第一章
初めての投稿になるので色々と読みにくいとは思いますが、よろしくお願いします。
「これはどういうことかしら?」
鬼の形相といった感じで目の前に立っている彼女からは、怒りしか感じられない。
「だ・か・ら?」
なんで床の上に僕たちは正座させられているのだろう。はるばる遠くから帰ってきたというのに。
ああ、そうか。家の中であるにも関わらず、夜空がこんなにも綺麗に見渡せることについて話していないからだな??
けれども僕だって何がどうなったのか把握できていないものだから、説明のしようがないんだ。残念ながら。
途中までは順調だったんだ。家路につく。それだけだった。
だけど、今回は違う。それだけはわかる。
「覚悟しなさい」
彼女がそう言いつつ振り下ろしてくるおたまを目で捉えながらこう思った。
さよなら日常、ウェルカム非日常。
――リリリー……リリリー……。
何処ともなく虫の鳴き声が聞こえてくる。周りは既に暗く、薄っすらと周りを照らすだけの月夜になっていた。
夜になっても蒸し暑く、四方八方から飛んでくる吸血鬼が耳障りだ。何箇所か噛まれたなと思いつつポケットから単眼鏡を取り出し、目標へと静かに向ける。
その小さなレンズに写っているもの――それは長年放置された、とある物質を精錬する精錬工場。昼、遠くから工場を見たときは、外壁はボロボロ、煙突から巨大なクレーンまで錆でいっぱいで、いかに人間の記憶から忘れ去られ朽ちていったのか、よくわかった。
だが、人気がないのはありがたい。今回はそこに侵入してとあるモノを頂く計画だ。慎重に事を進めた甲斐あってか、今のところ問題はない。
「よし!」
同じく隣で望遠鏡を覗いているミリケン――安良城健太がニヤリと笑いながら準備OKの合図をする。
「今回はただ単に侵入して目標を入手するのが優先だ。他にもパーツは欲しいところだが欲張りは禁物だからな」
肩に掛かる程度の長さの髪を揺らし、カーキー色の軍帽をかぶり直す。その小柄な体には、今回ミッションで必要な装備が所狭しとくっついている。
「しっかしこんな辺鄙な所に、しかもあんな場所に工場があるとはね~」
僕はそう呟きながら単眼鏡で周りを見る。
そこは海岸にほど近い、小高い丘の上にあった。近くにあるものといったら、ちいさな港くらいしか無い。おそらく、その工場に物資とかを搬入するための港なのだろう。途中でポッキリ折れている電灯が寂しさをより一層強くする。
「今日はがっぽり手に入れられそうだけどな!」
カーキー色の軍帽に隠れて見えない目が、今不気味に光ったような……。
「準備はいいか?」
そういいながら、工場周りの状況を再確認する。一応、この廃工場は警備なしということになっているが油断はできない。
「もう一度計画を確認するぞ」
そういいながらミリケンはポケットから折りたたまれた地図を取り出す。闇夜の中に薄っすらと経路が浮かび上がる。どうやら今日進む道を予め蛍光塗料で塗っていたようだ。
「いいか、ブツを入手したらここから北西に5ノルツ先の海岸に停めてある小型艇でずらかる。いいか、この場所だぞ?」
といいつつミリケンは地図をずいっ、とこちらに向けてくる。おいおいそんな事しなくても来た時の場所じゃないか……。
そこは船隠しともいうべき岩礁の僅かな隙間に収めてられている。見つかる確率は少ないと思うし、こんな場所に人なんていないだろう。
「まぁ帰る手段なんてのは後回しだ。さて、侵入経路はこの排水口。見たところ、蓋は開いている……朽ちているからそう見えるだけかもしれないが」
ミリケンは再び望遠鏡を覗く。僕もそれに習い、単眼鏡でこれから入る排水口へ向ける。レンズ越しの蓋は朽ち果て今にもその穴から何か、得体のしれないものが飛びだしてこんばかりの雰囲気をはらんでいた。
「うえ、あんな不気味な排水口から侵入するのかよ」
「ハ、浩は怖がりだな。こんなの大したこと無いさ。なんのための重装備だよ」
ガシャン、と音を立てながら自慢げに装備を見せびらかしてくる。クソ、金の使いどころが違う奴は装備も大したものだな!
