画小説参加のメイです。 うんざりした様子から突然キスの場面へは唐突で、間に一つ何かを置いた方がいいと思います。そして、鼻がぶつかった…のところは、いまいち…
[一言] ちょっと生意気ぽく感じた主人公の女性と不器用な恋人の恋模様がうまく表現されていてよかったです。わたしは、男なので不器用な修吾に感情移入してしまいましたね。俺だったらコウ行くのにとか想像したり…
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