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魔法少女は信じちゃいけない  作者: 夜光始世
第二章★三森綾野
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三森綾野5


「へぇ、橋間またモテてんだぁ。羨ましーねぇ」

 からかうような口調でソファに寝そべってるハイジが言った。今日はまた一段と髪色が明るいな。あれカラースプレーだっけ? カツラ?

 ハイジ――桐津羽衣児は、私と橋間が通ってる高校よりも一つ上のランクの進学校で生徒会書記なんかやってる優等生だ。

 成績はもちろん良く、明るく人気者、教師からも信頼されていて、生徒会にも推薦されて入ったらしい。推薦入試とか就職のとき有利そうだから引き受けたけど、責任のある会長は絶対やらないといつだったか宣言していた。

 うちのメンバーの中では多分ハイジが一番裏表が激しい。悪いことしてるわけじゃないから私とやりあうことはないけど、お互いあまり関わらないようにしてる。

 そういえば験也さん見えないな、とカウンターを覗いていたら、「今表にいる」って橋間が教えてくれた。正規の店のほうか。験也さんがこの場にいたら涙夜さんに何か言うだろうに珍しいな、と思ったのだ。いないなら何も言いようがない。

 涙夜さんは橋間を見に来たと言ったわりには早々に橋間の傍から離れ、私に話しかけてきた。

「綾乃ちゃん、お話しよっ。前は時間がなくてあんまり話せなかったから、また会いたいって思ってたんだ」

「そ、そうですね。私も、涙夜さん素敵な人だなって思ってました」

「え、ほんと? わーい、ありがと~。私も綾乃ちゃん可愛くて好き!」

 至近距離でくらう美少女の微笑みは、大層な破壊力だった。

 この女の子らしくかつ嫌みのないふわーとした風情、女子なら誰もが憧れるだろう。好感の持てる人ではある。普通だったら是非ともお友達になりたいところだ。

 が、なんだろう、なんか、なんか妙に接しづらいのだ、この人。私今まで、自分は社交的な方だと思ってたんだけど。こんなに妙な違和感を感じる人は初めてだ。悪人か善人かでいえば、まず間違いなく善人側のはずなのに。

「私ねー、三森ちゃんとは絶対気があうって思ってたの! 前に会った時、イフラムのワンピース着てたでしょ? あれ私も凄く好きなんだ」

「あ、いいですよね。可愛いけど着やすくて」

「ねー。あとは、そうだなぁ、牧野ヨウとか聴く?」

 涙夜さんは今流行ってるR&B系の歌手の名前を挙げた。

「すいません、私どっちかというとロック系とか」

「わ、かっこいいね! オススメあったら教えて~。私マリア・リーンぐらいしか知らないの」

「ああ、可愛いですよね、マリア。ロックっていうかカントリーですけど。今はシャイスってバンドの曲よく聞いてます」

 へぇー、と感心したように言った涙夜さんは、鞄から取り出した可愛い手帳に私が教えたバンドの名前を書きつけた。しばらく、好きな作家とかよく行くお店とかのとりとめもない話をして、私が、涙夜さんって何のためにマギダンに来たんだっけとまたわからなくなりだした頃、涙夜さんはさらっと聞いてきた。

