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異世界で庭師になりました

 人は慣れる生きものだとはよく言ったものだと、しみじみ思う今日この頃である。


 世界でも有数の大国で知られている、レイヴァーレ王国。

 サキが迷い込んだのは、その国の王宮の庭だった。


 異世界に迷い込んで半年。


 サキは今日も王宮の庭でせっせと仕事に励んでいた。


「サキ、そろそろ休憩しようか」


 近くで草木の手入れをしていたセルネイに声をかけられ、サキは、はい、と返事をすると手元の作業に区切りをつけた。


 サキがこの世界に迷い込んだのは、偶然だったのか、それとも必然だったのか、未だに分かっていない。

 バイトの帰りに地面に魔法陣らしき幾何学模様が現われたかと思った次の瞬間には、見知らぬ場所の広い庭園に立っていた。そして突然の事に茫然と立ち尽くすサキの前に現れたのが、今では仕事の師匠になっているセルネイだった。

 最初は勇者にでも選ばれてしまったのかと混乱する頭であり得ないような事を考えてしまったが、異世界に迷い込んだ時点で既にあり得ない事態に陥っている事に気付き、サキは目の前に現れたセルネイに縋りつく事しか出来なかった。

 サキはセルネイに事の次第を説明すると、彼は不憫に思ったのか仕事を手伝わないかと持ちかけてくれた。サキはその願ってもない申し出にもちろん喰いついた。


 普通なら初対面の相手には多少なりとも警戒心を持つのが人間の性だが、不思議体験し、独りぼっちになっていたサキにとって、セルネイは神か仏のような存在に思えて、疑うことは全くなかった。

 今でこそそれでよかったのだと胸を張って言えるが、一歩間違えばあの場で今世とさよならすることになっていたかもしれないと思うと、最初に出会えた人が親切な人で本当によかったと、サキは心から思っていた。


 サキにとって最初の幸運はセルネイに出逢えたことだった。そしてもう一つの幸運は言葉の壁がなかったことだ。

 言葉の壁というのはぶつかってはじめてその重要性を思い知るのだが、壁にぶつかることがなかったサキは、それだけで半分くらいは心配事が減った。


「ああ、涼しい。いつもありがとうございます」


 夏真っ盛りの太陽を避けるように木陰に腰を下ろしたサキは、隣に座るセルネイにお礼を言うと、そよぐ風に高い位置で纏めていた髪を弄ばれながら、束の間の清涼に身を委ねた。


「どういたしまして」


 そう返してくるセルネイもサキと同じように涼んでいた。


 今日は無風で特に暑さが厳しい。

 そうであるのに二人の周りにはそよ風が吹いている。


「魔法って便利ですよね」


 そうしみじみ言うサキは、羨ましそうにセルネイを見つめた。


 この世界の人は皆その身に魔力を持っており、日常的に魔法を使っている。といってもそれは些細な魔法ばかりで、例えば、ランプに火を灯したり、ジョウロがなくても水やりが出来たり、風をそよがせて涼んだり、自然の力を借りて必要最低限のことにだけ魔法を使う。


 それがこの世界の『魔法』の基本だった。


 しかし制約もあるらしく、魔法で人を傷つけるとそれは己にも返ってくるようで、如何なる争いごとにも魔法は使われていないという事だった。

 魔法で人を傷つけることがないこの世界には、治癒に関する魔法もないらしい。


 それを聞いたサキは、魔法も万能ではないようだ、という感想を抱いた。


 魔法が生きる世界にしてはそれを全く感じさせないその生活ぶりに、サキは少しばかり安堵していた。


「神殿に行って確かめてみればいいのに。もしかしたらサキにも魔力はあるかもしれないよ?」


 魔力はどのようにその大小を確認するのかといえば、神殿にある魔石に手を触れるだけで確認出来るらしい。その黒色の魔石がどれだけ白色に近付くかで魔力の大きさを測るというのだ。

