月の夜にナイフを握って
原案:名倉マミ
執筆:Grok
月光が差しこむ古びた部屋。青年画家がベッドで静かに眠っている。黒髪が枕に広がり、穏やかな寝息が響く。側にはもう一人の青年が立ち、震える手でナイフを握っている。彼の名はグストル。隣で眠るのは、彼の親友だ。
数日前、グストルは不思議な夢を見た。未来から来た男が現れ、「この青年は世界を血と炎で焼き尽くす怪物になる」と告げた。戦争、虐殺、数百万のいのちが奪われる未来…。男は「今、彼を殺せば世界を救える」とナイフを渡した。夢から覚めたグストルの手には、確かにそのナイフがあった。
「…君が…そんな怪物になるなんて…」
グストルは呟き、ナイフを握る手が震える。
「でも、今の君は…ただの愛しい友だ。オペラの調べに目を輝かせ、夢を語る…ぼくの大切な友だ…」
グストルの胸は張り裂けそうだった。この心臓を一突きすれば、世界を救える。だが、共に夢を語り、夜を明かした純粋な日々を思い出す度、グストルの心は「できない」と叫ぶ。
「ぼくには…できない…!君を殺せば、ぼくの心も死ぬ…!」
グストルはナイフを床に落とし、涙を流す。だが、未来の男の声が再び響く。
「君が殺さなければ、数百万のいのちが失われる。君の手で救えるんだ…」
葛藤の果て、グストルはナイフを拾い上げる。「…許してくれ…!」と呟き、震える手で青年の胸を一突きする。青年の瞳が一瞬開き、「グストル…?」と呟いた瞬間、血がシーツを染めた。
「アドルフ…ヒトラー…ぼくの友…」
グストルは嗚咽を漏らし、青年の亡骸を抱きしめる。
時は流れ、一九二三年。街のラジオがニュースを告げる。
「ハンス・シックルグルーバーなる無名の男がミュンヘンで武装蜂起しました…」
「そんな馬鹿な…」
グストルは呆然とする。未来の男に教えられたところによれば、この年にミュンヘンで武装蜂起するのはアドルフ・ヒトラーであるはずだった。
つまり、「彼」を殺しても、人類の歴史の流れ、人類全体の運命は何も変わらない。全くの別人が「彼」のいた場所に置き換わり、「彼」の役割を果たすだけなのだ。今も、これからも。
全てを悟ったグストル――アウグスト・クビツェクは膝から崩れ落ちる。
「ぼくは何のために…アドルフを殺したんだ…」
Ende
アウグスト・クビツェクってのは実際にいた人で、わたし(名倉)はこの二人が大好きで、若き日のアドルフとグストルの性愛を描いたBL小説も書いています。別ペンネームでムーンライトノベルズの方でやってますので、興味のある方は探すかわたしに問い合わせるかして下さい。
そちらの方はわたしが自分で書いてます。
このシリーズは一つ一つが独立した短編ですので、次の話には続きません。




