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魔法少女は信じちゃいけない  作者: 夜光始世
第一章★橋間彰宏
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橋間彰宏8

「このチームのリーダーは橋間だろ」

「違います。確かに橋間くんは皆さんをまとめてらっしゃいますが、序列的な意味では瀬田様の方が上です」

「そうなのか?」

 俺を振り返った験也さんに頷いてみせる。一年前、あの暗く苛烈な眼をした不思議な人と対峙したとき、俺は心から敗北を認めたのだ。この人に勝てることは一生涯ないと。

 喧嘩で負けた訳じゃないから、別に悔しいとは思わなかったし追い抜いてやりたい気持ちもない。ただ、これからはこの人の言うこときかなくちゃなんないかなぁと漠然と思っただけだ。

 でも予想に反して、俺を負かした後も瀬田さんは何か命令してくることはなく、接触と言えばたまに連絡をよこしたり遠藤を紹介したりぐらいのものだった。

 そのあとハイジと三森も瀬田さんに従うことになったということで合流し、今の形になった。験也さんには世話になってるけどあんまりチームのことをちゃんと話したことはないから、俺がトップだと勘違いしたのも無理はない。チームの中でも知らない奴は大勢いる。

 験也さんは深くため息をついた。

「知らなかったな……まぁどんな立場だろうと俺には関係ない。恵登はまだショックを受けてるんだ。わけのわかんねぇ奴に会わせるわけにはいかねぇな」

「そうですか。瀬田様の悲願に関わる大事な用件なのですが」

「俺には恵登の方が大事だ」

 突っぱねるように言う。験也さんの眼光は徐々に鋭くなっていくが、圷はまったく怯まずにじっと見つめ返していた。

 緊迫した空気が流れる。事情はわからないが、瀬田さんがらみの話で遠藤が何も言わないってことは、圷の言ってることは本当なんだろう。それだったら、験也さんと恵登には悪いけど我慢して貰うことになる。

 験也さんはゆらりと立ち上がった。やばい、と俺はハイジに目配せをする。験也さんは実は結構短気だ。しかも昔とった杵柄とかでかなり強い。圷じゃとてもかなわないだろう。いざとなったら止めなきゃ、と俺も立ち上がりかけたそのとき。

「……あの、俺いいよ」

 小さく少年らしい声がした。まさか。

 声の方を見るとカウンターの陰からおずおずと恵登が出てくる。いつからいたんだお前。

「恵登! なんでお前――寝たはずじゃなかったのか!」

 験也さんが慌てて駆け寄る。ごめんなさい、と謝る恵登に、三森が厳しく言った。

「立ち聞きしてたの? 駄目だよ」

「うん……」

「あと、ちゃんと寝ないと大きくなれないからね? 私たちはもう成長期終わったけど、恵登はこれからなんだから」

 いや、俺たちもまだ終わってないぞ……多分。

 しかし恵登は素直にしゅんとして、頭を下げた。

「ごめん……どうしても気になっちゃって。みんなが危ないことに巻き込まれてないか心配だったんだ。それでね、今・・・あの、誰か俺に会いたがってるって――」

 言い淀んだのは圷の名前が思い出せなかったせいだろう。大丈夫、ハイジと三森だって覚えてるか怪しいもんだ。

 影の薄い男・枳殻圷(からたちあくつ)は、気にした様子もなく、はい、と答えた。

「瀬田百雨様が是非いらして欲しいとのことです。恵登君のご都合が悪ければこちらにいらしてくださるとまで仰っています」

「そっか。俺、知らないとこ行くの怖いから、できれば来てもらえると嬉しいんだけど……」

「恵登!」

 験也さんが叫んだ。

「またそうやってあっさり……もうちょっと警戒心ってものを持て! いいか、お前、もしその瀬田って奴が来ても俺は追い返すからな!」

 瀬田って奴、のところで遠藤がぴくりと耳を動かした。瀬田さんが悪く言われてるようで気になったんだろうな。これ以上験也さんがヒートアップしないといいけど。キれた遠藤を止めるのはなかなか大変だ。

