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異端の魔力持ち

 期限は二日。それまでに再び『レオンハルト』に会うことがサキの目標だった。

 しかしながら正面切って突撃する勇気はなかったので、情報収集からはじめることにした。とは言うものの、時間が限られているため、情報をより多く持っているであろう人物に接触をすることにした。


「……ってどこに行けば会えるのさ」


 広大な敷地の王宮でどこにいるか分からないたった一人の人を探すことが、これ程までに大変だとは思わなかった。それを思えばレオンハルトがサキを目ざとく見つけていたという事実は驚嘆に値する。


 そんな訳で、サキは見つからないその人物を今も捜索中である。


「ん? あ、いた! ……って、今はまだ会いたくない人まで……」


 建物をつなぐ渡り廊下で目的の人物をようやく発見したが、案の定と言うか、おまけがいた。

 サキはどうやって目的の人物を連れ出すか考えていた。

 しかしもたもたしていたら建物内へと消えてしまう。

 そう思ったら体が先に動いていた。


「すみません! 待ってください!」


 咄嗟にかけた言葉に足を止めたその二人は、一人は驚いており、もう一人は不機嫌そうな顔をした。


「俺の足を止めるとは無礼な奴だ。不敬罪で罰してやってもいいんだぞ」


 その綺麗な顔を不機嫌に歪める『レオルヴィア』は今日も絶好調に口が悪かった。

 サキはそんな『レオルヴィア』を前に淋しさを感じていた。


 突き放すような言い方をしているくせに、瞳は悲しそうに揺れている。それを本人は気付いているのだろうか。


「申し訳ありません。ユイ様にちょっとお話がありまして」

「私に、ですか?」


 はいと頷くと、ユイは主人に伺いを立てるように『レオルヴィア』に視線を送っていた。

 『レオルヴィア』は相変わらず機嫌が悪そうな態度でそこにいたが、眉根を寄せながらもユイに言葉を返した。


「好きにし――」


 言い終わらない内に、『レオルヴィア』は片手で顔を覆うと、途端に少しよろめいた。

 これはまずい展開かもしれないと、サキは目の前の光景に冷や汗が出た。


「殿下! どうされました!?」


 ユイは咄嗟に『レオルヴィア』の体を支えると、突然の事態に少々慌てていた。


 サキはユイに心の中で詫びた。

 どう考えても眠いのだろうとしか思わなかった。少し前まで毎日その様子を見ていたサキには、確信を持ってそう断言できるだけの自身がある。何の自慢にもなりはしないが。


 相変わらず近づくと眠くなるのは変わらないらしい事を知ると、サキは内心で酷く焦った。


「消えろ、庭師」


 鋭い眼光が向けられるが、サキはそんな見せかけだけの睨みになどもう動じなかった。


 疲れているのだろうか。よくよく見ればあまり顔色も良くない。できれば前みたいに膝枕でも寝台でも提供してあげたいところだが、今はそれが出来ない。


 サキはグッと奥歯を噛んで、伸ばしそうになる手を懸命に持ち上げないように抑えていた。


「体調が優れないのでしたらお部屋へ――」

「ち、ちょっと待ってください」


 レオルヴィアの異変にすぐさま対応策を導きだすユイに、サキは慌てて口を開く。


 このままでは話どころか、また一から探す羽目になってしまう。

 もう残されている時間も少ないため、この機会を逃がすわけにはいかなかった。


「私、これから後宮の庭の手入れに行くので、お時間が出来ましたら来て頂けませんか?」


 早口で言い募るサキだったが、『レオルヴィア』の足がだいぶ覚束なくなってきているのを目の当たりにして冷や汗をかいた。

 寝るな、寝るな、と念じながら、サキはユイの返事を待つ。


「……分かりました。そのように致します」

「ありがとうございます!」


 ユイの返事を聞いたサキは勢い良く頭を下げると、もう用はないと言わんばかりに、物凄い早さでその場から離れた。

 離れたところで睡魔から逃れられるかは分からないが、近くにいては迷惑にしかならないだろう。


 今はまだ会えないのだ。


 知らなければならない。

 『レオンハルト』のこと。『レオルヴィア』のこと。

 そうじゃなければ説得だって出来はしない。


 あれだけ毎日会っていたのに、それがいきなりなくなったかと思ったら、別人として現れたレオンハルト。そこにはどんな事情があって、どんな思いがあるのかを知らなければ、彼に会うことは出来ないと思った。


