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初恋が終わるまで  作者: 生ハム
高一編
3/43

名前

「ねえ郁奈、今から、軽音部の説明会あるんでしょ?行くんだよね?」


夕方のホームルームが終わってすぐ、真美が座っている私の顔を、机越しに覗き込んできた。

彼女は本当に人懐っこくて、誰とでもすぐに打ち解ける。私にとってはありがたい。


「うん、行ってみようと思ってる。……ギターとか、やってみたいし」

「いいじゃん。私もついていってあげようか?」


「いやいや、真美はバスケ部のマネージャー狙いでしょ?」

横からあやかが突っ込みを入れる。


「そうだけど!友達の付き添いも大事でしょ?イケメンがいるかも知れないし」

「やっぱり」


他人事はずなのに、何だかウキウキの真美を見て薄々気が付いていたが、やはりそうだった。でも、1人は不安なので、結局ついてきてもらうことにした。


------


説明会は普段使っている部室ではなく、空き教室での開催だった。中にはすでに何人かの新入生が緊張した様子で座っていて、説明会の準備をする数人の上級生と先生の会話との差がアンバランスで、何だか居心地が悪かった。


「ここ、座ろっか」

真美が郁奈の腕を引き、前の方の席に腰を下ろす。


そわそわと視線を巡らせたていると、窓際に、柔らかい黒髪の男子が座っていた。少し猫背で、顔の下半分を白いマスクで隠している。


(あ……)


数日前、あの男の子だ。制服の裾を握りしめてしまった自分を思い出し、胸の奥がじわじわと熱くなる。


『ねぇねぇ、あの人、例のマスクくんだよね?』


真美が小声で言う。


『うん…』

『同じ部活!?やっば!テンション上がる』


はしゃぐ真美に『お願いだから黙って』と小声で伝える。


『面白くなってきた〜!』


(面白くないわ…!)


「今から軽音部の説明会を始めます。説明を聞いて、入部したいと思った人は、この後残って、入部届を提出してください」


部長らしき3年生が言った。

城南高校の軽音部は、現在3年生2名、2年生3名の合計5名の部活らしい。これから、3年生は受験勉強に専念するので、ほとんど1,2年生のみの活動になるそうだ。


(それに比べて…)

今、席についている1年生は、ざっと30人ほど。多くないか?こんなに名前、覚えられないよ…何だかちょっと不安になってきた。


活動は、月水木曜日の週3日。他の日は、同じ部室を別の部活が使うらしい。まあ、文化部なんてこんなもんか。


------


説明がひと通り終わり、部長がさらに仕切っていく。


「では、入部希望の人だけ残ってください。後から入りたくなってもいいので、いつでも入部してね〜」


そう言われて、何人か…いや半分くらいの生徒が席を立ち、教室から出ていった。


(え…みんな入らないの…)


私は、あの彼の方に目をやった。


(座ってる!)


部長の指示に従い、順番に名前と希望パートを言っていく。


「佐藤です。ギターやりたいです」

「田村です。ドラム希望です」


名前が並んでいくたびに、心臓の鼓動が大きくなる。


そして。


「……内田渉。ギター……です」


声変わりしきっていない。短い言葉。

でも、その響きは郁奈の胸にくっきり刻まれた。


(うちだ……わたる……)


初めて知った名前を、頭の中で何度も反芻する。


(うちだわたる、うちだわたる、うちだわたる!)


気づけば、郁奈は無意識に彼を凝視していた。渉は机を指先でとん、とん、と叩いている。誰も気に留めない仕草。けれど私には、目を逸らせない光景だった。


「次」

部長の声で現実に引き戻される。


(やば……私の番!)


「柏木郁奈です!ギターをやりたひです!」


不自然に大きな声が出た。噛んだし。恥ずかしい。

チラッと渉を見たが、気にも止めてないようだった。助かったと思った反面、なんだか残念だった。

真美が横でニヤニヤしながら「いいじゃん」と囁く。けれど郁奈の耳には、その言葉よりも「うちだわたる」という名前だけが強く残っていた。


(忘れないように早くメモしないと!)


席に着いた私は、すぐさまスマホのメモ帳に「うちだわたる」と書き込んだ。

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