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魔法少女は信じちゃいけない  作者: 夜光始世
第二章★三森綾野
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三森綾野3


 学校に行く為の電車に乗り込んで二駅過ぎると、真理子と千星(ちせ)が合流してくる。

「おはよう、綾~。あれ、なんか怪我してる?」

 真理子が目ざとく私の膝に目をやった。

 血が固まってかさぶたになっているそこは、昨日転んだときに擦った部分だ。でもまぁたいした傷じゃない。お風呂に入ったとき初めて気づいたぐらいだし。

「かすり傷だよ、転んじゃって。千星そのマフラー可愛いねぇ」

 ピンクのチェック柄のマフラーを誉めると、千星は嬉しそうに笑った。

「ありがとー。ルルマリで買っちゃった。ちょっと早いけど最近寒いし」

「だよね。そういえば、学祭近くない? 今年何すんのかな」

「去年あたしお化け屋敷やったぁ」

「定番だねー。もっとなんか捻ったのやりたいよね。みんな見に来るような」

 なにがいいかな、と真理子は手すりに寄りかかりながら考え始める。

「絶対西岡あたりがメイド喫茶とか言うと思うんだよ。でもそーいうのもう古いよね? てかあたしやりたくないしー。綾は何したい?」

「うーん、特にないかな。屋台楽しそうかも。でも食べ物系は衛生に気をつけなくちゃいけないし、大変だよね」

「そうそう、食材の調達とか調理の練習とか、事前の準備が大変なのあれ。あ、私梶くんと回るつもりなんだけど、二人は?」

 梶くんとはこないだできた真理子の彼氏だ。確か高校入って七人目。高二女子としては多い方なんじゃないかな。

 中学の時のことは知らないからトータルだと多分もっといってる。恋多き乙女なんだと本人は言ってるが、単に男運がないんだと思う。美人なのに。

「あたしも健司くんと行く~。ねぇ、綾ちゃんも彼氏作ったら? モテるのにもったいないよ」

「そうだよ、つきあってみたらイケるかもしんないじゃん。てか橋間と仲良いんでしょ? 島根ジェラってたよ。あいつ隠してっけど絶対橋間好きだよね。せっかくの学祭なんだからさぁ、いっちゃえいっちゃえ」

 千星はおっとりと、真理子はけしかけるように恋人作りを勧めてくる。

 いや……橋間はないわ。いい奴とは思うけど、ときめきはまったくない。それに橋間に恋する女の子は苦労すると思う。誰に対してもそれなりに優しいから、勘違いする子が沢山出ちゃうんだよね。

 だいたい私はなりゆきとか惰性でつきあうのはごめんだ。

「えっと、好きじゃないのにつきあうなんて悪いし……」

「あんた真面目過ぎ! いーんだよそんなん、ノリで」

「ねー」

 学校につくまでこの調子で、さんざ説得された。

 彼氏なんて別にいなくてもなんの支障も感じないんだけどなぁ……。むしろ制裁のための時間が割かれそうで嫌だ。

 じゃあ考えときなよ、と別れ際にまで言う真理子に適当に答え、教室に入る。ちょうどドア付近に佐上がいたので挨拶すると、ぼそぼそっと小声で「おはよう」と返された。

 なんでか佐上はいっつもこうだ。学校ではあまり私と関わらないようにしている。その方がお互いのためだとか種類が違うとかって言うんだけど、友達なのになんか変なの。せっかく昨日友情を深めたのになぁ。

 席について鞄の中のものを机に移動させていると、クラス委員の鈴木さんが前に立った。真面目そうなショートカットの女子。前髪を止めてるウサギのピンが可愛い。

「三森ちゃん、学祭の実行委員頼まれてくれない? ちょっと人手不足なんだ」

「いいけど、なんで私?」

 普通こういうのは立候補とか推薦とかで決まるんじゃないかな、と尋ねると、鈴木さんは困ったように言った。

「うーん、基本はね。三森ちゃん人気あるから選ばれるとは思うけど、念のために頼んでおきたかったの。ほら、学祭って、好きな人は好きだけどめんどくさいって思う人もいるでしょ。手際が悪い人が仕切ると、準備の段階でサボられたりすることもあるんだよね。だからちゃんと責任感があって、みんなを引っ張ってけるような人に頼みたいんだ」

