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魔法少女は信じちゃいけない  作者: 夜光始世
第二章★三森綾野
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三森綾野2


 深夜でもところどころ外灯は灯っている。それを頼りに歩いていくと、大きな倉庫がいくつか並んでいる通りにでる。人通りの少ない、寂れた場所。

 ノヴァの本拠地だ。メンバーの誰かの親が持ってる倉庫だとかで、よくここに溜まってるらしい。中に入らないうちから鈍い打撲音と叫び声と何かがひっくり返ったような音が聞こえてくる。みんな頑張ってるなー。

 私も参加しようと入り口を目指したら、何かにつまづいて転んだ。

「いだっ……え、なに」

 ガラス瓶だ。手に持ってみるとなんか酒臭い。酒盛りでもしてたのかな。

 ゴミはゴミ箱に捨てろっての、もう。

 地べたに座って顔をしかめていると、上から声がかけられた。

「なんで女の子がこんなとこいんの? 危ないな~」

 若い男だ。暗いからよく見えないけど、なんか相当髪いじってる。ちゃらそう。

 男はにやにやしながら私を見下ろした。なにこいつキモい。顔立ちはいい方だけど、にやけ面で台無しだ。自分のことかっこいいって思ってるタイプだな。ノヴァの関係者? 

「今ここ、不良の抗争やってんだよね。あ、俺片方の副総長だったりするんだけど、ダリーからちょっと抜けてんの。せっかくだからさー、うちまで送ってあげるよ。君可愛―し、ボディガード代わりにさぁ」

「余計なお世――副総長?」

 その単語にひっかかって繰り返すと、男は自慢げに「そぉそー」と笑った。

「つえーんだぜ、結構。ノヴァヘッジのキョウスケって言ったらここらの奴はすぐわかる――」

「キョウスケ」

 バチ、と記憶の中の名前と合致した。ノヴァヘッジの副総長でキョウスケ。どおりで嫌な感じがしたわけだ。私はこないだ、こいつについての酷い話を聞いたばかりなのだ。

 立ち上がって目線をあわせる。

「ミナって彼女いる?」

「え? 知って……」

 驚いたように目を見開く男。確定。

「っぐへぁっ!!?」

 男が吹っ飛ぶ。私は奴に振り下ろしたガラス瓶を持ちなおし、今度は床に叩きつけた。派手な音をたてて瓶が割れる。

「ご自慢の顔を二度と使えないようにしてあげるから、ちょっと待っててね」

 茫然と鼻血を流している男の顔に、次々と割れたガラスを突き刺していく。何か叫んで暴れ出したので抑えつけて、体重をかけて足を折った。片足だけなのはせめてもの優しさ。これだったら頑張れば這いずって救急車呼んでこれるでしょ。幸いお仲間も近くにいるみたいだし。もっとも、そいつらも今頃救急車が必要な状態になってるかもしれないけど。

「だいじょーぶ、このぐらいじゃ死なないから」

 ね、と真顔で言ったら、泣きじゃくられた。醜い。

 所詮薄皮一枚、こんなに簡単にぐちゃぐちゃになってしまうのに、馬鹿な男だ。

「覚えといてね。悪は滅びるって決まってるんだよ」

 世の中には、こんな当たり前のこともわからない奴が多すぎる。くぐもった呻き声を背に、倉庫の入り口に向かい戸を開けた。

 中は予想通りぐっちゃぐちゃ。何がどうなって誰が敵なのか味方なのかもよくわかんないほどに荒れている。まぁ床に散った煙草と酒瓶は元からだろうけど。

 見覚えのある顔が押され気味だったので、ちょっと加勢して相手の男の首に手刀を叩き込んだ。後ろから襲いかかってきた別の男の股の間を蹴り上げる。どさりと倒れる様を見届け、あたりをもう一度見渡した。

 やっぱ、来るの遅すぎたな。もうあらかた片づいちゃってるみたい? 闘ってる奴らもすでにかなり消耗してそうだし。

「ノヴァのトップってどこー?」

 声を張り上げ聞くと、離れたところにいる仲間の一人が、意識を失ってるっぽい男の手を掴み、掲げた。

「おー、やったんだ。偉い偉い。お疲れさま。遅れちゃってごめんね」

 にこりと勝者に微笑みかけ、死屍類々を跨いで近づく。

 しっかし、トップが気絶してるんじゃ誰に話聞けばいいのかな。無理矢理水かけて起こす? 起きればいいけど、起きなければ……うーん。

「三森」

「あ、佐上来たの、ってそれは」

 聞き慣れた声に振り返ると、佐上はなんか怪しげな小袋が大量に入った箱を抱えていた。

「奥で見つけた。これクスリかもな」

「佐上偉い!」

 思わず叫ぶ。うわあぁ、佐上がやけにかっこよく見える! 相変わらずの野暮ったく重い黒髪と無難かつ地味な服装なのに、感情補正って大きいな。

 ていうかまさか本当にクスリがあるとは思わなかった。念のため確かめとこう、ぐらいの気持ちだったのに。何やってたんだこのチーム。もしかヤクザとかと繋がりあったりして。げえぇ。

「じゃあ箱はそこら辺の目立つとこに置いといて。みんな、お疲れさまー! 副総長もヤったからうちの勝利だよ! 各自解散。怪我してる人は中川医院で見てもらってね。動ける人は動けない人をなんとか引っ張ってくこと。あと、二十分後に警察に通報するからこの倉庫には留まらないで! わかったー?」

 うおぉす、と力のない返事があちこちから上がった。こんなに手こずったの久しぶりだなぁ。ノヴァかなり強かったんだ。

 でもいくら遠藤がいなかったとはいえ、ノヴァ程度でこんなへばってたら名雲高校最高勢力のHADとなんか戦えないよね。強い人集めて、あと私ももっと鍛えて強くならなきゃ。

 すべては正義のため、より良い世界のために。

 今日もいい仕事したね、と同意を求めて佐上に微笑みかけると、困ったように小さく笑い返された。

 ノリ悪いなぁ。そういえば佐上が思いっきり笑ったところとか見たことないかも。ニヒルなのも嫌いじゃないけど、やっぱ正義のヒーローに似合うのは太陽みたいな満面の笑顔だよね!

