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魔法少女は信じちゃいけない  作者: 夜光始世
第三章★桐津羽衣児
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桐津羽衣児3


「……マズ」

 日本のビールは苦いばっかで嫌いだ。マギダンを避けた俺は、ナイトメアという名のありきたりなクラブに来ていた。

 照明も音楽も超うるさいし踊ってるやつら観てると馬鹿みてぇだなと思うけど、未成年でも滅多に咎められない貴重な店なのでありがたい。辛気臭い家にいるよりはましだ。

 隅のソファに座ってだらけていると、『神国』の下っ端の奴らを俺を見つけて寄ってきた。木山と後藤と……あと誰だっけ。まぁモブだ、モブ。

白狐(びゃっこ)さん、久しぶりっす!」「うちの妹が白狐さん見たいってうるさいんすよ! アイドルじゃないっての、ねぇ?」「HADの谷野倒したってマジすか?」「白狐さんなんでそんなモテるんすか?」

「えー? なんでだろーね~」

 ジッポで煙草に火をつけながら、適当に返す。白狐っていうのは俺の通り名だ。厨二臭くてイタいけど身バレするよりはまし。

「レンアイしたいと思ってないからじゃない?」

「や、だから、それはモテてるからですって! 俺らはモテねーからモテてーモテてーって思うんスよ」

「違うよぉ、そーいうことじゃなくてさぁ……」

 俺は気だるげに煙草をふかし、目線は木山達にやったままソファにもたれかかった。

「俺、デートとか、長く続く恋人とかヤなの。一瞬の気まぐれで遊びたいわけ。だからかっるーい女の子探してるし、あっちもそーいう空気発してる俺に惹かれんの。とりあえず普通以上の顔で気の利いた言葉言えて、洒落たとこに連れてってあげられるセンスとかがあれば十分なんだよぉ。あとはホテルとか泊まってさよなら~で後腐れなく別れる。だからモテるってのとは、ちょっと違うんじゃねーかなぁ」

 そう、俺は縛られるなんてごめんだ。好きなように動いて好きなように生きる。責任なんか持ちたくない。いずれは社会に出て、仕事をして結婚してしっかりせざるを得なくなるんだろうから、今は思い切り好き勝手にしたっていいだろう? せっかくのモラトリアムなんだからさ。

 自由で気まま。そんなスタンスを貫けていることを、俺は瀬田さんに感謝している。

 俺が瀬田さんと出会ったのは、一年ぐらい前のことだった。

 歓楽街をふらついてたら派手な女に抱きつかれたので、そのままノリでホテルに行こうとしたらいきなり強面の男に斬りかかられたのだ。

 キレた目でナイフ振りまわす男は逃げても逃げても追ってきて、わけわかんねぇことを喚きながらついに俺を路地裏の壁際に追い詰めた。

 いくら俺が多少は喧嘩できるって言っても刃物を滅茶苦茶に振りまわす奴の相手は無理がある。血走った目でナイフを振りかぶる男にヤバイヤバいと思いながらも何もできないでいたら、ふっと男が視界から消えた。

「……え?」

 どこ、に?

 虚空をみつめたまま固まっていると、足元から呻き声が聞こえてきた。見ると、さっきの男が腹を押さえ蹲っている。

 ……な、何が起こったんだ。てゆーかナイフ男の手を踏みつけてるこの黒コートの男はいったい? もしかして俺のこと助けてくれたのか? 全然見おぼえないんだけど誰だっけ……。

 混乱した頭でナイフ男と黒服の男を交互に見る。厳つくてガタイのいいナイフ男と違い、黒コートの男は俺より少し背が低くて、一見まったく強そうには見えなかった。でもこんな一瞬でやっつけちゃったということは、武道の達人かなんかなんだろう。

 黒コートの男はナイフ男を蹴り転がして追い払い、愛想のかけらもない顔で俺を見た。

「今みたいなことはよくあるのか?」

 拍子抜けするぐらい普通の声。歳も俺と同じぐらいだし、ほんと何処にでもいそうな奴。

「え、あ、あーうん、たまぁに、ね。助けてくれてありがとぉ。あんた初対面だよね?」

「あぁ」

「今のどやったの」

「何もしてないさ。あいつが勝手に転んだんだ」

「んなわけないじゃん」

「世の中には理解できないことの方が多い。自分の見たものを信じろ。お前は俺があいつと戦ったところを見たか? 俺は何もしていないがあいつは倒れた。そうだろう? これが俺の『力』だ」

「……は?」

 なにそれ。超能力的な? この人ちょっと危ねぇ奴? 

 後ずさった俺を見て男は笑った。次の瞬間、鼻がくっつきそうなほど近くに男の顔が現れる。

「……っ!?」

 なんだこれ。瞬間移動でもしねぇと無理だろこんなん。なんなんだよ――こいつ、なにもんだ!?

「お前は賢いな。それに強い。でも絶対に負けないわけではないだろう。さっきみたいに」

 男は静かな口調で言い聞かせるように言う。長めの前髪から覗く目が、俺をその場に縫い付けた。

「後ろ盾があればいいと思わないか。その名を聞けば誰も戦いを仕掛けたいとは思わなくなるような、強い後ろ盾が」

「後ろ、盾……?」

「あぁ。と言っても拒否権はない。嫌だと言うならそれ相応の対応をするまでだ」

「……脅し、てんの」

「そうだな」

 俺は拳を握りしめた。わかりやすい脅威からは逃れられたけど、どうやらもっと面倒くさいものに捕まってしまったらしい。悪あがきをするように、俺は呟いた。

「俺、縛られたくないんだよね」

「大したことは求めない。お前の人脈と情報網が欲しいだけだ。誰かと喧嘩しろとか金を出せなんてことは一切ないさ。お前が損するようなことはなにもない」

 だから、俺の下につけ。

 有無を言わせぬ迫力で男は言った。

 俺に選択肢はなかった。気づけば、この得体の知れない男に畏怖のような気持を抱いていた。

 射抜くような視線から目をそらせぬまま、微かに頷く。男は満足げに目を細め、俺を手招いた。

 ――それが、俺が『神国』に入ったきっかけ。

 『男』、瀬田さんが言った通り、『神国』の一員と名乗り始めた途端、俺は面倒なトラブルに巻き込まれることが減った。俺一人ならともかく組織を相手にしたくないという奴は多いらしい。もっとも、俺より前にメンバーになっていた橋間と三森を敵に回したくないという方が大きいのかもしれないが。

 俺のすることといえば定期的に瀬田さんに今の街の情勢とか目立った出来事を書いてメールし、たまにくる電話の質問に答えるだけだ。実に平和的。全然不良チームに属してるという気がしない。

 まぁ、三森の傍にいると一気に暴力が身近なものに感じられるけどな……。あいつはちょっと極端すぎる。



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