僕自身もそんなに酷い装備ではない。けれどもミリケンのように特殊部隊が身に着けているような装備ではなくせいぜい寄せ集め部隊、ゲリラ並の装備である。
「電気機器にばっかりお金を使うからだよ浩は」
ミリケンはやや哀れ気味に僕を見てくる。そんな目線を無視して、僕は催促するように時計を見る。ミッション開始時間まであと一分といったところだろうか。
そんな僕の行動を見てか見まいか、ミリケンも身なりを整え始めた。
刻一刻と時間が迫ってくる。多くの針がそれぞれの時間を刻む中、このミッションの開始を告げるひとつの時計が開始時刻を指す。
一呼吸おいて、
「ミッション開始!」
言うと同時に僕たちは斜面を静かに、且つ素早く滑り降りる。このへんは防衛学校で学んでいるから苦労はしない。よし順調だ。
「素早く目標にたどり着き素早く撤収。これモットーな」
何故か上機嫌のミリケンを横目で見やりながら、僕も久々の活動に胸を躍らせていた。今日は美味い飯が食える!
○
「オボォエェェェ……!」
最初にその穴に入って出た言葉は予想してた通りのものだった。
「うるさいぞ!静かにしろ!」
鼻を抑えつつ反論してくるミリケンに……説得力はない。
「うう……こんなことならマスクを持ってくればよかった……」
嘆いてもしかたないなと思いつつも、言ってしまうのが人間というものさ。
「くそ、ここまで酷いとは思わなかったな……」
八八式歩兵短機関銃の銃身についた小型鉱石電灯を壁に向ける。するとそこには藻がびっしりと、所狭しといった感じで繁殖していた。壁のどこを見ても、藻、藻、藻、藻、といったところだ。よくわからない虫も光に照らされてたくさん飛んでいる。足元の水はこの世のものとは思えないほどにどす黒く変色していた。……そりゃ長年放置されてきたのだから掃除なんてされているはずがない。もしされていたとすると、それは人がいるということになり作戦は中止になるだろう。
「大体の予想はついていたんだけどな」
苦笑いをしつつ前を進んでいるミリケンの背中を蹴っ飛ばしたくなる。薄々気づいているのだったら報告しろや!本当に役に立たないな……情報交換に関しては。そういう小さな報告で今回、こんなくさい思いをしないですんだかもしれないのに……ちいさくはないか。
ぶつぶつと文句を言いながらもぴしゃぴしゃと音が反響している排水口のなかを進んでいく。相変わらず壁には藻がびっしりと生えている。自然ってすごいなあと思いつつも、この匂いは恨めしい……。
「どこまで進むんだよ」
先をずんずん進んでいくミリケンの背中に声をかける。
「んあ?暫く進んで行くとだな、二手に分かれてっと」
ミリケンが言いつつ前の方を鉱石灯で照らすと、
「ほら、こんな感じで道がわかれているのさ。そして今回、潜入するのはこっちの通路!」
言いつつ先を進んでいく。水が跳ねる音と、時折装備同士がぶつかり、カツンという音がこの排水口の中を反響する。
僕達から見て右側の通路に入っていく。相変わらず壁一面に藻が生えているが、もう慣れてきた。
しばらくすると、この排水口から上へ出るための梯子が見えてきた。典型的な形で、上へ上がれるようになっている。うわ、だいぶ錆びちゃってるよ……。
「錆がすごいな」
ミリケンはそういいながら、梯子を触る。瞬間、鉄が折れる音がしたかと思うと、ハシゴは無残にも目の前でばらばらになる。
「」
「」
僕たちはある程度予想はしていたものの、こんな簡単に崩れるとは思わなかったので、暫くその鉄塊を眺めていた。
「ま、まあこんな事もあろうかと」
ミリケンはひきつりながら、腰にかけてある水筒サイズの、八五式架空吊架発条砲を梯子があった場所に向ける。小さな射出音の後に、コンクリートに鈎が刺さる音がして新しい道が完成する。ほほう、なかなかの装備ではないか!発条砲とか言う噴進弾を発射しそうな名前なのに、できることがしょぼいぜ!
