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魔法少女は信じちゃいけない  作者: 夜光始世
第二章★三森綾野
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三森綾野7



 ……どこだここ。教室?

 でも狭い。しかも暗い。なんだっけ、この埃っぽさ――あぁ、映像管理室。そうだ、頼まれて……て?

 そのあとどうなったの? わからない。ひどく驚いた気がする。何に――いや、それよりもなんか妙に体が痛い。動かそうとしても動かない。

 目と首を下に動かし、自分の体を見降ろした。

 ……縛られてるんだ! 手は後ろ手にまとめられ、足は正座の形でひとくくりにされてる。梱包用の白くて細いひもだけど、何重にも巻かれてるから引きちぎるのは無理だろう。容赦なくぎりぎりと肌に食い込んでいる。

 これは――相当ヤバいのでは。

 さっと血の気が引き、とにかく状況判断と辺りを見渡したところで、私はその少年に気付いた。

 私の真横にじっと座っている。今までずっと観察されていたらしいとわかって、鳥肌が立った。

「おはよう。やっと……やっと一つになれるね、綾野ちゃん」

 頬を薔薇色に染めて、瞳を潤ませたその男子は、まるで少女のように可憐だった。

 ――あれ、こいつどっかで見たような……って、あ!

「こ、告白してきた……」

「そうだよ、俺だよ。あぁやっぱり起きたほうが可愛い。女神さまみたいだ。俺はこんなに綾野ちゃんが好きで好きで好きで好きで好きで仕方ないのに、綾野ちゃんは俺を否定したんだよ。でも大丈夫、綾野ちゃんが否定したって俺は綾野ちゃんを手に入れられる。綾野ちゃんが使った上履きも文房具も体操服も持ってる。今はこうして綾野ちゃんに触れる。綾野ちゃん――」

 うっとりと瞳を蕩けさせ、少年は私の首に手をかけた。

 こいつ、まさか――!

「綾野ちゃん、愛してる」

「やめっ、ぐ、うぅぅ」

 苦、しい!

 喉がぎゅうぎゅうと圧迫されて息ができない。このひ弱な腕の何処にこんな力が潜んでいるのか、本当に人は見かけじゃわからないものだ。

 躊躇いなく私を殺そうとする手の持ち主は変わらず嬉しげに微笑んでいて、弧を描く小さな赤い唇がとてつもなく恐ろしかった。

 そういえば佐上が言ってた、犯人はそう見えない奴かもしれないって、そうだよ、あんたが正しかったんだね。私わかってなかった。こんなにも邪悪で醜悪な奴が近くにいたっていうのに、何も気づかずされるがままだ。涙に視界がぶれる。悔しい悔しい悔しい。絶対殺されたりするもんか!

 私が死んだらこいつはほかの人のことも殺すかもしれない。善良で何の罪もない優しい人たちを傷つけるかもしれない。私が止めなければ。私が、私が、わたしが……せいぎの、みかたが。

 でももう あたまが ぼやけて

「俺たちは一つになるんだ……!」

「この馬鹿っ!」

 す、と圧力が消えた。

「っくふ、げほっ、は、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 必死で酸素を吸い込み、息を整える。

 目を瞬かせて涙を散らしたら、横倒れになった少年をひもでぐるぐる巻きにしている佐上が見えた。

「え、さ、佐上、え?」

「一人になるなって言ったろ!」

 佐上は怒鳴り。喚く少年の口にガムテープを貼りつける。

「ほかなんかされてないか!?」

「あ、うん、首絞められただけ」

 だけって言い方もおかしいけど、そう言ったら、佐上は深いため息をついた。

「死ぬかと思った……」

「うん、私こんな真剣に殺されるって思ったの初めて」

「そうじゃなくて……まぁいいや、ひも解くぞ」

 佐上はどこからか十徳ナイフを取り出して、私を縛っていたひもを一つずつ切っていった。

「そんなの持ってたんだ」

「お前のメリケンサックみたいなもんだよ。ていうか、なんでこんな簡単にやられたんだ?」

「いきなりビリッてきたの。多分スタンガンだと思う。メリケンサックに指通す暇もなかったよ」

 武器を持っていても、常に構えていないと突発的な攻撃には対処できないのだ。我ながら考えが甘かったと反省する。悪人っていうのは、卑怯な手を使うものって決まってるのに。もっと慎重に、考え深くならなくちゃいけない。

「佐上、どうやってここに?」

「あー、教室戻ったらお前いなかったから、かたっぱしから居所聞いた。なんかお前にここに来るように言ったのほかのクラスの奴だったみたいで、そいつ見つけるのに手間取ったせいで遅くなっちまった。悪い」

「遅くって……今何時」

「放課後」

「えっ!?」

 じゃあ二時間ぐらいたってるんだ!? つまりあいつは二時間ずっと気絶してる私を見てたってこと? き、気持ち悪っ! まぁ私が起きる前に殺そうとは思わなかったらしいのは不幸中の幸いだった。

「部屋入ったらすぐあんな状態だったから、咄嗟にあいつ蹴り飛ばして、近くにあったビデオデッキ投げつけたんだよ。抗争のために覚えた喧嘩が意外に役に立ったな」

 苦笑しながら佐上は言う。

 私は今さらながら、本当に危機一髪だったんだという実感が湧き上がってきて、身震いした。

「あ、ありがとう佐上。おかげで助かった」

「あぁ、マジで間に合ってよかったよ。まさかここまでひどいことになってるとは……つーか三森、なんで殺されそうになってんの? 恨みでも買った?」

「私が恨みなんか買うわけないでしょ? えっと、告白されたの断ったから、それで腹いせに……?」

「腹いせで人は殺さねーよ……こいつも報われねーな」

 佐上は同情するような眼で少年を見下ろす。え、え、どういうこと?

「さ、佐上、私制裁はするからね!」

「あぁ、好きにしろよ。今回は止めない。被害を受けたのは三森なんだからな。俺だって腹たってるし」

 でもいきすぎてマジで殺しちまうとまずいから見届ける、と佐上は床に積まれた紙束の上に腰を下ろした。

「えー、殺しちゃだめなの」

「あたりまえだろ」

 うーん。でもこいつ、ほっといたら何するかわかんないよ? こんな危険な奴は消しちゃうのが一番だと思うんだけど……まぁ仕方ない、助けてくれたのは佐上だもんね。佐上の意見を尊重しなきゃ。とりあえずこの少年には二度とこんな気を起こさないようにトラウマを植え付けよう。

 私は少年の傍にしゃがんで、右手で肩を掴んだ。左手は体を抑えるために使う。

 私達の会話を聞いていた少年は、悪漢に捕らわれたヒロインのように恐怖で顔を歪ませるが、私はもうそんな見せかけに騙されたりしない。

「悪は滅びるって決まってるんだよ」

 諭すように言い、ごきりと肩の関節を外す。さぁ、次はどうしようかな。

 ガムテープに阻まれくぐもった悲鳴が、しばらく薄暗い映像管理室に響いていた。






佐上くんマジヒーロー。実は結構キレてます。

次回桐津編。


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