第1章:廃屋と万能スキル
「……ここ、どこだ?」
目が覚めると、そこは森の中だった。
いや、正確には「森の中にあるボロ家の前」だ。
俺、佐藤健太。28歳、独身。職業、システムエンジニア。
……だったはずだ。記憶が確かならば、デスマーチの真っ只中で、3日徹夜したあとに会社のデスクで意識が飛んだはず。
「死んだ、のか……?」
自分の体を見下ろす。着ているのは、見慣れない作業着――いわゆる「つなぎ」だ。
手を見ると、以前よりも少し若々しい肌艶をしている気がする。腰には工具袋のようなものが下がっていた。
ふと、脳裏に不思議な声が響いた。
『過労による肉体の限界を迎えました。魂の救済措置として、異世界への転生を実行しました』
『貴方の「もっとのんびり、自分の手で何かを作って暮らしたい」という最期の願いを反映し、ユニークスキル【DIY】を付与しました』
「DIY……? 日曜大工の?」
状況を飲み込むのに数分かかった。
どうやら俺は過労死し、異世界に転生したらしい。しかも、チート能力が魔法や剣技ではなく「DIY」。
「まあ、いいか。もう納期に追われることも、理不尽な仕様変更に振り回されることもないんだ」
俺は目の前の建物を見た。
これから俺が住むことになるらしい、その家は……。
「……ひどいな、これ」
屋根には大きな穴が空き、壁板は腐って剥がれ落ちている。ドアは蝶番が壊れて斜めに傾いていた。
これでは雨風を凌ぐどころか、野生動物の巣窟になりかねない。
「スローライフを楽しむ前に、まずはサバイバルかよ」
俺はため息をつきながら、足元に落ちていた手頃な木の枝を拾い上げた。
ポツリ、と頬に冷たいものが当たった。
見上げると、どんよりとした雲が空を覆っている。
「うわ、雨か。最悪のタイミングだ」
とにかく、あの屋根の穴だけでも塞がないと、今夜の寝床がない。
俺は手にした木の枝と、落ちていた板切れを見比べた。
これをどうにかして、あの屋根に……。
そう考えた瞬間、頭の中に不思議な感覚が走った。
まるでCADの図面が脳内に展開されるように、青白いラインが視界に浮かび上がる。
『素材を確認。スキル【DIY】を発動しますか?』
「えっ? あ、ああ。発動!」
俺が念じると、手にした木の枝と板切れが、淡い光に包まれた。
光は一瞬で収束し、次の瞬間には――
「……嘘だろ?」
俺の手には、綺麗に加工された真新しい木の板が握られていた。
サイズも形も、あの屋根の穴にぴったりハマりそうな形状だ。
「これが、【DIY】の力……?」
俺は梯子(これもボロいが、なんとか使えそうだ)を登り、屋根の上に上がった。
生成された板を穴に当てがう。
『接合しますか?』
「はい」
カッ! と短い光が走り、板はまるで最初からそこにあったかのように、周囲の古材と一体化した。
釘も接着剤も使っていないのに、びくともしない。
「すげぇ……! これなら、いける!」
俺の中に、かつてプラモデルや本棚を作った時のワクワク感が蘇ってきた。
そこからは早かった。
俺は森の周辺で使える木材(倒木や枯れ枝)を拾い集め、次々と加工していった。
腐った床板は、頑丈なフローリングに。
隙間だらけの壁は、断熱性の高そうな厚い板壁に。
傾いたドアは、スムーズに開閉する頑丈な扉に。
「次は家具だ!」
家の中には、脚の折れたテーブルと、座面の抜けた椅子が転がっていた。
俺はスキルを使ってそれらを修復するだけでなく、少しアレンジを加えた。
テーブルの表面は滑らかに磨き上げ、椅子は長時間座っても疲れないように背もたれの角度を調整した。
『MP消費:軽微。作業を継続可能です』
どうやらこのスキル、魔力(MP)を使うらしいが、今のところ疲れはほとんど感じない。
むしろ、作業をすればするほど楽しくなってくる。
「よし、完成!」
夕方になる頃には、廃屋は完全に見違えていた。
外観は森に馴染むシックなログハウス風。内装は木の温かみを感じる、シンプルだが機能的な空間。
雨漏りの心配など皆無だ。
「これが俺の城……!」
満足感に浸りながら、俺は新しく作った椅子に腰を下ろした。
座り心地は最高だ。前世の高級オフィスチェアにも負けない。
グゥ〜〜〜。
その時、腹の虫が盛大に鳴った。
そういえば、転生してから何も食べていない。
「家はなんとかなったけど、食料がないな」
俺は立ち上がり、食料を探しに外へ出ることにした。
雨は上がっていた。
森の空気は澄んでいて、深呼吸すると気持ちがいい。
家の前の小道を少し歩くと、森が開けてきた。どうやら近くに村があるようだ。
その時、前方の道端で誰かが座り込んでいるのが見えた。
「……うぅ、どうしよう」
困り果てたような声。
近づいてみると、それはエプロン姿の若い女性だった。
赤茶色のショートカットが似合う、活発そうな雰囲気の子だ。
しかし今は、涙目になって途方に暮れている。
彼女の傍らには、車輪が外れて傾いた荷車と、地面に散らばった野菜や木箱があった。
どうやら荷車が壊れて、荷物をぶちまけてしまったらしい。
「大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせて顔を上げた。
「あ、はい……。でも、荷車が壊れちゃって……これじゃ、村まで運べないよぉ」
彼女は壊れた車輪を指差した。車軸が完全に折れている。これでは素人が直すのは無理だろう。
普通の手段なら、だ。
「よかったら、俺が見ましょうか?」
「え? でも、これ完全に折れてるし……大工さん呼ばないと……」
「まあ、任せてください」
俺は荷車の前にしゃがみ込んだ。
腰の工具袋から、適当な端材を取り出す。
そして、スキル【DIY】を発動させた。
(解析……構造理解……修復プラン作成……実行!)
淡い光が荷車を包み込む。
彼女が「えっ、えっ!?」と目を白黒させている間に、折れた車軸は元通りになり、外れていた車輪がカチリと嵌まった。
ついでに、ガタついていた他の部分も補強しておく。
「はい、これで大丈夫ですよ」
俺が立ち上がると、彼女はポカンと口を開けて、直った荷車と俺の顔を交互に見ていた。
「す、すごい……! 魔法使いさん!?」
「いや、ただの……通りすがりのDIY好きです」
「ディーアイワイ……?」
彼女は不思議そうに首を傾げたが、すぐにパッと花が咲くような笑顔になった。
「ありがとう! 私、リコっていうの! ココノエ村の食堂の娘なんだ。お礼に、うちでご飯食べていって!」
その言葉は、空腹の俺にとって何よりの報酬だった。