ミリケンはワイヤーを何度か手前に引っ張り、抜けないことを確認しつつ壁に垂直になって登り出す。猿みたいに素早く3階分ほどの高さを登ると、上から僕を照らしてくる。鉱石灯に照らされてながら、僕も同じように壁に垂直になって登り始める。これは簡単なようで意外と難しい。ちょっとしたバランスの不均衡で左右に揺れたり、宙吊りになったり、最悪、落ちてしまう。しかも細い鉄線……ワイヤーだぜ?切れたりしないよね……。
おずおずと、そんな心配をしながらちんたらと壁を登ると、上ではミリケンが先に進むための準備をしていた。
「相変わらず、登るの速いな」
「当たり前だ。こんなの大したこと無いぞ」
やはり昔から運動神経はいいんだな……。こっちは登るのが精一杯だよ。
「ま、お宝ゲットして、さっさと帰ろうぜ~」
ミリケンはそう言うとそそくさと先に進み始める。いやいや、さっき壁を登ったばかりだぜ?少し休憩させてくれよ。壁登りは大の苦手なのに……。
そんな心境とは裏腹にミリケンはズンズン先へ進んでいってしまう。遅れを取ってしまうと後々面倒なことになるので僕も遅れないように後をついていく。
暫く、直線的な通路を進んでいく。たまに、壁にスイッチらしきものがあるが作動しそうな雰囲気はなく、どれも完全に壊れていた。もはや使われることなど想定されていないようだ。
ミリケンは涼しい顔をしながらポケットから地図を取り出す。今進んでいる方向があっているのか、薄っすら光る経路を確認しているようだ。。
「おい、この壁の向こう側にあるみたいだな……アレが」
ミリケンが地図を見ながら壁を指さす。どうやらそんなに奥まで侵入しなくていいみたいだ。
「もうちょっと先じゃなかったっけ?」
確か、作戦会議ではもう一本別れ道があってその少し先に行った通路の壁の向こう側だった気がするのに……。
「いや、それは第二格納庫だ。ま、いいじゃん。近いほうが」
侵入出来る隙間や排気口がないか確認する。が、完全に密閉されているのか、そういった感じの隙間は見られない。やはりアレを保管するにはなるべく外気に触れないようにしているのか、それとも……。
「「ここがハズレているのどちらかだ」」
ここでミリケンとはもってしまう。お互いに顔を見合わせて少し、クスリと笑うがすぐに真剣な顔に戻る。
「もし、ここが予想していたのよりも違う保管庫だったら最初からだな……」
それはこの作戦が失敗しているということになってしまう。目標物以外はそう多く持って帰れない。人員と船の大きさからも。
「しかし、確認してみないことにはわからないからな」
ミリケンはそういいながら壁に向かって指をさす。ん?なんだ?
「浩、この壁を人が通れるくらいに破壊しろ」
――え?
「いやいや、爆破するといえば、音出るよ!?それにこの先にいけば昇降機の昇降路が――」
そういいながら道の先を照らすとそこには壊れた昇降機があった。
しかし、その昇降機から先にはもちろん進むことはできなかった。何故なら――
「う、昇降機のかごが落ちてきている……」
覗いて確認してみると、ワイヤーの切れた昇降機がこの階で非常停止、道を塞いでいた。軽く触ってみるがビクともしない。どうやら主レールと非常止めの楔がくっついてしまっているようだ。
「な、だから壁を破壊するしか無いのさ」
ミリケンが後ろでそう言ってくる。確かにこの昇降機は動かせないな。大きい上に爆破しても上の階のドアは開いていないだろうから開けなければならない。手間を考えるならここの壁を破壊して侵入するほうが楽ではある。が、その分リスクも大きい。
「大丈夫だ、少しの爆破くらいは大丈夫だろう」
ドン、と僕の胸を軽く殴る。おいおい、いくら管理されていなさそうな場所とはいえ、それはまずいのでは?
「そこは浩の腕次第だな」
う……見透かされたような目で見られている。まぁ爆破は僕の分野ではあるけど、静かに爆破は結構難しい。できなくはないけどね。
「……わかったよ」
僕はそう言いながら、ポケットから必要な装置を取り出す。今回使うのは、指向性爆薬というやつだ。
「この爆薬で壊せるかな……」
確認のため、手で壁を叩いてみる。響く音は鈍く、結構厚そうだ。
「厚そうだな……」
ミリケンが唸る。
しかし、破壊しないことには進めない。仕方ない……組み立てるか……。
カチカチと装置を組み上げる音が暫くこの暗闇の中を支配する。赤白黒黄色、様々な色の配線を間違えないよう正確に爆薬と装置を繋ぐ。この分野は得意だから、誰にも組立速度、精度では負けない自信がある!折角、学校で学んだものをこういったところで生かせるのは嬉しい。
数分たった後に壁に人が通れるくらいの爆薬の輪っかができる。あとは離れた場所から起爆スイッチを押すだけだ。
「準備オッケイ!いつでも爆破できるよ」
「了解」
そういいながら、少し後ろに後退する。
「それポチッとな」
照明を付けるような感覚で、ぽちっと起爆スイッチを押す。
○
すごい衝撃と爆音、そして閃光が一気に通路の中を駆け抜ける。
「――!」
吹き飛ばされないように地面にしがみつく。少し量が多かったかな??