「そういえば、綾野ちゃんって、アキくんのことどう思ってるの?」

 少し不安げに、窺うように私を見上げる。

 あ、もしかして私、橋間狙いだと思われてる? うわ、めんどくさ。

「普通に友達ですよ。私今まで好きな人とかできたことないし」

「えっ、そうなんだー。なんか意外、綾野ちゃんそんなに可愛いのに。モテるでしょ?」

 自分の方がよっぽどモテそうな顔をしていながらそんなことを言う。

「まぁ……少しは」

 私は端的に答えた。嘘は嫌いだ。

「でもしょうがないですよね、好きになってくれるのは嬉しいけど、こっちも好きじゃなければつきあっても申し訳ないので。涙夜さんは橋間が好きなんですよね?」

 聞くと、涙夜さんは驚いたように目を見開き、しかしすぐにえへへーと照れくさそうに笑って上目遣いで私を見た。うっ。可愛い。

「……わかる?」

「凄くわかりやすいです」

 断言すると、やだぁと頬を染め、品よく手を口元に当てた。

「なんか、駄目だね私、恥ずかしいなぁ。ね、じゃあバレちゃったついでに、綾野ちゃん協力してくれないかなぁ? あ、もちろん無理にとは言わないけど。ていうか、そういうの抜きにしても私綾野ちゃんと友達になりたいの。それと、気になってたんだけど、同い年、だよね? 敬語とかやめよ?」

「そ、うだ、ね」

 随分とぎこちない返事になってしまった。うん、同い年なのは知ってたけど、なんか涙夜さんに対してはちゃんとしなきゃいけない気になっちゃって……駄目だ、私どうもこの人の前だと調子が出ない。

「ありがとぉ。今日はいきなりお邪魔しちゃってごめんね。実は、アキくんが危ないことやってるんじゃないかってちょっと心配だったの。でも思ってたより落ち着いたお店だし、綾乃ちゃんがいるなら安心だよね。もうここには来ないけど、綾乃ちゃんとはまた会いたいな。あ、メアド交換してくれる?」

 断る理由もなかったのでお互いに赤外線で携帯のプロフィールを送りあう。

 その後少しだけハイジともあたりさわりない会話をした涙夜さんは、十時ごろに恋華ちゃんと共に橋間に送られて帰って行った。

 ……なんか、どっと疲れが。なんだろう、特別何か疲れるようなことをした覚えもないのになんでこんな疲れてるんだ私。途中で涙夜さんに疑われたりしたからかな。

 あああぁ、恋愛沙汰とか超めんどい。みんな、昨日私に告白してくれた男子ぐらい控えめだったらいいのに。

 涙夜さんが控えめじゃないとは言わないけど、おっとりしてるわりには有無を言わせぬ展開に持ち込むのが凄く上手いというか、かなりマイペースな人だよね、彼女。

 それにしても長年の幼なじみ(美少女)とドラマチックな出会い方をしたパンクさん(美少女)に迫られてるっていうのに、恋愛イベントを総スルーする橋間はなんなんだろう。

 私は、自分が誰ともつきあいたくないとか言ってるのを棚に上げて橋間を責めるつもりはない。だけどつきあわないならつきあわないで、もっとこうはっきり断ってもいいんじゃないかな。それともマジで気づいてないんだろうか。

 涙夜さんが私と話してる間、恋華ちゃんはずっとほんのり頬を赤らめながら橋間を見上げていた。あんまり沢山喋ってるようには見えなかったけど、元々無口な子なんだろう。なにせ彼女にとって橋間は痴漢から助けてくれたかっこいい男の人なわけだし、そりゃ好きになっちゃうのも無理はない。

 橋間彰浩は、天然の人たらしだ。

本人も無意識のうちに相手のツボをつく言動をして、いつのまにかどんどんファンを増やしている。あの掴みどころのないハイジさえ橋間には懐いてるみたいだし、無愛想な遠藤も橋間の前だと少し雰囲気が和らぐ。

 私だって橋間の器の大きさというか、懐の深さには感心することが多い。頼りがいがあるように見えるので、男女問わず惹かれる人が多いのはよくわかる。

 うちのチーム最強は瀬田さんだけど、まとめるのはやっぱり橋間じゃなくちゃだめだ。瀬田さんがあまり表に出てこないっていうのは、そのことをわかってるからなのかもしれない。

橋間、私、ハイジが瀬田さんに勧誘されて『神国』に入ったのはだいたい一年ぐらい前のことだ。それなのに、いまだもって瀬田さんの正体は誰も知らない。

 下っ端は姿すら見たことがない、てゆーか多分橋間がトップだと思ってる。桐津はあの人には深入りしたくないって言うし、遠藤は遠藤自体が正体不明だし、私はちょっと苦手なんで避けてる。

