日々
「こっちから見た方がカッコいいね」
郁奈は不意にそう言った。
「え?」と思わず左の頬を撫でながら聞き返す。
「右からより、左からの方が好き」
俺は信じられなくて、もう一度聞き返す。
「本当に?」
「うん」
何でもないように返事をする郁奈。
俺はたまらなく、彼女を抱きしめた。
「え、なに?どうしたの?」
突然の行動に笑いながら答える郁奈に、「なんでもない」と誤魔化した。
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郁奈と付き合い始めてから、本当に毎日が楽しくて仕方がなかった。
朝の「おはよう」も、帰り際の「また明日」も、隣に彼女がいるだけで特別になる。
最初は信じられなかった。フラれると思っていたから。
けれど一緒にといると、そんな疑いも忘れてしまうくらい、俺の日々は彼女でいっぱいだった。
今、目の前に郁奈がいる。
繋いだ手の先に、俺を好きと言ってくれる彼女がいる。
本当に幸せだった。
元々恋愛においては、あまり積極的ではないのか、いろんなことが俺主導で動いていた。でも、それに郁奈が答えてくれるのが嬉しかった。
それに、それでこそ、たまに郁奈の方から甘えたりされると、たまらなく嬉しかった。
「守りたい」とかそんな言葉よりもずっと単純で、ただ「好き」だと思えた。
ただ。
2人でいる時は、郁奈がふと切なそうな顔をすることがある。
笑っているのに、どこか遠くを見ているような。
俺じゃない誰かを思っているんじゃないか、と考えてしまう。
(もしかして…内田のことを?)
つい、そう考えずにはいられなかった。
けれど、それを認めるのは怖すぎて。
考え始めると、胸が苦しくてどうしようもなくなるから、なるべく考えないようにしていた。
ただ、俺を見て笑ってくれる、その瞬間が本当に好きだった。
将来のことなんてよくわからないけど、今は郁奈とただずっと一緒にいたいと思った。
郁奈は、最初は内田に気があったかもしれない。でも、彼女が選んだのは俺だった。
その事実が、何よりの救いであり、誇りだった。
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だから。
だからこそ言葉は俺にとって特別だった。
ずっと、このアザのせいで自分を好きになる人なんていないと思ってきた。こんな醜い自分なんて。
だから。
その言葉は信じられないくらい嬉しかった。
泣き出しそうになるのを必死で堪えたのを覚えている。
だから。
俺は郁奈の言葉を信じることにした。
郁奈の隣にいられる、この幸せを。
だから。
なんでもいいから、そばにいて欲しかった。