配線やら破片やらがあたりをゴロゴロと転がって止まる。埃がすごくて鉱石灯の光線がくっきりと見えるまでになっている。静かに爆破は……できなかったようだ。ま、爆薬を使う中では静かな方なんだけどなぁ。てか破壊工作をするには音出さずにとかは結構無理なんじゃないの!?
そんなことを考えている僕を他所に、ミリケンが先にその穴に吸い込まれるように入っていく。
「いっちばん乗り~!」
クソ、誰がこの通路を開いたと思っているんだ!
僕も負けじとその中に飛び込む。
その部屋は想像していたものそのものだった。
飛び込んでから暫く、その光景に僕達は動けなくなる。
部屋の中は予想していた通りの装置があり、それらがまるで整列しているかのように並んでいる。
あたり一面に綺麗に並んだそれらの筒がすでに証明している!
目的の保管庫だったということを!
「「いやっほううう!」」
ついついはしゃいでしまう。だって例のブツが所狭しと並んでいるんだよ!喜ばずになんて居られないさ!
「やはり正解だったな!」
ミリケンがそう言いつつ僕達が狙っていた獲物――セキライト結晶棒に近寄る。そう、今回これを狙っていたのだ。はるばるこんな辺境の地まで来る甲斐があったよ!だってこんなにたくさんあるなんて想像してなかったからな。
「しかしなんでこんなに多くあるのか謎だね」
僕は率直に感想を述べる。いくら捨てられた地域にある工場とはいえ、ここまで残っているなんてどうぞ奪ってくださいと言っているようなものだ。見た感じ、百本はゆうに超えているだろう。専用のケースに小奇麗に並んでいるあたり、少し不気味さを感じる。
「おい浩、そんなところに突っ立てないで早く回収しよう。できるだけ傷んでいないものから回収するようにな。ああ、あと灰色がかった結晶棒は既に寿命を迎えているから持って帰るなよ」
既にミリケンは回収作業に入っている。そんなこといちいち言わなくても知ってるよ!いくら勉強しない僕でもそれくらいのことはわかるさ。
僕は少しむくれながら近くにある装置に近寄る。おお、これは期待していいかも。どれもこれもそんなに傷んでいるようには見えないな。よし!袋に詰めいていくとしますか!
一応、ハズレもあるかもしれないからよく確認しながらセキライト結晶棒を鞄の中に詰めていく。こんなに多くあるなら他の連中も誘ってきたらよかったな……。そうしたらきっと、もっと多く持って帰ることができてウハウハだったに違いないのに……。
「どれもこれもそんなに傷んでないね~」
ミリケンもそう思っているのか、頷く仕草が見えた。どうやら結構な数を持って帰ろうとしているようだ。袋がパンパンだ。
「おいおい、そんなに持って帰れるのか?」
「船まで持って行くことができたらな」
それはごもっともです。
軽く敬礼しながら僕も鞄へ詰めていく。幸いなことに、この結晶棒たちは丈夫そうなケースに入っているので重ねてもいけそうだ。もしダメだったらケース……水でカチカチに硬くなる特殊ケースをいまここで作らなければならないはめになってしまう。が、今回は必要ないみたいで助かる。アレはかさばるだけでなく水分を含んで重くなってしまうからね。即席で作れるし銃弾も防げるけど。
「それにしても、この結晶棒少し小さいな」
ミリケンが手に持ってくるくると回す。確かに小さいとは思うけど、いろんな機械に使うから違う太さや長さがあってもおかしくはないと思うけどなぁ。
「それは仕様じゃないの?」
「いや、ここ近年では規格が統一されている。つまりこれも古いことになるけど、しかし……」
腑に落ちないのか、ミリケンは暫く考えているようだ。僕は回収作業に専念専念!