 この世界の人たちは五歳の誕生日に神殿へ行き、魔力の大きさをはかるのが習わしのようで、皆自分がどれ程の魔力を持っているかを知っているらしい。

 どうして五歳なのかというと、生まれ持った魔力が自身の体に馴染み安定するのが大体五歳くらいだからだそうだ。


 しかしながら、セルネイに勧められてもサキには自身に魔力があるのかを確かめに行く勇気はなかった。

 万が一にも魔石が反応してしまったら、それはそれで衝撃だ。


 この世界で魔法は生活の一部だ。それ故に生まれ持つ魔力の大小は重要視されることが多いらしい。

 それが一番顕著なのが王族だった。

 王位は一番強大な魔力を持つ者が継ぐ決まりなのだそうで、例え末っ子の王女であっても魔力量が一番多ければ、その者が王位を継ぐ。それ故にこの世界の国々には女王は珍しくないのだという。

 しかしながら、大抵は長子が一番多く魔力を持って生まれるようで、王位を継ぐのは長子が多いようだった。


 王族や貴族階級の人間は魔力を重要視する傾向にあるが、一般市民はそうでもないらしい。それはほとんどの一般人がほぼ同列の魔力しか持たないからだという事だった。


 サキは当然のことながら魔力など持ってはいない。故に魔法も使えない。

 魔力の大小が重要視されるこの世界で、魔力ゼロの人間は異端以外の何者でもないのだ。それをセルネイに聞いていたサキは、この半年で『魔法を使うより自分の力で何でもやりたい変な人』という自分を作り上げ、誤魔化ながら暮していた。


「私は今のままでいいです」


 魔法が使えなくても、この半年間困ることはなかった。

 魔力の大きさが重要視されているにもかかわらず、魔法にはあまり頼っていないという風習にサキは救われていた。


 何でも自分の力でこなすサキの行動は最初こそ奇異の目を集めたが、今ではそれを気にする者も減った。それにこうしてセルネイが手助けしてくれている。


 無風であるのに風を纏っているサキとセルネイは、誰から見ても魔法で涼んでいるように見える。それはセルネイが一人で二人の周りに風を起こしているからなのだが、都合のいい事に、この光景を見たものは個別に魔法を使っていると思ってくれるのだ。

 魔法が当たり前の世界だからなのか、『誰かに魔法を使ってもらう』という考え方をこの世界の人間はあまりしないらしい。そのおかげで、サキに魔力がないことは周りに気づかれていなかった。


「セルネイさんにはご迷惑ばかりかけて、申し訳ないと思っているんですけどね」


 力なく苦笑すればセルネイは優しく微笑み返してくれる。


「気にしなくていいよ」


 サキはセルネイにだけは全てを話していた。それを聞いてもセルネイは態度を変えることはなく、そればかりかサキが困らないようにいろいろと手助けしてくれたのだ。その事には本当に感謝していた。


 この世界の話を聞いた当初、サキは王宮で働くことを少々渋った。庭師であったセルネイの仕事を手伝うことに問題はない。むしろ土いじりは好きなほうなので、この仕事に有り付けたことは幸運と言っていい。


 しかし問題は働く場所だった。


 魔力を重要視する高貴な方々がいるであろう王宮がセルネイの仕事場だった。王宮はサキが不利益を被る確率が最も高い場所である事は言うまでもないだろう。しかし王宮に仕える人たちはそれだけで身分が保障されたも同然らしく、その身一つでこの世界に迷い込んだサキにとってはこの上なく好条件な働き場所でもあった。


 サキは後者の条件を選び、王宮で働くことにした。魔力がないことを悟られなければ問題はない。しかしサキにとってそれが一番の懸念だった。

 そんなサキの心情をセルネイは見越していたのか、サキの魔力偽装に一役買ってくれたのだ。


 こうして涼んでいる今もその偽装の一つだった。


「そろそろ仕事に戻ろうか」


 風を止め立ちあがったセルネイに続いて、サキも立ちあがる。

 太陽が高い位置にあることを確認すると、午後はかなり暑くなりそうだとサキは覚悟した。


 セルネイと午後の分担を少し話し合うと、サキはその場で彼と別れた。


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