第3章:行商人と魔法の椅子
井戸を直してから数日。俺、ケンタの生活は一変していた。
「ケンタさーん! うちの鍬が折れちまって……直せるかい?」
「ケンタちゃん、雨漏りがひどくてねぇ。ちょっと見ておくれよ」
毎日のように、村の誰かが俺の元を訪ねてくるようになったのだ。
俺は持ち前のスキル【DIY】を駆使して、それらを片っ端から解決していった。
折れた農具は、元の素材よりも頑丈に接合して修復。
雨漏りする屋根は、防水加工を施した新しい板で補強。
ついでに、隙間風が入る窓枠や、建て付けの悪いドアも直して回った。
「はい、これで修理完了です」
「おお! 新品みたいだ! いや、新品より使いやすいぞ!」
村人たちは大喜びで、お礼にと野菜や卵、時には干し肉などを置いていってくれる。
おかげで食生活には困らなくなった。
「ケンタさん、次のお客さんだよ! 今度は村外れの牧場のおじさん!」
そして、いつの間にか俺の助手(兼マネージャー)のような立ち位置に収まったリコが、今日も元気に客を連れてくる。
彼女は俺が修理をしている間、依頼主と世間話をしたり、お礼の品を受け取ったりと、甲斐甲斐しく働いてくれていた。
「リコ、助かるよ。これ、今日のお礼」
俺は報酬の一部(新鮮なトマト)を渡す。
「えへへ、いいのに! ケンタさんの魔法みたいな修理を見てるの、楽しいから!」
リコはトマトをかじりながら満面の笑みを浮かべた。
そんなある日、村に一台の馬車がやってきた。
定期的にこの村を訪れ、日用品を売ったり特産品を買い取ったりしている行商人、トマスだ。
トマスは小太りで愛想の良い中年男性だが、その目は鋭く、商機を決して逃さない商人の光を宿していた。
「やあやあ、皆さんお元気でしたか? ……おや?」
村の広場に馬車を止めたトマスは、ふと井戸の方を見た。
そこには、俺が修理・強化してピカピカになったポンプがある。
「このポンプ……以前来た時はボロボロだったはずですが。新品に取り替えたのですか? いや、しかしこの金属の光沢……王都でも見たことがない素材だ」
トマスはさらに、近くの農家が持っていた鍬にも目を留めた。
柄の部分が、使い手の手に馴染むように絶妙なカーブを描いて加工されている。
「そこのあなた、その鍬を見せてもらっても?」
「ん? ああ、いいとも。ケンタに直してもらったんだ」
「ケンタ……?」
トマスは鍬を受け取り、しげしげと観察した。
接合部は完璧で、継ぎ目が全く分からない。木材の表面処理も滑らかで、長年使い込んだかのような馴染み良さと、新品の強度が同居している。
「信じられない……。これは、ドワーフの名工でもここまでの仕事はできませんよ。この村に、一体どんな職人がいるのですか?」
その日の夕方。
ガンテツさんの紹介で、トマスが俺の家を訪ねてきた。
「ごめんください。行商人のトマスと申します」
「あ、はい。どうぞ」
俺がドアを開けると、トマスは俺の顔を見て少し驚いたようだった。
もっと頑固な老職人を想像していたのかもしれない。
しかし、彼の驚きはすぐに別のものへと変わった。
俺の背後にある家――元は廃屋だったログハウスを見た瞬間だ。
「こ、これは……!」
トマスは靴も脱がずに上がり込みそうになるのを堪え、家の中を見回した。
隙間なく組まれたログ材、機能的に配置された棚、そして部屋全体に漂う木の香り。
「素晴らしい……! 無駄が一切ない。それでいて、遊び心もある。この家自体が、一つの芸術作品のようだ!」
「はあ、ありがとうございます」
興奮するトマスをなだめつつ、俺は彼をリビングに通した。
「まあ、立ち話もなんですし。座ってください」
俺は、自分用に作った自信作のリラックスチェアを勧めた。
背もたれが背骨のカーブに完璧にフィットし、座面にはクッション性の高い素材(魔物の毛皮の中に乾燥させた水草を詰めたもの)を使用している。
「では、失礼して……」
トマスが腰を下ろした、その瞬間。
「ふあぁぁぁぁ…………」
トマスの口から、間の抜けた声が漏れた。
彼の体から力が抜け、椅子に吸い込まれるように沈み込んでいく。
「な、なんですかこれは……! お尻が……腰が……包み込まれるようです……! 一度座ったら、二度と立ち上がりたくない……!」
「あ、気に入ってもらえました? 名付けて『人をダメにする椅子』です」
「人をダメにする……! まさに、その通りだ……!」
トマスはうっとりとした表情で、椅子の肘掛けを撫で回した。
数分後、正気を取り戻したトマスは、キリッとした商人の顔に戻って俺に向き直った。
ただし、椅子からは降りようとしない。
「ケンタさん。単刀直入に言います。この椅子を私に売ってください」
「え? これをですか?」
「はい。王都の貴族たちなら、これに金貨10枚……いや、20枚は出すでしょう。長旅に疲れた商人や冒険者にも需要があるはずです」
金貨20枚。
この世界の貨幣価値はまだ詳しく分からないが、村人たちの反応を見る限り、金貨1枚でも数ヶ月は暮らせる額のはずだ。
「材料は森で拾った木と、狩人が捨ててた毛皮なんで、元手はタダみたいなものなんですけど……」
「技術料です! この座り心地を生み出す技術には、それだけの価値がある!」
トマスの熱意に押され、俺はその椅子を売ることにした。
さらに、「今後も定期的に、便利な道具や家具を作って卸してほしい」という契約まで結ぶことになった。
「ありがとうございます、ケンタさん! これで私も大儲け……いえ、多くの人を幸せにできます!」
トマスはホクホク顔で椅子を荷車(もちろん俺が補強した)に積み込み、金貨の入った袋を置いていった。
「す、すごいよケンタさん! 金貨がいっぱい!」
横で見ていたリコが、目を輝かせて金貨袋を覗き込む。
「これで、もっといい材料や道具が買えるな」
俺は手に入れた資金で、さらなる生活の向上――そして、この村の発展を夢見ていた。
異世界でのスローライフは、予想以上に順調な滑り出しを見せていた。




