桐津羽衣児10
テスト二日目も無事乗り切り、ホームルーム終わってから速効家帰って手配したおかげで、根回しは九割がた成功した。あとは結果待ちだ。割合簡単な作業だった。
小島博次は、不良仲間の間でも馬鹿にされるようなしょうもない男だ。弱いくせに見栄っ張りで、チキンでこずるい。マジでパシリ以外に使いようがない。
じゃあクラスメイトの中では? 親戚の間では? ろくな評判じゃないんだろーなぁと調べてみたら、案の定だった。『イケてる不良』ぶって顰蹙を買っているらしい。
偶然にも俺は、小島の叔父だという警察庁室長の娘の友達と繋がりがあった。生徒会メンバーとして、合同でやる学校行事の打ち合わせを何回かしたことがあったのだ。
最初は、何も知らないようなふりをして全く関係ない話題から始める。
「久しぶり、佐々木さん。去年の秀英祭ぶりだね。今大丈夫かな?」
「あ、うん、平気平気―。どしたの?」
「いきなりごめんね。実は情けない話なんだけど、去年の秀英祭を参考にしようと思って予算表引っ張り出してきたらさ、たまたま遊びに来てた親戚の子供がコーヒーこぼしちゃって、読めなくなっちゃったんだ。それで、佐々木さんのとこに残ってる予算表を見せてほしくて」
「うん、いいよー。スキャンしてメールで送ろっか?」
「そうしてくれると助かる。ありがとう佐々木さん、ほっとしたよ」
「いいっていいって、困った時はお互い様だしー」
朗らかに佐々木さんは笑う。
ほかにいくつか使えそうなルートがある中この女を選んだのは、以前会った時に話好きでイケメンに弱そうという印象を持ったからだ。生徒会の打ち合わせ中にも、控えめにだが俺の方をちらちら見ていた。まぁ女子高にいるからには男が珍しいのはわかるが、会長と会計だって男だったのにな。顔がいいってのは何かと得だ。こればかりは両親に感謝する。
電話する口実の用件から自然に世間話にシフトさせ、和やかに盛り上がったのち、ちょっと悩んでることがあったんけど佐々木さんの声聞いたら元気出たよ、と言ったら途端に食いついてきた。
「なになに? えー、桐津くんでも悩むこととかあるんだ! 何でも出来そうなのに。私でできることがあれば協力するよ?」
「ありがとう、佐々木さん。うーん、学生の俺達がどうこうできる話じゃないんだけど、良かったらちょっと話聞いてくれるかな? 誰にも話せなくて辛かったんだ。誰かに話したら考えもまとまるかも」
「そうだね、いいよいいよ、全然、言っちゃいなよ。私相談とかよくされるし、話ならいくらでも聴くよ!」
この子簡単に詐欺とかに引っ掛かりそうだな―と思いながらも、いかにも嬉しそうな声でお礼を言う。そこから俺は言葉巧みに、ほんの少し事実を脚色して悩みを打ち明けた。
――俺の友達で空手やってる奴がいて、そいつは普段は喧嘩なんて全然しない奴なんだけど、小島って男に絡まれて、つい反撃してしまったらしい。小島がナイフを持ってかかってきたので危険を感じたそうだ。しかし負けた小島は逆恨みして、自分の親戚の警察官に話し友達を傷害罪で逮捕させようとしている。友達のことが心配だが何をしてあげればいいかわからない。
『優しくて面倒見のいい』佐々木さんはころっと騙され、「えーひどい、その小島って奴、さいてーだね!」と同情してくれた。
「私の友達のお父さんも、警察の人なんだ。どういうふうになるのか聞いたげよっか?」
「本当? うわ、助かるな。その友達って、なんて人?」
「雪菜っていうの、私の親友なんだよ。すっごくいい子だから、多分雪菜も桐津くんのお友達が逮捕されないように協力してくれると思う」
ビンゴ。まーじで佐々木さんチョロい。
「それは心強いな。佐々木さん、本当にありがとう。佐々木さんに話してよかったよ。友達は気がいいから、自分が応戦しちゃったから悪いんだって後悔してたけど、不良に絡まれたら怖くなって反撃しても無理ないよね」
「うん、そうだよ! お友達かわいそう。よくわかんないけど、雪菜のお父さんって結構偉い人みたいだから、きっと力になってくれるよ。そうじゃなくても対策とかわかるかもだし」
その後は、うんうん、そうだね、ありがとうを多用し、若干思わせぶりなことも匂わせつつ、良い雰囲気のまま電話を切る。赤子の手を捻るかのような簡単さだった。
「不肖の甥より可愛い娘ってな」
事実なんてどうだっていいのだ。問題は、誰が伝えるかだ。全治二カ月の診断はキツいが、今まで得た情報から見るに、雪菜嬢の父親は直接甥の見舞いに行って確かめるほど事を重要視しないだろう。
コネにはより強力なコネで返す。俺ができるのなんてこんなことぐらいだが、単純な手の方が案外有効だったりするものだ。
動画撮った小原の処理は、橋間隊の一員である教師に協力を頼んでなんとかしてもらった。橋間の人望ハンパないな。あいつはあんまり活用する気はないようだが、橋間の言うことなら何でも聞く橋間隊は使いようによってはかなり便利だ。俺も何人かパシリっぽいのがいるけど、心酔度が違う。
あとはことの経緯を瀬田さんに報告して、遠藤のこと注意しといてもらうだけ。
つーことで昨日はどこの店にも行かないで家でおとなしく寝てたから、今はかなり爽快な気分だ。さして苦労せず、ぴんと背筋を伸ばして授業を受け続けることができた。
まぁ、俺のやる気に反して今日の授業は全体的に気が抜けてたけどな。テスト期間が終わったんで教師も生徒もだらけてるんだろう。締め付けられるよりはいいか。
帰り支度をしていたら、むすっとした顔の男が横に立った。
「桐津、昨日なんで先帰ったんだよ? 俺ら捜したんだぜ」
中島か。中島と渡辺、俺とは成績上位仲間だ。電車も途中まで乗り合わせるのでよく一緒に帰ってる。昨日はとにかく早く帰りたかったから、声をかけられる前に走るように教室を出たが。
「あー、ごめんな。俺テスト終わってホッとして、なんかぼーっと帰っちゃったみたい」
すまなそうに謝ると、「お前抜けてんなー」と呆れた目で見られた。
「俺は週一でテストあるから、テスト慣れしちゃって今さら疲れるとかないよ。お前も塾通えばいいのに」
中島と渡辺は有名進学塾に通っている。俺の家だって通えるだけの余裕はあるが、特に必要も感じないので行ってない。だって塾始まるのが九時ってなんだよ。そんな時間になってまで勉強してたくねぇよ。
「はは、だって塾ってみんなすげー真剣にやってんだろ? ちょっと怖いかなって」
「馬鹿、お前入試の時は嫌でも真剣になんなきゃいけないんだから、今のうちに慣れてた方がいいんだよ」
「やめろよ中島、桐津なんか入ってきたらライバル増えちゃうだろ」
渡辺がちゃかすように言う。こいつは中島よりは柔軟性があって接しやすい。
三人であの先生は教えるのが上手いとか下手だとか、あのアイドルが可愛いだとかそうでもないとか、くだらないことを話しながら歩く。
駅に通じる歩道橋を上ろうと階段に足をかけた時、「てめぇぶっ殺す!」という怒声が聞こえた。
思わず三人で顔を見合わせ、おそるおそる声がした方を伺うと、ちょうど階段の影になってる場所でいかにもという感じに制服を着崩した不良が三人、誰か気の毒な犠牲者を囲んでいた。