 唯一圷だけは結構瀬田さんと絡んでるみたいだけど、一度「瀬田さんって何者なの」って聞いたら即座に「彼は神です」とだけ答えて恍惚とした表情で虚空を見つめだしたので、それ以来話しかけたことはない。キモいっての。新興宗教の教祖様か。

 でもまぁ、あの人ならマジで教祖になってもおかしくない。澱んで底の見えない目。感情の欠落した顔。 そしてあの……不思議な力。

 どうやってあんなことができたのか、今でもわからない。手品? 催眠術? でもそんなはずはないって、自分が一番よくわかってる。

 私が一番望む、圧倒的な力。有無を言わせぬ『絶対』。あの人が進む道が正しければいいんだけど。もし悪の道を歩むとしたら、とてつもなく恐ろしいことになる。

 幸い今のところそういう兆候はない。あんまりあれこれ命令してくるような人じゃないし――問題といえばこのあいだ、恵登死体発見事件の関係で、験也さんと仲が悪くなったりしたぐらいのものだ。

 橋間からちらっと聞いた限りでは瀬田さんそんなに悪いことをしたとは思えないんだけど、験也さん恵登に関しては過保護だからなぁ。

 まぁ恵登可愛いし、結構繊細だから守ってあげなくちゃって思うのはわかるけどね。

「みもりーん、ノヴァ潰したってマジぃ?」

 ぐでんとソファの背に寄り掛かってるハイジが、赤い顔を後ろに逸らして私と目を合わせた。

「その呼び方やめて。マジだよ。私あんま活躍できなかったけど」

「え~、俺が聞いた話だとぉ、副総長の顔がぐっちゃぐちゃになってたってぇ」

「それは私」

「やっぱなぁ……」

 はは、とハイジは酔っ払い特有のへらっとした笑みを浮かべグラスをあおった。

「もう止めれば。言っとくけど私、自業自得な奴の介抱はしないから」

「辛辣ぅ。まだへーきだよぅ」

 酔っ払いの言いそうなことだ。ボトルを取り上げてやろうかと一歩踏み出した時、がちゃりと後ろのドアが開いた。

「橋間、戻ったんだ」

「あぁ、まだ三森の話聞いてなかったからな。ノヴァに勝ったんだろ?」

「電話でもよかったのに」

「まぁせっかくだからさ。涙夜が邪魔しちゃって悪かったな」

「いや……別に」

 私は歯切れ悪く答えた。

「涙夜さんと仲良くしたいとは思ってるよ。いい人だよね」

 とりあえず当たり障りないことを言うと、橋間はお前にしちゃそーいうの珍しいなぁと笑った。

「善良であればあるほどお前のタイプだろ。ま、涙夜とお前の価値観まるっきり違うからな。あいつは物事をぼかすのが上手い。白黒はっきりつけたがるお前が受け入れらんねぇのも無理ねぇよ」

 ――あぁ、なるほど。そういうことか。橋間の言葉を聞いて、やっとすっきり腑に落ちた。

 涙夜さんって「悪いことしてもおんなじ人間なんだから許しあわなくちゃ」って言いそうなタイプなのだ。善良な性格だから守る対象ではあるけど、私とは絶対に相容れない。

「でもさ、三森。良いものと悪いものを分けるのって、お前が思ってる以上に難しいことなんだぜ?」

「……そうかな?」

「あぁ」

 そのうちわかるさ、と橋間は微笑む。私にとって世界はこの上なく明瞭なんだけどな。橋間の見ている世界は違うんだろうか。白でも黒でもない世界には、何があるんだろう。

 正義か悪か以外に大切な基準なんて、この世には存在しないのに。





歌手名は適当につけました。

実在してたらすみません。

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