ベース
「それでさ、結局、内田くんとは一言も喋れなかったの」
次の日の昼休み。食堂の隅っこのテーブルで、私は昨日の初めての部活の話を真美とあやかにしていた。
「えー、もったいな!」
真美が大げさに声をあげる。
「だって、男子同士ですぐバンド組んで、帰っちゃったんだもん」
「まぁ、最初は仕方ないよ」
あやかは冷静にフォローしてくれる。
「それより、楽器はどうするの?」
「うん…ベース担当になったんだけど、持ってないから買わなきゃいけなくて」
「え!ベース!?ギターやるって言ってなかったっけ?」
真美が驚いた顔をする。
「うん…でも、ギター経験者の子がいたから、譲ったんだ」
「郁奈らしいね〜。ベース持ってるの?楽器って高いんじゃないの?」
「それが、持ってなくて…どうしようかな」
すると、あやかが少し考え込んだあと、思い出したように言った。
「そういえば、バレー部の先輩が、ベース持ってるけど今使ってないって言ってた気がする。譲ってもらえるか今日の部活で聞いてみようか?」
「え、ほんとに!?いいの?」
「うん」
「やったじゃん郁奈!これでベーシスト決定だね!」
真美は大げさに拍手してくれた。
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翌日の放課後。
話はトントン拍子に進み、無事にベースを譲ってもらうことになった私は、体育館前のピロティに来ていた。
まだどの部活も始まっていないようで、体操着やユニフォームの生徒が、各々ストレッチや準備をしていた。
「おーい!こっちこっち」
あやかに呼ばれて目を向けると、あやかの隣には、大きなベースケースを持った男の人が立っていた。
「あやか!あ、あの、柏木です!」
知らない人にはまず自己紹介。私はその男性に向かって、深くお辞儀をした。
「君が柏木ちゃんだね。はいこれ」
男性はそういうと、ベースケースを私に手渡した。
「もらってくれて嬉しいよ。僕が持っててもどうせ使わないからね」
「本当にいいんですか…?何かお礼を…」
「気にしないで。どうせ眠らせておくより、使ってくれる人に渡したほうがいいし」
私は再び深く頭を下げた。
「ありがとうございます!大切に使います!」
その時。
「おーい、あやかー!何やってんの?」
体育館から、男子が手を振りながら声をかけてきた。
「お前は来なくていいから!シッシッ」
あやかは野良犬に言いつけるようにあしらって、すぐに私の方を向いた。
「えー?なんてー?」
あやかの声が聞こえなかったようで、こっちに近づいてくる。
「やばい、アイツこっちくるわ。先輩、早く戻りしょう!」
そう言って、あやかは先輩の手を引き、体育館館の方へ戻って行った。
(あやか、すごいな)
男女問わずあんなに分け隔てなく接するなんて、私にはできない。
そう思いながら、あやかを眺めていると、入り口前で合流した男の子があやかに小突かれていた。そして、こちらを向き、私向かって手を振った。
それを見たあやかは「やめろって」と言いながら、もう一度彼を小突いて、
「郁奈ー!早く帰りな〜!」
と、私の方へ叫んだ。
(ああいうの、苦手だな…)
私は、苦笑いであやかに小さく手を振りながら、帰路についた。
男の子って、子供っぽいし、ああいうチャラいのとは、あんまり関わりたくないなぁ。本当にあやかはすごい。
(それに比べて、内田くんは、落ち着いてて大人っぽいな)
そんなことを考えながら、ベースを背負って自転車に跨った。
少し伏し目がちで落ち着いた姿を思い出す。胸の奥がまた少し熱くなった。
最近はすっかり暖かくなった風が、頬をかすめていく。
早く帰って練習しよう。