橋間彰宏7
「今回の事件の発端は、知能派ヤクザで知られる堅桜会の幹部の愛人が武闘派ヤクザ十嶋組のチンピラに殺されたことにあるんですよ。痴情のもつれってやつですね。堅桜会としてはそりゃ黙っていられないわけですが、元々幹部はそんなに愛人に執着してはいなくてね、十嶋組が詫び入れて、なんかの取引でちょっと譲るってところで話は収まったんです。ところが先日恵登くんが見つけた死体、これが十嶋の組長の奥さんのものだった」
「復讐?」
三森が聞く。
「でも幹部は怒ってなかったんでしょ」
「そうです。そこが不思議なところで。堅桜会にとってみれば『お詫び』のおかげでかえって得ができてラッキーって感じなんすよね。だから多分、十嶋組長の奥さん殺害に堅桜会は関わってないと思うんですよ。まぁ先走った下っ端がって線もなくはないですが、それだったら堅桜会もすぐ犯人を差し出してるでしょうし」
安井は資料の一枚をひらひらと揺らした。十嶋剛という名前の上に熊のようながっしりした男の写真があった。これは直に見たら相当怖いだろうなぁ。まぁ恵登を問い詰めたのは部下だろうけど。
「ここに聞き込み相手の名前と話の内容を書いときました。必要なら録音したものも渡します。さて、えぇと十嶋組長の方は残念ながら愛妻家で知られていて、堅桜会との話し合いじゃ収まりがつかなかったようです。いま組長は烈火の如く怒り狂い、方々調べ回ってます。第一発見者である恵登くんのところに来るのは、まぁ道理ですよねぇ」
同情するように言い、安井は話を終えた。
「なるほどな、そういうことか」
験也さんはだいぶ軟化した態度で言う。
「ならしょうがねぇなぁ。疑って悪かった」
「ほんとだよぉ、俺らそんな悪さしてないもーん」
笑いながら言うハイジに、「なに言ってんの、悪いことなんて全然してないでしょ」と三森がかぶせる。
「あ、じゃあ俺これで仕事終わりっすかね」
「そうだな。資料もらっていいか?」
「もちろん、どうぞどうぞ。またなんかあったら声かけてくださーい」
にこやかに立ち上がる安井に、財布から一万円札を二枚出して渡す。今度会うときには丸眼鏡かけてんのかな。いや、すでに飽きててコンタクトにしてるかもしれない。
予想通りとはいえ、俺らに全く関係ない話で本当に良かった。
安井が立ち去り、解決したってほかの奴らにメールしなきゃ、と携帯を開いた時、近くでトン、と音がした。たいして大きい音でもなかったが、ちょうど誰も喋るものがいなくて静かだった空間に、妙に響く。
それまで空気のように振る舞ってひたすらちびちびと飲んでいた圷が、グラスをローテーブルに置いたようだった。
「事件の背景が見えてよかったですね」
低く単調な声で言う。
突然圷が喋ったことに、みんなが驚いた顔をした。こいつは喧嘩もしないし、煙草も吸わないし酒も飲まないという、何故不良チームに属してるのか全然わからない地味な男だ。
一回も染めたことのないような黒い髪、おとなしそうで淡泊な顔、平均よりちょっと小柄な体型。どっちかというとカツアゲはされる側であり、間違ってもする側には回れないだろう。
だからほとんどの奴は圷のことをパシリかなんかだと思ってる。チームの誰かにいいように使われてるんだろって。
でも俺にはとてもそうは見えなかった。
俺だって圷について詳しいことを知ってるわけじゃないけど、あいつが単なるいじめられっこじゃないことぐらいはわかる。
圷は、なんというか、異質だった。
言われるとおりジュースとかパンを大量に買ってきてみんなに配っているときさえ、ちっとも惨めには見えない。
こいつには何かどうしてもやりたいことがあって、そのためにはほかの全てどうだっていいのだ。感情の伺えない黒い瞳は、そんなことを感じさせた。
「験也さん、すみませんが恵登くんに会わせたい方がいます」
承諾を必要としない断定口調だった。
験也さんは顔をしかめる。
「誰だ? つーかなんでいきなり」
「その方が望まれたからです」
「だからその方ってなんだよ、気味悪ぃな」
「『神国』のトップ、瀬田百雨様です」
「……はぁ?」
験也さんは呆気にとられたように口を開けた。




