小話『騎士服の理由』
「お帰りになられてからずっと騎士服をお召しになっておられるようですが、何故ですか?」
ユイからの素朴な疑問にレオンハルトはギクッと肩を震わせた。
何でも何も、全ては小屋で出会った黒目黒髪の少女に会うためだった。
少女はレオンハルトの正体を知らない。それどころか、会って間もないというのにとても親切にしてくれたのだ。それがこの上なく嬉しくて、今もこうして騎士服を着て会いに行っている。
しかしこの事を誰かに知られるわけにはいかない。もし知られてしまえばもう少女とは会えなくなる。それどころか、少女の命さえ危ぶまれてしまうのだ。それが分かっているにも関わらず、レオンハルトは少女に会いに行くことを止められなかった。
「こっちの方が動きやすい」
「そうですか……」
微妙に疑いの視線を向けられている気がするが気にしない。
レオンハルトはユイからフイと顔を背けるといつものように声をかける。
「ちょっと出てくる」
レオンハルトはそう言って部屋を後にした。
木の陰から今日も少女を見つめる。
草木の手入れをしているところを見ると庭師なのだろうが、それは可能性としては低いと思っていた。というのは、王宮庭師は今も昔もセルネイただ一人だったのだ。今さらセルネイが共に働く者を雇うとは思えないし、それに少女と知り合いだというのも考えにくい。しかし実際に少女は庭仕事をしているし、セルネイとも親しそうに話しているところも何度か目撃していた。
本当はセルネイに少女が誰なのかという事を事細かに聞きたいところではあるが、からかわれるのも面倒なので、レオンハルトは今日も今日とて少女をストーキング中である。
「あ、躓いた」
少女は石の出っ張りに躓いて転びそうになったが、数歩よろめいただけで事なきを得ていた。しかし少女は辺りを見回して誰もいない事を確認している。そして周りに誰もいない事を確かめるとホッと胸を撫で下ろしていた。
どうやら躓いた事を恥ずかしいと思っていたようだ。
「可愛い」
レオンハルトはクスクス笑いながら、少女から一時も視線を外さなかった。
少女の何気ない仕草や癖などは、この数日で大方把握した。少女は基本的に仕事熱心で頑張り屋さんだった。しかしどこか抜けているところがあり、たまにこうした失態を犯してしまう。しかしそれすらも愛おしく思えるほどに、レオンハルトは少女から目が離せなくなっていた。
「見つけた」
いつものようにそう声をかけると、少女は肩をビクッと震わせてこちらに振り返った。
「もしかして、見てました?」
開口一番に告げられた言葉にレオンハルトは素知らぬ顔で返事を返す。
「何を?」
すると少女の顔が見る見る赤くなっていった。それは怒っているのではなく思いっきり恥ずかしいという照れだった。
「み、見てないなら、いいです」
視線を逸らしもじもじしながらそう言う少女の姿に、レオンハルトは思わず少女を抱きしめたくなってしまった。
触りたくて仕方がなかった。可愛過ぎて目眩すら起こしそうだった。そんな思いが表情に出ていたのか、少女から睨むような視線が注がれている事に気がついた。
「何ニヤついてるんですか? あ、やっぱり見てたんでしょう!? そうなんでしょう!?」
ぶうと膨らんでいる少女の頬が次第に朱に染まっていく。そんな顔で上目遣いに睨まれても可愛いだけだった。
「で、見てたんですか?」
「……見てた」
「うわーん、バカ!」
そう言って少女はいつものように駆け出し、あっという間に建物の角に姿を消してしまった。
少女の逃げ足はビックリするほど早い。
「さて、今度は何処に行ったのかな」
レオンハルトは楽しそうな笑みを浮かべながら少女の後を追った。
こうして本日も少女との追いかけっこがはじまった。
陽も傾きだした頃に部屋に戻って来ると、レオンハルトは机に積まれている書類の束を鼻歌交じりに処理していった。その様子にユイは不思議そうに首を傾げていた。
「何かいい事でもありましたか?」
あり過ぎて困っているとは口が裂けても言えないレオンハルトは、適当に誤魔化しつつ仕事に精を出していた。
もっと少女と話がしたい。もっと少女の傍にいたい。その想いは日増しに強くなっていった。何気ない会話も、何気ない触れ合いも、その全てがレオンハルトにとっては奇跡のような輝きを持っていた。そして少女の事をもっと知りたいと思うようになっていく。
(名前聞いたら教えてくれるかな?)
毎日のように顔を会わせているが、まだ少女の名前を知らない事に気付いたレオンハルトは、明日会ったら聞いてみようと思い、頭の中で様々な場面を想定してニヤけていた。
「殿下、顔が気持ち悪いですよ……」
若干引き気味のユイの言葉は、妄想で忙しいレオンハルトには届かなかった。




