ごめん
1学期の期末テストの最終日、私はいつものように仁と2人で帰路についていた。
「テスト、ヤバかったぁ〜」
そう言う仁に「そうだね」と返事をする。
私は、今日、仁に別れを告げると決めていた。
今年の夏は梅雨明けが早く、鳴き始めた蝉の声がいつもよりうるさく思え、仁の話が頭に入ってこない。
「なんか、元気ない?」と聞く仁。
「ううん!テスト疲れちゃって。一夜漬けしたしなぁ〜」
と元気なフリをして誤魔化した。
(今日、言わなきゃ…)
そればかりが頭を巡る。
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少しして、いつものように家に着くが、今日はテストのおかげでまだ昼間。おばあちゃんはパートに出かけていて、いなかった。
シーンとした廊下を通り、私は仁を連れて自分の部屋へ向かう。
ずっと仁と話していたはずなのに、全く何を話したのか覚えていない。
部屋に入ると、2人でテーブルの脇に腰掛ける。
「ねえ、本当にどうしたの?大丈夫?」
私があまりにも上の空なので、仁が心配して声をかけてきた。
「うん。あの、実は話したいことがあって…」
「え?何…?」
私の深刻な表情を見て、仁は不安そうに聞く。
私はしばらく、何も言えないまま、床を見つめていた。
「…」
仁も何かを察したのか、黙って私が口を開くのを待っている。
(黙ったままじゃダメだ。言わなきゃ…)
私は意を決して、仁に伝えた。
「私と別れてほしい」
それを聞いた仁は、「え?」と驚きと他にも何か別のものが混じったような、複雑な顔をして答える。
「別れたいの」
私は追い打ちをかけるようにもう一度言う。
「え?なんで?」
そう聞く仁に、私は渉のことを言えなかった。
「仁のこと、好きかどうかわからなくなって」
それは事実だった。
「え?どうして?俺、なんか嫌なことした?」
そう仁に聞かれると、今まで仁と過ごした時間が蘇ってきた。
仁は、1度も私が嫌がることはしなかった。いつも優しくて、なんでもしてくれて、一緒にいて楽しかった。
そんな仁に、こんな酷い仕打ちをしている自分が、本当に嫌になる。
どうして私は、仁の気持ちに応えられないんだろう。どうして、こんなにも好きでいてくれる人のことを、好きになれないんだろう。
そうやって自分を責めていると、涙が溢れてきた。
「ごめん…ごめんなさい…」
仁は、謝る私の涙を拭いながら「泣かないで」と言う。
どんな時でも優しい。泣きたいのは、仁の方だろうと思ったが、我慢できなかった。
「…内田が関係あるの?」
そう聞かれた私は、本当の事を言うべきではないと思った。
あの時ーー渉とバンドをすることになった時、仁には、渉のことはなんとも思っていないと嘘をついていたし、私が別れを切り出したことに渉が関係していると仁が知れば、渉を恨むかも知れない。
でも、1番は
私と仁が過ごした時間を、あんなに幸せそうだった仁の気持ちを、私がずっと裏切り続けていたなんで、そんな酷いこと伝えられなかった。
私は、最後まで嘘をつこうと思った。
「内田くんは関係ないよ。私が悪いの…」
私が悪い。全部。
「そう…じゃあ、仕方ないね。郁奈は悪くないよ。わかった。友達に戻ろう」
そういって笑う仁の顔は、今にも泣き出しそうだった。