Episode 5
蒼空は村の入口で足を止め、リナと向き合った。
夕方の風が二人の間を通り抜け、草木が静かに揺れる。
リナはいつものように優しく微笑んでいた。
けれど蒼空は、その視線をまっすぐ受け止められず、少しだけ目を伏せる。
「……リナ。ありがとう。本当に、ありがとう」
「どうしたの?」
リナは少し驚いたように首をかしげ、すぐに柔らかく笑った。
「君がここに来てくれて、色々教えてくれて……助かったんだ」
言葉を選びながら、蒼空は続ける。
「一人だったら、きっと何も分からないままだった」
「私はただ、困ってる人を放っておけなかっただけだよ」
リナはそう言って肩をすくめる。
けれど、その笑顔の奥に、ほんのわずかな寂しさが滲んでいた。
蒼空は一度、深く息を吐く。
そして、逃げずに言葉を口にした。
「……僕、帰らなきゃいけない場所があるんだ」
「帰る……場所?」
リナの目が、少しだけ鋭くなる。
「うん。大切なものが、そこにある」
蒼空は視線を上げ、はっきりと言った。
「理由は……ごめん、言えない。でも」
一瞬の沈黙。
「君がくれた時間も、この世界で見たものも、忘れない」
「それだけは、約束する」
リナはしばらく蒼空を見つめていたが、やがて静かに微笑んだ。
「……そっか」
「無理に聞いたりはしないよ。君が言わないって決めたなら」
その言葉に、蒼空の胸が少しだけ軽くなる。
「でもね」
リナは一歩近づき、真っ直ぐに言った。
「君のことは、私が覚えてる。絶対に忘れない」
「……ありがとう」
蒼空は小さく頷いた。
ふと、リナが思い出したように尋ねる。
「ねえ、君の名前は?」
「蒼空……ソラ、っていう」
「ソラ……」
リナはその名を口の中で転がすようにして、くすっと笑う。
「いい名前だね。今にも空へ飛んでいきそう」
「そうかな……」
思わず、蒼空の口元も緩んだ。
リナは一歩下がり、少しだけ真剣な表情になる。
「そうだ。これから先、この辺りには大きな町があるの」
「そこには有名なギルドがあって……もしソラが何かを探すなら、きっと力になってくれる人がいる」
「ギルド……」
蒼空はその言葉を心に刻む。
「ありがとう。覚えておく」
「気をつけてね、ソラ」
リナは軽く手を振りながら、穏やかに言った。
「君が選んだ道が、ちゃんと君を前に進ませてくれますように」
蒼空は一度だけ振り返り、同じように手を振る。
「……また、会おう」
そうしてソラは、迷いを振り切るように一歩踏み出し、村を後にした。
背中に残る温かさを、確かに感じながら。




