原西吉哉1
俺の中で、人間っつうのは二種類に分けられる。俺より強い奴か、俺より弱い奴だ。強い奴は文句なしで好きだ。どんな性格してようが関係ねぇ、そんなん闘っちまえばどうでもいい。
問題は、弱い奴だ。
弱いくせにイキがってると腹立つ。弱いからってビクビク怯えてると腹立つ。弱くてもいいやって開き直ってると腹立つ。どいつもこいつも、お前らなんでそんなよえーんだよ、あ゛ん!?
世の中腹立つ奴ばっかりだ。お前らもっと強くなれよ。強くなって、俺を楽しませてくれ。こんなに周りに弱い奴しかいねぇと、多分俺、そのうち腹立ち過ぎて血管ブッち切れて死ぬ。
小さいころから俺はずっと喧嘩してねぇと気が済まなくて、何回も先公に呼びだされて謝らされて廊下に立たされてた。一応従ってたけど、当然反省なんて全くしてなかった。だって俺別に悪いことなんかしてねぇだろーよ。
つえー奴がよえー奴に勝つのは当たり前だろ。つえー奴がよえー奴の上に立つのも当たり前だろ。相手の身になって考えるとか、なんでそんなんしなきゃなんねぇんだよ、つえー奴はよえー奴になれねんだよ。つえー奴はつえー奴でしかない。
友達はできなかった、けど別に欲しいとも思わなかった。よえー奴見てるとぶっ飛ばしたくなる。つえー奴に会うと喧嘩したくなる。仲良しごっこしてる暇はねぇ。知らないうちに子分はできたが、そいつのこともムカつくと殴ってた。でもそのわりによくひっついてきたな。あいつマゾだったんかもしれん。キモ。
イラついて潰して、喧嘩して楽しくなって、俺の人生、その繰り返し。いつだってなんか足りねぇ、けど、まぁなんとかかんとか折り合いつけて、今日も無事血管は切れないでいる。
――あー喧嘩してぇ。
第四章★原西吉哉
「……?」
どこだここ。あ、教室か。
あいっかわらずうるせーなぁ。どいつもこいつもぺちゃくちゃ喋りやがって、女かっつーの。いや、でも俺を起こした音はこんなんじゃない。
「なんだ今の」
一番近くにいた久遠に聞くと、「あー、なんか誰か机投げたっぽいっすよ」という答えが返ってきた。ちげぇよ、もっとすげー音だったんだよ。なんかこう、グワガッシャーン!!っていう。
「ぽいってなんだよお前見てねぇの」
「もうちょっとで解けそうなんすよ喧嘩なんか見てる場合じゃないっての」
だらしなくかいた胡坐の上には『上級詰め碁百選』と書かれた雑誌がのっている。じじぃかよ。
「飛んだ机が窓割って下に落ちたんですよ、原西さん」
横からゲンが説明する。あー、だからか。見れば確かに窓ガラスの一部が派手に割れていた。
「ざけんなよさみーだろーよもう秋だぞ」
「すんません原西さん、あいつシメとくんで。つか結構前からあいつら超叫んでたんすけど気づきませんでしたか」
「あぁ、マジ寝してた」
ふわ、と欠伸して体を伸ばす。
「よく寝たなー」
「原西さんなんか食いたいもんありますか? 今から買ってこさせるんで」
「あー、じゃヤキソバパンと牛乳」
適当に言うと、ゲンはうす、と答え、近くにいたチビの襟首掴んで太い声で唱え出した。
「コロッケパン三つ、やきそばパン二つ、ハンバーグパン二つ、トマトサラダセット、野菜ジュース、りんごジュース、Mコーヒー、牛乳二つ、タピオカティー、はいダッシュ」
「そ、そんな覚えきれませ――」
「あぁ!? てめぇ俺がわざわざまとめてやってんだろぉが舐めてんのか!?」
「そそそそんなことは……!」
「いいから買ってこい! 五分!」
「あああの、どうやっても十分は」
「あぁ!?」
「すみません!」
半泣きでチビは駆けて行く。
あいつマジちびっこいな、ゲンと同い年とは思えん。まぁゲンと比べりゃ俺だって小柄か。
「ったくチーボの奴最近調子のってますね原西さん」
「あ? あぁ……」
