復帰
バレンタインの翌週、渉が学校に戻ってきた。
昇降口で靴を履き替えているとき、向こうの廊下を歩く背中に気づく。
「……あ」
振り返った渉と一瞬目が合った。
けれど彼はすぐに視線を逸らし、そのまま自分のクラスの方へ歩いていった。
「戻ってきたね」
隣で真美が小声で言う。
私は頷いた。胸の奥に、ほっとしたような、言い表せない感情が広がっていく。
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放課後。
私と真美は、渉の教室へ向かった。
ホームルームが終わったばかりで、教室にはまだ数人の生徒が残っていた。
扉の前で足を止めると、真美が「行こ」と小さく囁く。
扉を開けると、駿の横に渉の姿があった。
「駿!うっちー!」
真美が呼びかけると、駿が手を振り、渉が顔を上げた。
一瞬驚いたようにこちらを見て、ゆっくり立ち上がる。
「これ、この前の誕生日に渡そうと思ってたんだけど……」
私は小さな紙袋を差し出した。中には、あの日買ったチョコレート。
真美も「おめでと、うっちー!」と明るく笑い、クッキーを渡す。
渉は少し視線を落としたまま、黙って袋を受け取った。
「……ありがとうね」
いつものように静かに笑うその顔に、胸が温かくなる。
私は、以前よりは緊張していなかった。ただ普通に、友達として会話できている。それが、嬉しかった。
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その夜。
宿題をしていた私のスマホが、不意に震えた。
画面に表示された名前は「内田渉」。
「……え?」
驚いてすぐに開く。
『心配かけてごめん。知ってると思うけど、実は悪いことをして警察に捕まって。もう反省したから、2度としないよ。ありがとう』
今まではほとんどなかった、渉が自分から話す自分の事。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
私は急いで返信した。
「ううん、全然! 無事に学校に戻って来れてよかったね」
それ以上の返事は来なかったけれど、初めて自分から気持ちを打ち明けてくれたことが、何よりも嬉しかった。