第4章:領主令嬢のわがまま
トマスさんが帰ってから数日後。
俺はいつものように、村人から頼まれた壊れた柵の修理をしていた。
「ケンタさん! 大変だよ!」
リコが血相を変えて走ってくる。
「どうした? また井戸が壊れたか?」
「ううん、違うの! すごい馬車が来たの! 領主様の紋章が入ったやつ!」
「領主様?」
リコの指差す方を見ると、確かに村の入り口に不釣り合いなほど豪華な馬車が止まっていた。
白塗りの車体に金の装飾。周りには鎧を着た騎士が数名、護衛として立っている。
村人たちは皆、地面に額を擦り付けるようにして平伏していた。
俺も慌てて作業の手を止め、その場に向かった。
馬車の扉が開く。
降りてきたのは、物語に出てくるような「お嬢様」そのものだった。
太陽の光を浴びて輝く金髪の縦ロール。フリルのついた高級そうなドレス。
年齢はリコと同じくらいか、少し下だろうか。可愛らしい顔立ちだが、その瞳には気の強そうな光が宿っている。
彼女は扇子で口元を隠しながら、村を見回した。
「ここがココノエ村ですの? ……相変わらず何もない所ですわね」
「アリス様、足元にお気をつけください」
護衛の騎士隊長らしき男性が声をかける。
彼女の名前はアリスというらしい。この地を治める領主の娘だ。
「それで? 『あの椅子』を作った職人はどこにいますの?」
アリス嬢の声が響く。
村長が震えながら顔を上げた。
「は、はい……職人と言いますと……」
「とぼけないでくださいまし! トマスから買い上げた『人をダメにする椅子』! あれを作った者のことですわ!」
どうやら、トマスさんが売った椅子が彼女の手に渡ったらしい。
俺はおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……俺ですけど」
アリス嬢の視線が俺に突き刺さる。
「貴方が? ……ふん、見た目はただの村人ですわね。まあいいわ、案内なさい。貴方の工房へ!」
俺はアリス嬢と騎士たちを、森の中の自宅(元ボロ家)へと案内した。
「ここが俺の家兼、工房です」
「……あら?」
アリス嬢は、俺のログハウスを見て目を丸くした。
ボロ家をリフォームしたこの家は、外観こそ素朴だが、建付けの良さやデザインの洗練さは王都の屋敷にも引けを取らない(と自負している)。
「中に入っても?」
「どうぞ」
彼女は家の中に入ると、さらに驚きの声を上げた。
滑らかなフローリング、機能的なシステムキッチン(風の調理場)、そしてリビングに置かれたソファーセット。
「信じられませんわ……。外見は森の小屋なのに、中は王城のゲストルームより快適そうですわ!」
彼女はソファーに座ると、その座り心地にうっとりと目を閉じた。
「……決めましたわ」
「はい?」
アリス嬢はカッと目を見開き、俺を指差した。
「私にも作りなさい! この村に、私のための別荘を!」
「ええっ!?」
「お、お嬢様!? 何を言い出すのですか!」
騎士隊長が慌てて止めに入ろうとするが、アリス嬢は聞く耳を持たない。
「だって、お父様のお屋敷は広すぎて寒いですし、椅子は硬いし、退屈なんですもの! ここなら快適そうですわ!」
「いや、でも俺はただの……」
「拒否権はありませんわよ? 私は領主の娘ですもの。……その代わり、報酬は弾みますわ」
彼女はニヤリと笑った。
その笑顔は、わがままだがどこか憎めない愛嬌があった。
「それに、完成するまではこの家に泊めてもらいますからね!」
「はあぁぁぁ!?」
俺と騎士隊長の声が重なった。
「ちょっと待ってよ! ケンタさんの家に泊まるってどういうこと!?」
今まで黙っていたリコが、頬を膨らませて抗議する。
「あら、貴女は?」
「私はリコ! ケンタさんの……その、助手よ!」
「ふーん。まあ、助手なら許してあげますわ。私の身の回りのお世話をなさい」
「むきーっ! なんで私が!」
結局、騎士隊長の説得も虚しく、アリス嬢の滞在が決まってしまった。
(騎士たちは村長の家に泊まることになった)
俺は仕方なく、村の見晴らしの良い丘の上に、彼女のための別荘を建てることになった。
「どうせ作るなら、最高のものを作って驚かせてやるか」
俺の中の職人魂(DIY魂)に火がついた。
ただの小屋じゃない。お嬢様が腰を抜かすような、最高のラグジュアリー・コテージを作ってやろうじゃないか。
「要望はありますか?」
「そうですわね……。まず、お風呂! 広いお風呂が欲しいですわ! それから、寝心地の良いベッド! あと、星が見えるテラスも!」
「了解しました。全部叶えましょう」
「ふふん、口だけは達者ですわね。期待していますわよ?」
こうして、俺の異世界での初の大規模建築プロジェクト――『領主令嬢の別荘建築』が始まったのだった。