「お好きになさってください」

 圷は平然と言った。

「僕はただあの方のお望みをお伝えしただけです。あなたがどうなさるかは興味ありません。結局のところあの方がご自分の意志を通されないことなどないのですから」

 どういうことだ、と眉をひそめる験也さんを尻目に、では僕はこれでと圷は飲み物の代金を置いてさっさと帰っていった。

 あとには過去最高に不機嫌になってる験也さんと、ぽけっとしている恵登と、どう説明したものかと考えあぐねている俺たちだけが残される。

 験也さんはカウンターに寄りかかり、不審気に尋ねてきた。

「……いったい何者なんだ、その瀬田って」

「俺たちもよく知らないんだよねぇ」

 ハイジが肩をすくめる。

「知ってるのは顔ぐらい……あと、『力』」

「力?」

「異能、かな。説明しようがないししたって多分信じないから言わなぁい」

「なんだそりゃ」

 ますます眉間のしわを深める験也さんに、急いでフォローを入れる。

「そんな悪い人じゃないですよ。圷も言ってたけど、心配してもしなくても結果は同じですからあんま気にしない方が」

「あくつってさっきのあいつか? あいつもわけわからん……なんなんだ最近の学生は。俺が高校生のときはもっと単純だったぞ」

 あんななよっちいくせに妙に落ち着きやがって、と験也さんは渋い顔をする。

「まぁ恵登も大丈夫って言ってるんだし、気楽に待ちましょうよ」

「うん、俺平気だよ。その人がどんな怖くたって多分ヤクザよりはましだし!」

 恵登は右手でガッツポーズを作った。童顔なくせに一生懸命きりっとした顔を作ろうとしているのが微笑ましい。

 験也さんを安心させようとしてんだろーな。二人は赤の他人なのに兄弟みたいに仲がいい。験也さんは恵登をすげぇ可愛がってるし、恵登は験也さんをめっちゃ慕ってる。

 俺もなるべく二人を安心させてやりたいんだけど、瀬田さんはちょっと規格外な人だからなー。あの人がすることでなんか問題が起こっても、天災だと思って諦めるしかないっていうか。でもこんなの普通に説明したってわかってもらえねぇだろうし。

 困ったな。

 頭をかいて考え込んでいると、今まで黙っていた三森が口を開いた。

「験也さん、一回瀬田さんに会ってみればいいですよ。それで恵登に会わせるか決めればいいんじゃないですか?」

 まっすぐ曇りのない強い瞳で験也さんをみつめる。三森のこの目線に耐えられる奴はあんまりいない。験也さんは嫌そうにしていたが、ついには折れて、そうだな、と言った。

「ただ俺が気に入らなくて追い返してもお前等文句言うんじゃねーぞ」

「言わないよぉ」

 ハイジが笑う。

「そんなの験也さんの自由だもんねぇ」

「あぁ」

 三森とハイジは、とりあえず今は瀬田さんの異様さを説明せずに常識的なことを言ってやり過ごすことにしたらしい。

 まぁそれしかないよな。瀬田さんも兵賀と同じく、会ってみないと凄さがわからない人だ。特別背が高いわけでも美形なわけでもないんだけど、圷みたいに平凡って感じはしない。見れば明らかに人の上に立つ人なんだってわかって――あれ?

 なんだっけ……なんか言わなきゃいけないことがあったような……。

「あ」

俺は唐突に思い出した。

「そういえば今日さ、俺の名前、不良のトップと同じって話を友達から聞いたんだけど」

「マージーでー」

 ハイジががくりと肩を落とした。

「だから通り名でも何でも作って本名出すなっつったのにぃ」

「俺、違う名前で呼ばれても多分わかんねぇしさ」

「お前はぁもー」

 困ったように眉じりを下げているハイジを不思議そうに見て、三森は尋ねた。

「前から思ってたんだけど、どうして隠してんの? いいじゃん、別に悪いことしてるんじゃないし」

「喧嘩してるってだけで周りの印象は超悪くなんよ。橋間は普段好青年なぶん逆ジャイアン現象もありそうだしぃ」

「ジャイアン? えーと、普段いい人そうだからちょっと悪そうなことしただけで驚かれるってこと? そっか。確かに私たちのチームのことちゃんと知らない人からすれば、ただの不良だもんね」

 いや、ちゃんと知っててもただの不良だと思うけどな。特に三森はやってることだけ見れば俺より不良っぽいだろ。

 ハイジは少し考え、携帯を取り出しキーを打ち出した。

「こーいうのは、ほかの奴に話すなっつっても絶対どっかから漏れる。むしろ禁止すんのは逆効果だ。いらねぇ詮索招くかんな。だからフェイクの情報バラまいて、どれがホントかわかんなくする」

 あぁ、なるほど。ハイジは女の子の知り合い山ほどいるもんな。女子の間ではあっという間に噂話が拡散する。

「マギダンの橋間のこと知ってる奴らには通用しなくても、学校での橋間しか知らないような一般人には十分だろー」

 おおぉ。さすがハイジ。有能だ。

「ありがとなー。俺、一応もうちょっと気をつけるわ」

「そうしてくれ。つか一応かよ……」

 呆れたように言うハイジに、わりぃなともう一度謝って、自分の中の危機感を上げようと学校で俺が不良ってバレた時のことを考えてみる。

 遠巻きにされて、声かけただけでびくっとされて、先生に呼び出されたりして。うーん。実際そこまでなるかわかんねぇけど、まぁ可能性はある。そんなことになったらやっぱ悲しい。

 喧嘩は楽しいから止めたくないが、学校での友達だって失いたくはない。ハイジの言うとおり、ちゃんと気をつけるべきだな.まぁもしバレちまったとしても手間さえかければ平田達を説得できる自信はあるけど、面倒はないに越したことはない。

ちょっと暴れんの自粛しとこう。


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