 そっか、そんな事情が。

「私にできるかわからないけど、手伝えることがあればするよ」

「ほんと!? ありがとー」

 ほっとしたように鈴木さんは喜ぶ。

「良かった、三森ちゃんがいてくれるとすっごく助かるよ! よろしくね」

「うん、私初めてだから色々教えてね」

「もちろん、わかんないことあったらなんでも聞いて! あ、なんでもは無理だけど。えーと、柏先生に聞いて!」

 慌てて訂正する鈴木さんに和んで、くすっと笑う。鈴木さんも照れたように笑い返してくれた。善良で感じがいい人。こういう人たちが気持ちよく暮らせる世の中こそが正しい。

 鈴木さんは汚いものなんか何も知らなくていいのだ。ただずっとこのまま、善良な一般市民でいてくれれば。醜く厭わしい悪はすべて私が始末する。跡形も残さず、消し去って見せる。

 それこそが私の正義。私の存在価値なのだから。

 




 

 昼休み、仲のいい女子達と一緒にお弁当を広げて食べようとしていたら、クラスメイトの男子に声をかけられた。

「三森、なんか呼んでるぜ」

 そう言って木下が示した先には、出入り口のあたりでもじもじと恥ずかしげにこちらを見ている男子がいた。

 おとなしそうで色白で小柄で、女子に可愛いがられそうなこじんまりした顔の作り。

「わぁ、三森さすがぁ」

 隣のりっちゃんが楽しげに小突いてくる。「やだな、からかわないでよ」と笑い、お弁当はそのままにして俯きがちな男子に近づいた。お弁当食べる時間あるかな。呼び出されるなら休み時間のがよかったなー。

「どうしたの?」

「あ、あの……」

 男子はおずおずと私の顔を伺うようにして言った。

「あのぅ、ちょっといいですか。ほんと、ちょっとでいいので」

 ちょっとって何がだ。

「ここじゃ言えない話?」

「あ、そう、そうです、お願いします」

 頭を下げんばかりの低姿勢で言うので、可哀想になってくる。胸元のバッジを見るに同学年だろうに。

 ここじゃ言えないってことは、うーん、告白されるのかなぁ。こういうタイプは初めてだ。

「私ご飯食べたいから早めにお願いね? そこの空き教室でいい?」

 隣の教室を指さすと、はい、と即座に頷いた。

 空き教室は掃除しているはずなのに埃っぽく、人がほとんど出入りしない独特の静けさがあった。すぐ隣ではかしましいお喋りが繰り広げられているはずなのに不思議だ。

 男子は顔を上げ、見るからに緊張した面もちで「あの、あのっ」と言った。

「あの俺、三森さんのこと好きですっ」

 わー、こんな気弱そうな子が「俺」なんて言うと違和感あるなぁ。今時一人称が「僕」な高校生なんていないけど、絶対そっちのが似合うと思う。

 じゃなくて、えーと、返事しないと。

『つきあってみればイケるかもしんないじゃん』『いーんだよそんなん、ノリで』

 真理子の言葉が頭をよぎったけど、やっぱりそんな軽々しくつきあうわけにはいかないよね。

「ごめんなさい。私、今誰ともつきあう気ないんだ」

 そう、例え君がもっとハンサムでもっと男らしくてもっと堂々とした子であっても。

 私の気持ちは変わらない。

 男子はこの世の終わりとでもいうような顔で私をみつめ、口をぱくぱくさせてから、「……あ、」とか細い声で言った。

「わ……わかりまし、た。すみません」

「謝ることじゃないよ。好きって言われて嬉しいよ。でも恋愛的には応えられない。ごめんね」

 希望は待たせない。その方が優しい。早く吹っ切ってもっと可愛い子見つけてね。頑張れ。

じゃあ、と空き教室から出ていく寸前に見た彼の肩は震えていた。うわあぁ。今まで何回か告白されてふってって流れをこなしてきたけど、今回が一番罪悪感を感じる。凄く後味が悪い。

 悪意はなくても、人を傷つけてしまうことはあるんだな。大人になればそういうことも少なくなるのかな。

 もっと正しくなりたい。何も間違いを犯さないでいられるほど、正しく。

 全ての人のお手本となれるように生きるんだ。私は死ぬときまで、正義を貫いて見せる。




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