やはり、長年放置されているせいなのか、それとも元々使えないのをまとめてあったのかはしらないけど、幾らかの装置の中に収まっていた結晶棒は使い物にならなかった。まぁここがそれだけ放置されていたってことだね。
「まぁ、ここもだいぶ放置されているからこんなものなのか?しかしこの規格といい大きさといい、最近まで使われていたのか……?」
どうやらまだ気になるらしい。どーでもいいじゃん。こんだけあるんだからそうそう困りはしないさ!困ることと言ったらこの数をどうやって船まで運ぶかだな。鞄が風船みたいだ。
「もう十分な量ゲットしたからそろそろ帰ろうよ」
ミリケンに話しかけるが、応答はない。かわりに渋々、といった感じでこちらに向かってきた。そんな些細なことよりも一番の問題は、これらの重くなった鞄をどうやって船まで持って行くということだ。ミリケンの鞄も例に漏れずパンパンである。来た通路は狭いから小分けして運ぶのか、少し持って帰る量を減らすのか……。ここまで回収したのだから全部持って帰りたいけれどなぁ……。欲張りは三文の得って……言うわけないない。
「浩、やはりここは少しおかしいかもしれない」
「安心して。最初から色々とおかしいから心配しなくてもいいと思うよ」
そう、何事も事が起こってから対処すれば万事OK!
「いや、なんかこう雰囲気が変わったというか……」
言われても僕は超人じゃないから雰囲気を把握するのは無理だよミリケン。君はスーパーマンか?
「うーん、寒くなった?」
「そういうことじゃない……」
どういうことだよ。
「もしかしたらだが、ここはまだ監視下にあるのかもしれない」
「え、まさかそれってここは危険地帯ってことになるよ!?」
「そうだ、少し油断しすぎたかもしれない」
いやいや、誰かさんが爆破しろなんて言い出すから爆破したのに、今更監視下にあるかもしれないと言われましても……。
「おい、構えろ」
ミリケンが鋭く言い放つ。既に何かに対する臨戦態勢をとっていた。いやいや、いくらなんでもそこの穴からバケモノなんて――
「躱せ!浩!」
「クソッ!」
お互いが左右にダイブするのと同時に、穴が一瞬光る。近くに雷が落ちたような音がこの広い倉庫の中を反響する。
「な、なんだ!?」
一体なんなんだ!?敵か?そんなばかな!
そんな叫びは後ろから聞こえてくる破砕音にかき消される。
「応戦だ、浩!」
すでにミリケンはうつ伏せになって肩にかけてあった八八式歩兵短機関銃を穴に向けて発砲し始めていた。確かこの短機関銃は連射速度が速く、貫通性能もいい。しかし反動がすごくて命中性能は低い。
やはりあまり当たっていないのか、カツンという金属に銃弾が当たる音が時々しか聞こえてこない。ん?金属だと……!?
「ま、まさかアストリア国ご自慢のTK-78とかいう魔導ゴーレムだったりして~」
なんてひとりごとをつぶやく。ま、まさかこんな辺境東洋の島国に、上流階級空島ご出身の政府の犬がいるわけがないよね~。
「はやく応戦しろ!死ぬぞ!これは間違いなく政府のやつだ!」
さいですか。
やはりTK-78、通称"悪魔"と言われている魔導ゴーレムですか。おいおい、こっちはスタンガン的な電撃銃しかないぞ!?
「かんべんしてくれよ!」
なんてことを言っても仕方ない。
敵の注意はどうやらミリケンに向いているようだ。これは攻撃チャンス!この手のゴーレムはな、こういった武器に弱いのさ!
「これでも喰らえ!ミリケン!目と耳を塞げ!!」
そう言いながら腰にかけてあった八〇式閃光手榴弾をゴーレムの目付近にある魔導陣めがけて思いっきり投げつける。
僕も巻き添えを食らわないように目と耳を保護する。こんな強い光を目に浴びた日には失明だよ!それは勘弁!
コロン、と軽い音がした瞬間、大きな破裂音とともに周りが太陽に照らされたかのように一瞬明るくなる。これは目を覆っていても眩しいぞ!
少しくらむ視界の中で悪魔の動きが鈍っているのが見える。魔導陣から得た情報で魔導士が操作しているのだから爆光でホワイトアウトでもしたのだろう。僕達(目標)を見失ったようだ。これはしめた!逃げるが勝ち!
「逃げるよミリケン!」
「わかっている!」
折角回収した結晶棒ももちろん背負って走る。さっき穴を開けて入ってきた場所には悪魔がいるから、そこからの脱出は不可能だ。ならばこの倉庫の中を逃げるしか無い!
