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初恋が終わるまで  作者: 生ハム
高二編
43/43

彼女

火曜の放課後、河川敷。

私は、堤防の脇に渉の自転車が停まっているのを見つけた。


(ここだ…)


緊張して、ハンドルを持つ手に汗が滲む。

私は、そのまま渉の自転車に並べて、自分の自転車を駐車し、河辺に降りる階段へ向かった。


階段から見下ろすと、こちらに気付いて顔を上げる渉がいた。


河辺を吹く風が、渉の柔らかい髪を揺らした瞬間、私と渉以外の時が止まったような感覚になり、息を呑む。


渉は、夏でも半袖のシャツは着ない。

そして、少しだけ腕まくりをした袖が、もったいぶるように、細く綺麗な手首をちらつかせる。


1年前、出会った時よりも背が伸びた彼のくるぶしが、ズボンの裾から少しだけ見える。


渉自身も、いつもこんなふうに逃げたり隠れたりする。


でも、今日だけは違った。


隠れてしまうから、見つからないようにずっと眺めていただけの渉の姿が、今、私のためにそこにあった。


「ごめん、待った?」


私がそう言うと、渉は「ううん」と首を振る。


階段を駆け降りると視界が開ける。


私たちは、その場に立ったまま、横に並びながらも2人して俯いていた。


(とりあえず、何か話そう…)


そう思い、私は口を開く。


「テスト、どうだった?」


「うーん、あんまりかな」


そう答える渉。

私たちは、対岸を歩く人を眺めながら話す。


「そっか。私もあんまり…ごめんね。変なタイミングで連絡したから」


「全然。気にしないで。…その、ありがとう。来てくれて」


「うん…」


また、少しの沈黙が過ぎた後、渉はこちらを向いて言った。


「えっと、いいかな。言っても…」


私は頷き、渉の顔を見る。


渉は、一度下を向き、大きく深呼吸してから、また私と目を合わす。


「柏木さん、好きです。付き合ってください!」


渉とは思えないくらいの、はっきりしとした声で、彼はそう言ってくれた。


「はい。私も内田くんのことが好きです。よろしくお願いします」


私がそう言うと、渉は息を止めていたのか、大きなため息をついた。


「はぁ〜よかった…振られると思ってた…」


私は思わず「え!なんで!?」と聞き返す。


「今朝、柏木さんに振られる夢を見たんだ」


思ってもいなかった言葉に、私は思わず笑ってしまう。


「そんなわけないよ〜。おかしい」


そう言うと、渉も笑った。


嬉しくて、幸せで、ちょっと恥ずかしくて。そんな時間が流れていた。


------


そんな時、ふと渉が堤防敷の上の方に目をやったので、私も振り返る。


するとそこには、うちの高校の運動部らしき人たちがいた。川沿いをランニングするのだろう。


私は咄嗟に「やばい、あっちに行こう」と渉を近くの橋の高架下へと誘導する。


(バレー部じゃありませんように…)


そう願うが、こちらからは何の部活かは判別できない。


「見られたかな…」と渉も心配しているようだ。


「わからないけど、多分大丈夫だよ!距離もあるし、私たちが誰かなんかわからないよ」


私は、そうフォローすると、渉は「そうだね。あー、焦った〜」と胸を撫で下ろしている。


なんだか私は、またおかしくなってきて笑ってしまった。


「ふふ。あの人たちがいなくなるまで、もうちょっとここにいようよ」


「うん。そうだね」と渉も笑う。


渉とこうやって、2人きりでゆっくり話すのは初めてだった。


「ねえ、内田くんは、いつから私のこと好きだったの?」


思い切って聞いてみた。


「えっと、かなり初めから…連絡先を聞いてくれたの、嬉しかった」


それを聞いた私は、嬉しくて飛び上がりたい気持ちを抑えながら「そうなんだ!」と返事をする。


「柏木さんは?自分のこと、いつから好きだったの?」


そう聞かれて、私は嬉しかった。もう好きだった気持ちを隠さずに、渉に伝えてもいい。


「えっと、私はね、入学してすぐ廊下で内田くんを見かけた時。すごくカッコいい人がいるって思ったんだ。一目惚れだったんだよ」


私はそう言いながら、渉の表情をうかがう。


「そうなんだ…でも、ずっとマスクしてるのに、顔わからなくない?」


ごもっとも。


「確かに、最初は顔知らなかったんだけどね。実は、内田くんと仲良くなる前、食堂で一度隣の席になったことがあるんだよ。その時に、マスク外してもカッコいいんだって思ったんだ」


「え、そうなの?全然気付かなかった。でも、自分なんて、そんなカッコよくないよ」


渉は、自分に自信がないんだとこの時、初めて気付いたのかもしれない。こんなにも魅力的なのに。


「そんなことないよ!めっっっちゃカッコいいから!」


私がそう言うと、渉は「そうかな…ありがとう…」と照れくさそうに笑う。


そういえば、私は今日やりたいことをひとつ考えていたのだった。


「…そういえばさ、内田くんがよければなんだけど、下の名前で呼んでくれないかな?私も下の名前で呼んでもいい?」


私がそう言うと、渉は少しだけ驚いて答える。


「え…うん。いいよ」

「本当!ありがとう!」


私は深呼吸をしてから、渉の名前を呼ぶ。


「渉!…ふふふ」


恥ずかしくて、嬉しくて、なんだか可笑しかった。私は、渉を「渉」と呼ぶ人を見たことがなかったから、これは私だけの特別。


「ちょっと恥ずかしいんだけど…」


と照れる渉が、本当に可愛い。


「大丈夫、きっとすぐ慣れるよ。ねぇ、私のことも呼んでみて」


そう言うと、渉は控えめに返事をして私を見つめる。


「郁奈」


そう呼ばれた私は、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「…嬉しい!ありがとう!渉。これからよろしくね」


「うん。よろしく、郁奈」


今日から渉は、私の彼氏になった。

今日から私は、渉の彼女になった。

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