キューピッド
「ねぇ、聞いて!」
声をやけに弾ませて、真美が言う。
今日は学校が休みなので、私たちは3人で学校の近くのファミレスに来ていた。
「実は!バスケ部の駿と付き合うことになりましたー!おめでとう私〜!!」
「えーーっ!?」
パチパチと拍手をする真美を見ながら、私とあやかが同時に声をあげた。
「うそでしょ!?まだ入学して2週間しか経ってないじゃん!」
私は呆れて言う。
「しかも入部して1週間も経ってなくないか?」
あやかも呆れて言った。
「だってね、この前の部活帰りに告白されちゃって。最初からかっこいいと思ってたし、オッケーしちゃった」
真美は照れ笑いを浮かべる。
(真美の行動力は尊敬に値するレベルだ…彼氏もだけど)
でも、誰かにまっすぐ想われて、素直に答えられる真美がちょっと羨ましかった。
「しかもね、駿って、内田くんと同じ5組で、結構仲良いんだって!」
「えっ!?」
私の心臓が一気に跳ねる。
「だからさ、私と駿が間に入れば、連絡先くらいすぐ交換できるって!」
真美はニヤリと笑う。
「え、ええっ!?いやいや、ちょっと待ってよ!」
慌てて首を振る。
「なんで待つ必要があるの?ちょうどいいじゃん」
あやかも「これはチャンスだね」と後押ししてくる。
「だって!まだ1度しか話した事ないし、私の事認知してくれてるかも怪しいのに…」
「大丈夫だって!話つけとくから、月曜日の放課後、一緒に5組行こ!」
------
月曜日の放課後。
私たちは5組の教室前に立っていた。
「ねえ、やっぱり無理なんだけど…心の準備ができてない」
(だって、もう話ついてるってことは、私が内田くんと連絡先交換したいってこと、内田くんは知ってるわけでしょ?そんなのもう告白してるようなもんじゃん!恥ずかしすぎる…)
「何言ってんの?郁奈の心の準備できるのなんか待ってたら、私たち卒業しちゃうわ。ほら、行くよ!」
真美が勢いよく引き戸を開けると、教壇の前の席に座る渉が、その横に立っている男子生徒と談笑していた。
(内田くんが、笑ってる…)
「あ、真美!」
男子生徒が笑顔で手を振る。駿だった。
その隣にいた渉が、こちらに気づいて目が合った。
(やば…目が合っちゃった…)
駿に手を振り、その場から動けない私の腕を掴む真美。
「ほら、早く!」
「待って待って!」
抵抗する私を、真美は2人の元まで引き摺って行った。
まず、この光景を、渉に見られている事自体が恥ずかしい。恥ずかしがってる自分が恥ずかしい。恥の無限ループだった。
私はたまらず、隠れるように真美の背に回る。
「ほら、郁奈。うっちーと連絡先、交換しなよ」
真美がストレートに切り出し、私を渉の前に突き出した。
「ちょ、真美!」
既に真っ赤な顔をしていただろうが、より一層顔が熱くなった。
(ていうか、真美、内田くんのことあだ名で呼んでるの?)
渉が私を見て微笑んでいる。
(何か言わなきゃ…!)
「あ、あの!連絡先交換してくれませんか?」
渉は目を細くして「うん」と頷いた。
差し出されたスマホを持つ渉の指は、白くて細長く、大きな爪がピンク色をしており、まるで女性の手のように綺麗だった。
(この手でギターのフレットを握る内田くんは、どんなにカッコいいんだろう…)
「郁奈?」
真美に声をかけられて、我に帰った。
「あ、ごめん、えっと」
動揺で震える手をなんとか動かして、差し出された画面をスキャンする。
画面にアプリの初期アイコンと「内田 渉」という文字が表示された瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。
(こういうタイプなんだ…)
「あ、ありがとう!」
私はお礼を言うと、渉がこちらを見て微笑んだ。
(ま、眩しすぎて、直視できない…!!)
限界を迎えた私は、教室を飛び出した。
「あ、真美!待って!」
真美が後を追って来たが、私は自転車置き場まで駆け抜けた。
「こら!連絡先泥棒!後でちゃんと連絡しなよ!」
後ろから真美の声が聞こえた。
------
その日の夜。
部屋でベースを抱えたまま、スマホを見つめていた。
(どうしよう…何て送ったらいいのかな…)
悩んだ末、
『今日はありがとう。これからよろしくね』
と入力をしたところで、手が止まる。
送信ボタンを押す勇気がない。
そのまま20分ほど経過しただろうか、突然部屋のドアをノックされ、驚いて送信ボタンを押してしまった。
「郁奈ちゃん、お風呂沸いたよ〜」
おばあちゃんだった。
「うん!今行く!」
私は焦って返事をし、慌てて着替えの準備をし始めた。
(やばいやばい、送っちゃった…返事来なかったらどうしよう…)
そんなことを考えていると、すぐにスマホの通知がなった。
『こちらこそ。よろしく』
短いけれど、丁寧な言葉。
画面を見つめているだけで、胸が高鳴って仕方なかった。
(やりとり、できた…!)
嬉しくなった私はすぐさま
『ありがとう!あの、私のこと覚えてる?』
と送った。
息を呑んで、トーク画面に釘付けのまま返事を待った。
数分後、
『覚えてるよ。廊下で話しかけてくれたよね。自分、高校入って女の子と話したことなかったから、嬉しかった』
(なんと…!?)
覚えてくれてた上に!嬉しかった!?
私はスマホを抱きしめて、ベッドに倒れ込んだ。
幸せすぎる。
『そうなんだ!また話そうね!』
そう返したところで
「郁奈!まだなの?何してるの!?」
痺れを切らしたおばあちゃんが、部屋に入って来た。
「ごめん今行く!」
私はスマホをベッドに放り出して、慌ててお風呂に向かった。
画面には、渉から送られて来た黒タイツ一丁のおじさん芸人のスタンプが表示されていた。
どーん