部活
「郁奈!今日軽音部、頑張ってね」
真美が教室で私の肩をポンと叩く。それに続いてあやかも「頑張ってね」と声をかけた。
「2人とも、ありがとう」
私が緊張を隠すように笑いかけると、2人は教室を出て行った。
真美は、あれから予定通りバスケ部にマネージャーとして入部。運動部は毎日部活があるし、真美のあの性格からして、もうすっかり慣れた様子だった。
(今日はちゃんと内田くんと話すんだ…!)
私は、心の中で決意表明をし、部室へ向かった。
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軽音部の部室は、何というか、親戚の家みたいだった。
学校の敷地の端の方に、なぜが一軒だけ木造の平屋が建っていて、縁側の窓は全開にされていたので楽器の音が聞こえ、中の様子が伺えた。
板間に黒いアップライトピアノが置かれていて、奥には古い畳が敷き詰められた12畳ほどの部屋が2つあり、数人の人影が見える。襖がないので、結構広々としている。
玄関側に回ると、アルミの引き戸は開け放されていて、中を覗き込むと1人の男性と目が合った。
「いらっしゃ〜い!」
説明会で司会をしていた部長が、優しく声をかけてくれた。
「あ、こんにちは…あの、ここ軽音部の部室ですか?」
「そうだよ〜。1年生かな?」
「そうです!柏木といいます」
とりあえず、名乗った。
「柏木さん、よろしく。さあ、中に入って」
私は部長の誘導に従い「お邪魔します」と小声で挨拶しながら、部屋の中に入った。
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部室に入ると、少し埃っぽい匂いがして、親戚の家というよりは、集会所のような雰囲気だった。あたりを見渡すと、エレキベースを弾いている男性とその横に女性がおり、雰囲気的に上級生と思われた。あとは、綺麗な制服を着た数名の生徒が雑談をしている。1年生だろう。
(内田くんは…)
私は学ランを着ている生徒の顔を、1人ずつ確認していくが、マスクをしている生徒は見当たらない。
(まだか…いや、来ないのかな…)
残念に思ったとき、玄関に数名の男の子が入って来て、挨拶をする。1番後ろの方に、マスク姿が見えた。
(内田くんだ!)
私は素直に喜んだが、徐々に自分の身だしなみが気になりソワソワと前髪をなおす。渉は私には気付いていないようだ。というか、あまり周りと目を合わさないようにしているように見えた。
「人数的にもう揃ったかな?今から今日の部活について話すから聞いてね」
部長がそういうと、楽器の音が止んだ。
「今日は、各時担当楽器を決めて、バンドを組んでください。決まったら、僕に報告して、あとの活動は各自に任せます」
(結構放任主義なんだ)
幸い、女子は私を含めて3人だったので、女子バンドで決定だなと思っていると、早速2人の女の子が私の方へ近づいて来て、声をかけた。
「女の子は私たちだけだし、3人でバンド組もうよ」
そういったのは、綺麗なストレートの長い髪をした女の子だった。
「うん、もちろん!でも、みんな何の楽器を希望してるの?」
私が聞くと、その子が答えた。
「私はドラム。あ、私、茉莉って言うんだよろしくね。こっちはギター志望のほの。2人とも4組なんだ」
「よろしくね」
ドラムの茉莉、ギターのほの、と。
「私は郁奈。あ、あの、私もギター志望なんだけど…」
何だか気まずくて、小さい声で言う。
「え、マジ!郁奈はギター経験あるの?ほのは中学の時からギター習ってて、エレキは初めてだけど、アコギなら弾けるんだよ」
ほのがギター経験者だと知って、私はさらに気まずくなった。
「え、そうなんだ。じゃあ、私はベースにしようかな…」
「え、いいの?」
遠慮がちに言う私に、ほのが心配そうに言った。実はギターは、安物ながら春休みに既に購入しており、やる気満々だったのだが。
「大丈夫だよ!とりあえず何でもいいからやってみたかったんだ!はは…」
バンドが組めないなんて、軽音部としての高校生活が終わってしまうと思った私は、こうしてベース担当になった。
私ってこういうところがあるんだよな。まあ、しょうがないけど。
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しばらく3人で今後の活動について話し合っていると、男子の方もバンドが決まったらしく、二つのグループに分かれて各時話し合いをしている。
渉は、さっき一緒にここまで来た友達と組んだようだ。
(内田くんと話したいけど、これだと全然話しかけられない…)
そうこう考えているうちに、渉のバンドは話し合いが終わったようで、そそくさと帰ってしまった。
(結局話せなかった…)
私は、がっかりするとともに、新しく始める楽器を購入しないといけないことに気づき、気が重くなった。