知らねぇよあいつのことなんざ。
「一回ヤキ入れときましょうか」
「好きにしろよ」
一々俺に聞くなうぜぇ、とあくびしながら言う。よえー奴にゃ興味ねぇんだよ。
久遠が、「つーか新さんまた野菜だけっすかぁ」とだるそうな口調で言う。
「肉食べねぇでなんで力出るんすかね」
「肉ばっか食ってっと病気なんぞ、久遠! 野菜は最高だ!」
「健康バカなくせにゲームは止めねぇんすね、あんた」
「何人たりとも俺のゲームの邪魔はさせん!」
暑苦しく叫ぶその手には携帯ゲーム機が。がっしりとした体躯に似合わず視力は0・1だ。
なんか変な奴多いよな、ここ。変っつーかバカなのか。名雲だしな。俺が入試受けた時は、名前書いててきとーに選択肢に丸つけただけだったけどふつーに入れた。
この一帯の不良はみんな名雲か条洋に行く。俺が名雲入ってからは、当然名雲のが強い。つか条洋は神国にシメられちまった。骨ねーなぁ。
来るまでは高校とかたりーって思ってたけど、中学より断然楽しい。なんつっても喧嘩つえー奴が多いのがいい。
多分ここは、日本で一番俺が楽に生きられる場所なんだろうな。ひたすら喧嘩して勝ってりゃみんな俺の言うことを聞く。校則とかないも同然だし、出席日数さえ足りてれば教師もうるせぇこと言わねぇ。
腰を上げると、即座に「原西さんどこ行くんですか」と手下の一人が聞いてきた。
「るせーな便所だよ」
「今二年の便所シンナーでラリッてる奴いて使えないんすけど……」
「はぁ!? 馬鹿か! 潰しとけ!」
なんでよりによって便所で吸うんだよ、ほかにあんだろ、なんか人の迷惑になんねぇとこが!
イラついて壁を殴る。バキィ、と音を立てて穴が開いたが、気にしない。どうせ老朽化してあちこちガタがきてんだ、今さらだろ。
しゃーねぇ、一年とこ行くか。三年はまだ制覇してねぇ。負ける気はしねぇが戦ってる途中漏れたらマズい。
と、開けようとしていた戸が向こう側からガシャーンと開かれた。髪を緑に染めた男が俺の顔を見てぎょっとしたように後ずさる。
「はっ、原西さん! すんません! でもちょうど良かったっす!」
「あぁ?」
声デケェなこいつ。
「『神国』の白狐潰しませんか!」
「あいつんなに強くねぇだろ」
「だからですよ! 強くねぇくせに橋間の横にいるからってデケェつらしやがってムカつきませんか?」
「どーでもいい。つかあいつに手ぇ出すと女がうるせぇぞ。あぁ、女取られたんかお前」
「ちっ、がいます!」
緑は顔を赤くして否定するが、白狐を潰そうとするなんざそんな奴ばっかりだ。闘いがいがあるほど強いわけでもねぇし、絡むとあとが厄介だから俺はあいつのことはシカトしてる。っつーか、
「どけ!」
「はいぃ!」
緑は慌てて飛びのいた。ち、あと一瞬遅かったら殴ってやろうと思ってたのに。
「俺このままサボっから」
久遠に言うと、「うぃっす」とこちらを見もせずに片手をあげて答えた。そんなおもしれーんかね、あの白黒の石っころが。
視界の隅にため息をつく教師が見えたが、何も言ってこないのはわかってる。大股で歩いて、階段は四段飛ばしして便所に直行。
しかしシンナーか……くっせぇのが嫌でやったことねぇけど、マジでんなにいいんかな? いや、ラリッてる最中の奴らめっちゃダセェからやめとこ。
やっとすっきりして、ふーと息をつく。ふと横を向いたら窓から綺麗に晴れた青空が見えた。今日はいい天気だ。こないだ見つけた空き地で昼寝でもすっか。
上履きなんてかったるいもん使わず校内も土足で歩きまわってるおかげで、こーいうときは便利だ。
窓から身を乗り出して飛び降り、そのまま外に出て、俺はのんびり歩きだした。
「原西くんはサバンナにでも生まれたらよかったわねぇ」(原西の小学校の時の担任談)




