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計画旅行

作者: 森野カエル

「いやああああああ」


 日付が変わって間もない時刻。女の叫びが暗い部屋に響いた。


「裕太っ、何で、何で裕太がこんな事に!」


 部屋の入り口からさほど離れぬ位置で女は膝から崩れ落ち、顔を手で覆い泣き叫んだ。


「春香……」


 側にいた真奈美が、泣いている女、春香の肩をそっと抱きしめる。真奈美にはただ抱きしめる事しか出来なかった。

 春香の言うこんな事とは、この部屋の中心で起こっていた。


「おい、正志。裕太は死んでいるのか?」


 部屋の入口から中を見ていた武雄が、先に中に入った正志に聞く。正志はゆっくりと裕太に近付き、手首を取った。


「冷たくなっている」


 万が一という事もあり武雄は正志に確認してもらったが、裕太が死んでいるのは一目瞭然だった。

 裕太の身体は力なく床に横たわっており、その背中には包丁が突きたてられている。廊下から入る明かりだけでも、服が血で真っ赤に染まっているのが分かり、すでに手遅れなのを物語っていた。


「け、警察を呼ばないと……」


 武雄は震える手で携帯電話を取り出す。


「おい、携帯は県外だったろ。広間の電話を使え」


 ここは山の中のコテージ。携帯電話の電波は来ていない。電話線が繋がっている、広間の電話だけが外界への通信手段だった。

 正志に指摘され、武雄ははっとする。


「そ、そうだった。俺、広間に行って来る」


 武雄は廊下を走って行った。

 取り乱していないだけで、武雄も動揺していた。友人が死んでいるのだから、それも当然だろう。

 しばらくして、広間から武雄が戻って来た。武雄の顔は暗い。


「警察が来るのは朝になるって」

「そんなにかかるの……」


 真奈美の顔も暗くなる。

 このコテージは町からかなり離れた位置にあった。人の少ない穴場として、五人はここにスキーに来たのだ。警察の到着が遅くなるのも当然だった。

 春香の泣き声を聞きながら、三人は黙りこむ。それぞれが何かを考えていた。

 春香が泣くのに疲れ、力なくしゃくり上げるようになった頃、正志が口を開いた。


「ここにいてもどうする事も出来ないし、部屋を移ろう。真奈美、春香を寝室に連れて行ってあげてくれ」

「うん、わかった」


 真奈美は春香に手を貸して立たせ、部屋を出ていく。ある程度二人が離れたところで、正志は武雄に話かけた。


「武雄、分かっているよな」

「ああ、なるべく女二人だけにしないって事だろ」


 武雄は覚悟を決めるようにゆっくりと言葉にする。


「裕太は誰かに殺された」


 裕太は背中を刺されていた。自分で刺せる位置ではない。

 正志は武雄の言葉に頷く。


「裕太がトイレに行った後、俺達四人はずっと広間で酒を飲んでいた。裕太の戻りが遅くて、酔い潰れてどこかで寝ているんじゃないかと四人で探しに来た。この部屋の扉が少し開いているのを春香と真奈美が見付け、先に二人が部屋に入った。すぐに春香の叫び声がして、俺もすぐに部屋に入った。そこには裕太が倒れていた。背中を刺され、身体はすでに冷たかった。ここは暖房が点いていなくて寒いが、すぐに身体が冷たくなるとは思えない。つまり、裕太は広間を離れた後、すぐに殺されたという事だ。一緒に広間にいた俺達には出来ない。これは、俺達以外に誰かがいる事を示している。裕太だけを狙っていたのか。それともまだ狙っている相手がいるのか。それが分からない以上、女二人だけにするのは危険すぎる」


 正志は一旦言葉を止め、武雄を見る。


「警察が来るまで、俺達だけで身を護るしかない」

「ああ」


 武雄は力強く頷いた。


「俺は荒らされたりしないようにここの戸締りをしっかりしていくから、武雄は二人を追ってくれ」

「分かった」


 返事をした後で、武雄は正志をじっと見る。


「大丈夫か?」

「大丈夫だ。戸締りするだけだからすぐにお前たちに追い付く」


 武雄は正志の言葉を信じ、先に二人のもとに向かった。

 正志はその背中が遠くなるのを見送ってから部屋に入り、部屋の中を見回す。

 裕太の死体がない。

 死体があった場所まで部屋の中を進み確認するが、そこには血の跡さえなかった。


「やっと一人になったか」


 その声は正志のすぐ後ろから聞こえてきた。正志はぱっと振り向く。


「おせーよ。凍えるだろ」


 そこには死んだはずの裕太が立っていた。


「寒いんだから、さっさと追い出せよ」

「ああ、悪かった」


 追い出せとは春香、真奈美、武雄の三人を指す。

 俺は裕太が生きている事を知っていた。


「春香すげー泣いてたな。俺って春香に愛されてるな」


 これは俺が仕組んだのだ。


「俺の計画の通りにして良かっただろ?」


 春香が愛してくれているか不安になっていた裕太に、俺はこの計画を持ちかけた。

 愛を確かめるのなら死んでみるのが一番だ、と。


「正志すげーよ!本当に言った通りになったな!」


 興奮している裕太をよそに、俺は部屋の机に隠しておいた物を二つ取り出す。片方は裕太に。


「裕太、これに着替えろ」


 俺は裕太に服を投げた。服は逸れて裕太の少し先に落ちる。


「サンキュー!この服、絵の具とはいえ気持ち悪かったんだよな」


 服を拾って着替え始めた裕太の後ろに、俺は机から出したもう一つの物を、背中に隠しながら近付く。


「死んだはずの俺が三人の前に現れて終了だな。春香の驚く顔が楽しみだ」


 裕太が着替え終わったと同時に、俺は隠し持っていた物を裕太の背中に突き立てた。


「ただ、し……?」


 裕太が驚いている間に、俺はさらに深く差し込む。


「な、んで……」


 少しよろめいたかと思うと、裕太は俺の前で倒れた。裕太がさっき倒れていた位置と同じだ。服の投げる先を部屋の真ん中にしたりと、我ながらうまく誘導出来たと思う。あとはこの部屋に鍵をかけ、絵の具まみれの服と偽物の包丁を隠せばいい。


「早く三人の所に行かないと心配されるな」


 部屋を出る前に、俺は裕太が死んでいるのを確認する。裕太の顔は苦痛に歪み、息はしていなかった。


「俺の計画を手伝ってくれてありがとう裕太」


 俺は部屋を出て鍵をかけ、服と包丁の始末に向かった。


end

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