 サキは振り返ることなくそのまま走った。


 次に会うときは、『レオルヴィア』ではなく『レオンハルト』に会うのだと心に誓って。






◆◆◆◆◆






 程よく色付いた花の前で、サキはその花の香りで心を落ち着かせていた。


 昨日セルネイに見せようと持っていった花は披露されることなくサキの部屋の一輪挿しに収まった。薄紅色を保たせるため、その花は赤い水に挿してある。いつでも披露出来るように準備は怠らない。


 事が一段落してから持っていこうと考えながら、サキは目についた雑草を抜いていた。


「サキさん」


 陽も傾き、空が黄昏に染まり始めた頃、サキは不意に名を呼ばれたため、その手を止めた。

 その穏やかな声音に振り向きながら立ち上がると、そこにはユイの姿があった。


「お待たせして申し訳ありませんでした」

「いいえ。来て頂いて、有難うございます」


 サキはちゃんと来てくれたユイに礼を言うと、少しばかり視線を落した。

 無理を言って来てもらったのだから早く本題に入るべきなのだが、サキには少し気になっている事があった。


「あの後、殿下は大丈夫でしたか?」


 もしやあのまま寝てしまったのではと内心冷や冷やしていたが、それはユイの言葉で杞憂に終わる。


「はい、大丈夫ですよ。少しお疲れなのでしょう。貴方が立ち去った後は何ともないようでしたし」

「そうですか」


 サキはホッと一安心した。しかし疲れているのは間違いなさそうなので、そこは少々心配ではあった。

 しかし今は目の前の人物から情報を引き出すのが先決だと、サキは気を引き締める。


「お話の件ですが、少し訊きたい事がありまして」

「その前に、私からも一つよろしいですか?」


 突然の問いに首を傾げながらも、サキは、何ですか、とユイを見つめた。


「その花壇の花は、イシラシですよね?」

「ええ、そうです。よく分かりましたね」


 サキは駆け出しの庭師だが、まさか素人にこの花を当てられるとはショックだった。サキは最初、このイシラシの花をジーラの花と間違えたというのに。

 やはりこの世界の人間とは明らかな知識差があるようだと思い知ると、サキは自分の勉強不足を嘆いた。


「この花の品種は白色しかなかったはずですが……」


 ユイは薄紅色に色付いた花を見つめ、神妙な顔つきになった。

 まさかそこまで知っていたとは思わなかったサキは、余程この花が好きなのかと思ってしまった。


「よくご存じですね。この花お好きなんですか?」

「いえ、そう言う訳ではないのですが……」


 何処か歯切れの悪い言い方をするユイに若干の違和感を覚えつつも、サキは些細なことだとあまり気にしなかった。


「その花の色は貴方が?」

「あ、はい。そうですけど……」


 何か不味かったのだろうか。やはり植替えたほうがよかったのかもしれない。


 サキは咎められるのかと、少々びくびくしながらユイを窺った。しかしユイにはそんな様子はなく花をただ見つめているだけだった。


「私ばかりが質問をしてすみません。貴方のご用件は何でしたか?」


 言い出しにくかったが、話を振ってもらえて助かったと、サキはようやく本題に入ることができた。


「少し、お伺いしたい事があるのです」


 サキは回りくどいことはせず、単刀直入に話を切り出す。


「レオンハルト様をご存知ですよね」


 それは質問ではなく確認だった。


 情報を集めるにあたってセルネイ以外に誰が適任だろうかと考えてみた時、サキは後宮の庭で会ったユイの事を思い出した。彼は『レオルヴィア』の侍従だと言っていたので、少なからず『レオルヴィア』の事情を知っているのではないかと思ったのだ。


 ユイを探す際、人に聞いて回るついでにユイ自身の事も聞いてみた。最近付いた侍従ならば探して話を聞いたところで無駄だからだ。

 聞くところによると、ユイは子供の頃からこの王宮にいるようで、長い間『レオルヴィア』の侍従をしているとのことだった。


 その話を聞いたサキは、当初の予定通りユイを探すことにした。


 例えば、王宮で働く騎士や侍女、料理人に下働き、そんな人たちが『レオンハルト』の事を知らないと言ってもそれは納得できる。実際にレオンハルトは『レオルヴィア』を演じていたし、その別人ぶりも確認済みだ。しかしいつも傍についているユイが、レオンハルトのことを知らないはずがないのだ。


 その考えはどうやら正しかったようで、ユイはその言葉に反応し、少々目を瞠っていた。


「え、ええ。存じておりますが……?」


 やはり知っていた。これならばレオンハルトのことを少しでも知ることができる。


 しかしサキは気持ちが逸るばかりで、その違和感に気付いていなかった。


「あの、どうして『レオンハルト』様が『レオルヴィア』様なのですか? 何か訳が――」


 ユイの訝る瞳がサキを捉え、その表情から優しさが消えた。サキはその瞬間、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