「ミリケン!どこに向かえばいいの?」
横にいるミリケンに道を尋ねる。
「このまま進んだ先にある扉を開ければ地下排水口に出られる!そこに入りさえすれば奴は追ってこれない」
うむ、確かにあいつはでっかいゴーレムだ。狭い場所には入ってこれない。
後ろからチュイーンというなんとも不気味な音が聞こえてくる。この音は間違いない!電撃砲の再装填音だ!
「電撃砲持ってるのかよ!」
「来るぞ!」
また一瞬、暗闇が昼に変わる。そして空気を切り裂く雷鳴にも似た、音。それらで僕らが殺されるかもしれないということは十分にわかる!
しかし、さっきのセキライトスタングレネードが効いているのか、あさっての方向へ雷撃は飛んでいき、コンクリートをただの瓦礫に変える。
「おいおいあんなの食らっちゃったら丸焦げだよ!」
「そうならないために逃げてるんだよ!」
走る走る、ただひたすらに。当たったら人の丸焼きへい1丁ってな!
やはり、あんなのいるなんてここは監視下にあったのかな……。それとも運悪く巡回中だった悪魔が爆破の音を聞きつけてやってきたのか!?
そろそろスタングレネードの効果が切れてしまう頃だ。そうなれば魔導陣はごまかせない。恐らく同じ手も通用しないはず。
「どうするんだよ、道なんか見えてこないぞ!」
ただ走っていただけでは餌食になるだけだ!
「おかしいな、この先のはずなんだけど……」
「いやだ!こんな寂しいところで死にたくなんかないよ!」
「く!倒すしか無いのか!?」
倒すといっても簡単にはいかない。だって相手はバズーカや戦車砲でやっとこさ倒せるもの。こっちの武器は残念ながらしょぼい電撃銃とおまけ程度の機関銃しか無い。どれもただの鉛玉。特殊弾など高くて買えないよ。
そうこうしているうちにも悪魔との距離は縮まりつつある。そして僕らを簡単に木っ端微塵に出来る電撃砲の装填音も聞こえてくる。このままでは二人共お星様になってみんなを空から見守ることしかできなくなってしまう!
「オラ!これでも喰らえ!」
すれ違いざまに装置の中にあったセキライト結晶棒を床にばらまく。と同時にポケットに入れてある七九式手榴弾のピンを抜く。
「浩まさか……」
「ご明察!」
手榴弾の時限を8秒後にセットする。直ぐ様、後ろへと放り投げる。もちろんばら撒かれたセキライト結晶棒の中をめがけて。
ミリケンと同時に床へダイブし、装置の影に隠れる。衝撃波を少しでも軽減するために。
乾いた鉄の音が、コンクリートを削りながら進んでくる悪魔の音と混ざる。
「――来るぞ!」
何度か転がったあと、指定した時間通りに手榴弾が炸裂する!
セキライト鉱石とは少しのことでは爆発もしないし、燃えもしない。しかしだ。グレネードで外装を破壊されそこに少しの「火」が加われば話は違う。それはもう花火が間近で爆発すると表現したほうがいいかな?
青白い閃光が悪魔を下から照らす。そして一瞬。大爆音とともに悪魔が後ろへと吹き飛ばされる。
「おお?パーツが飛び散っているぞ!」
どうやら殺ったらしい。鈍い金属音が周りから聞こえてくる。そう、奴の部品だ。
「やったか?」
ミリケンが言ってはならない文句を言ってしまったこれはあかん!
「死亡フラグを立てるなああ!」
時既に遅し。
「いやいや、これで死なないほうが――」
ガラリ。倒れたものが起き上がってしまう音。
「ほらあああ!」
そう叫びながら走りだそうとした瞬間、地面に違和感を覚える。
「!?」
そう、下に吸い込まれていくような感覚が――
不安感を感じつつ爆発した地点を見る。
そこはまるで隕石が落ちたかように床が湾曲している。
「うわああ!」
「やりすぎだ!浩!」
この建物はとても古い。つまり傷んだ床の上でドンパチなんかしたら床はビスケットのごとく粉々になってしまうでしょう。いや、なりました。てへっ。
「走れ……」
ミリケンが走ろうとするが、僅かな努力も虚しく間に合わない。粉々になってしまったコンクリートと一緒に下の階まで落下をはじめる。
ゆっくりと、しかし着実に下に向かって落ちていく。
落ちながら、これが最後の風景で、僕は暗く冷たいコンクリートが棺桶だと思った。