「もう遅いから帰ろうぜ、三森」

 佐上はハンカチを取り出し私の顔を拭う。返り血でもついてたかな?

「うん、でも倒れてる味方運ばなきゃ」

「お前小柄なんだからそういうことじゃあんま役にたたないだろ。みんなそれぞれ普段つるんでる奴らが運んでるみたいだし、気にすんな」

 まぁそれもそうか。私は女子としては力がある方だけど、がたいのいい男を背負うのは難しいものがある。かえって邪魔になるかもしれない。

 倉庫から出て夜の冷たい空気を吸い込み、足取り軽く歩き出す。

「そこに倒れてる奴、ノヴァの副総長だって。ナンパしてきたから潰しといた」

「あぁ、見てた」

「え? 佐上、あの時近くにいたの? 女の子が絡まれてるのになんで来ないのよ」

「俺より三森のが強いじゃん……そんな危なそうでもなかったし。てゆーかむしろ、危ないのはあっちだったし」

 石を蹴り転がしながら佐上は言う。それって小さい子の遊びじゃない? 男子っていつまでも子供だ。まぁさっきの馬鹿みたいに小賢しく大人ぶってるよりはずっといい。

「じゃあ普通の女の子だったらちゃんと助ける? 彼女とかなら?」

「そりゃまぁ……助けられるかはともかく努力はする。つーか嫌みか? 彼女なんかできねーよ。俺よかお前のが女子にモテてんじゃん」

「うーん、たまに勘違いした子がいるんだよね」

 お姉さま、とかって。好かれることは嬉しいけどよくわかんない世界だ。

 それはそうと、と佐上は私より一歩下がった位置からぽつりと言った。

「お前、やりすぎじゃね?」

 やりすぎ? それって、あの副総長に対してってことだよね。別に全然そんなこと思わないけど。むしろ優しすぎたぐらいだよ。肛門に棒でも差しとけばよかった。 

 誰にでも優しいのは佐上のいいとこだけど、あんな奴のことまで気にかける必要はないのに。人がいいっていうか、甘いっていうか。

「えー? だってアイツ彼女脅して援交とかさせてたんだよ? クズだよクズ。当然の報いだっての」

「にしてもお前……捕まんぜ、ここまでしたら」

「んなわけないじゃん。いーい? 佐上。警察っていうのはね、国民の味方で正義の組織なの。正義側の私のことを捕まえるはずがないでしょ?」

 言いきって、振り返る。佐上は微妙な表情をしていた。

「ツッコミどころありすぎて返せねぇ……」

「む。なに、なんか文句あるの?」

「いえなんでもございません」

 す、と目を逸らし佐上はため息をついた。なんか含みがある感じ。変なの。

 佐上は、正義を貫こうとは思わないのかな? なあなあでなんとなくやってこうって妥協してんの? 誰かが正さなきゃ悪は蔓延るばかりなのに。悪人にかける情けなんて無駄なだけだ。

「佐上ってさ、なんで私と一緒にいるの」

 急に疑問が湧いて、聞いた。

「佐上って確か従兄弟が橋間のファンで、抗争で人手不足の時無理に連れてこられたんだよね? 元々喧嘩とか好きじゃないなら、もう従兄弟につきあわなくてもいいんじゃない?」

「従兄弟は大学行くんで引っ越したからもういない。気にすんなよ、好きでやってんだ。確かに喧嘩は慣れないけど……」

 口ごもって、佐上はため息をつく。

「最後まで見届けなきゃいけない気がしてんだ」

「何を?」

 抗争を? 『神国』がこの地域をまとめるのを? 不良がみんな更生するのを? でも佐上、あんたそんなこと思うような性格だったっけ。

 不思議そうにしていると、佐上は私の横に並び、ひどく真面目な顔で言った。

「俺は三森の傍にいるよ」

 静かに、真っ直ぐに私をみつめる。

「――多分ずっと」

「……へぇ」

 そんなのありえないなぁと思いつつも、私は嬉しかった。普段淡白だと思っていた佐上が、こんなにわかりやすい友情を示してくれるなんて!

うん、青春とはかくあるべきだ。お父さんも、高校時代はいい友達をたくさん作りなさいって言ってた。佐上はもっとぼーっとしてるかと思ってたけど、ちゃんと考えて私の傍にいてくれたんだな。良かった。

「佐上意外といい奴!」

「意外とってなんだよ、意外とって」

 佐上は苦笑しながらも、はしゃいで歩を早めた私にちゃんとついて来てくれる。

 今日は悪い奴を退治できたし、佐上と仲良くなれたし、いいことが沢山あった一日だったな。

 ――小さいころの私、大丈夫だよ。私、夢を叶えられてる。あの日誓ったことを一瞬でも忘れたことはない。みんなを守るために、強く正しく在り続けるんだ。


 三森綾乃は、いつだって正義の味方です。


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