 サキはそこでようやくユイの言葉の違和感に気付いた。


 セルネイは『レオンハルト』と『レオルヴィア』は一人しかいないと言っていた。レオンハルトが『レオルヴィア』として振舞っている今、レオンハルト自身が『レオルヴィア』であろうとしているのに、侍従であるユイは何故レオンハルトの存在をあっさり肯定するような発言をしたのか。


 そこには踏み入ってはいけない事情があるような気がして、サキは言葉を続けることを躊躇った。


「レオンハルト様はもういません。あの方はレオルヴィア様です」


 最初に会った時の穏やかさが嘘のように、その眼光は鋭くサキを射抜く。

 サキはそんなユイの様子に恐怖を抱いた。


 ユイの言葉はレオンハルトが『レオルヴィア』を演じていると言っているようなものだった。それを知っているにもかかわらず、レオンハルトを『レオルヴィア』と呼んでいたのだ。

 目の前の男は『レオンハルト』と『レオルヴィア』が入れ替わっている事実を確実に知っている。しかし本当に入れ替わっているのだとすると、それは彼らが二人とも存在していないと成立しない。


 やはり『レオンハルト』が『レオルヴィア』を演じているだけという訳ではなく、『レオンハルト』と『レオルヴィア』はそれぞれ違う人物として存在しているという事だろうか。しかしセルネイは一人しかいないと言っていた。これは一体どういう事なのか。


 ますます訳が分からなくなり、サキは思わず口を開く。


「ユイさんそれは――」

「貴方は『異端の魔力持ち』ですね」

「え?」


 何を言われたのか分からなかった。

 突然話題を変えられたサキは訝るように眉根を寄せた。


「一体何の話ですか?」

「今さら弁解の余地があるとでも? 先ほどレオルヴィア様に何をしたのですか? 貴方は何を企んでいるのですか?」


 あらぬ疑いをかけられているようで、その疑いの眼差しはサキを完全に敵視していた。


 このままではまずい。

 不敬罪どころかもっと重い罪が課せられてしまいそうな雰囲気になっている。


 サキは思わぬ事態に発展していく状況に血の気が引いた。


 ユイの様子から察するに、『レオンハルト』と『レオルヴィア』の件にはかなり複雑な事情があることは間違いない。

 この話題を出してしまったことは良くなかったのだと、サキは今さらながらに悟った。


 『異端の魔力持ち』が何のことなのかサキには分からなかったが、ユイが完全に誤解していることだけは分かった。


「ま、待ってください! とんでもない誤解を――っ」


 どこに持っていたのか、ユイの手に短剣が見えたと思ったらそれを瞬時に首元にあてられてしまい、サキはその恐怖に息を呑んだ。


「誰であろうと、レオルヴィア様を害する者は全て排除せよとの王命を賜っております。残念ですが、これ以上貴方にここにいてもらう訳には参りません」


 サキは流れる汗を不快に感じながら、あてられているその鋭く冷たい刃に身を竦ませた。


 サキは『レオルヴィア』を害そうなどとは微塵も思っていない。ただ、レオンハルトであることを捨てないでほしいと思っているだけだった。それ故にユイが思っている事は誤解でしかないのだ。

 しかし恐怖に身を固くしているサキは口を開けても上手く言葉を発する事が出来ず、言葉は音にならずに消えてしまう。

 言わなければと焦ってはいるものの、気持ちとは裏腹に体は竦んで動けなかった。


「誰か、ここへ」


 ユイの言葉に応じるように、見回りの騎士が近づいて来る。

 その姿を認めると、思い浮かぶ最悪の未来を振り払うようにサキはユイに向かって叫んだ。


「誤解です! 私、何も企んでなんかいませんっ。放してください!」


 やってきた騎士に両側から拘束され、サキは身動きが取れなくなった。

 サキは精一杯抵抗するも騎士たちとの力の差は歴然で、少しも拘束の手は緩まる事がなかった。


「その者を牢へ」


 冷たく言い渡されるその言葉にサキは絶望の淵に叩き込まれるような感覚に襲われる。


 サキは後悔と悔しさで一杯になった。


 自分の判断は大いに間違っていた。

 人選ミスも甚だしかった。

 やる気になった次の日にこんな事になってしまうとは思いもしていなかった。


 サキは自分の愚かさが腹立たしくて、その悔しさに涙が滲んだ。


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