チョコレート
3学期に入って、冬の空気がまだ肌に刺さるような朝。
あれから変わらず、郁奈の毎日は、仁との穏やかな時間に彩られていた。
一緒に下校したり、休日は出かけたりした。
クリスマスも、いつものように家に遊びに来てくれた仁と2人で、私が作ったケーキを食べたり、ちょっとした文房具なんかのプレゼント交換をしたりした。仁の喜んだ顔を思い出すと私も自然と笑顔になった。
でもーー心は満たされていたはずなのに、ふとした瞬間に脳裏をよぎるのは渉の姿だった。
(そういえば……もうすぐ内田くんの誕生日だ)
頭に浮かんだ瞬間、胸の奥がざわつく。
「普通に、友達だし」と心の中で言い訳しながら、真美に少しだけ話をしてみた。
「ねえ、内田くんって来週誕生日だよね。今週末、バレンタインの買い物行く時に、ついでにお菓子とか買ってあげない?」
「いいじゃん。私もうっちーに何かあげよ〜!」
こうして渉の誕生日の当日、真美と2人で誕生プレゼントのお菓子を渡すことになった。
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「これ、美味しそうじゃない?」
真美が指差す。
ちょうど2月に入ったばかりで、お菓子売り場には、綺麗に包装されたチョコレートが並んでいた。
「自分用に買おっと!」
そういう真美が持つ買い物カゴには、駿に渡す手作りチョコレートの材料が入っていた。
「また太るよ〜」
私は笑いながらそう言う。
(バレンタインデー、だもんね…)
「私も仁には市販じゃなくて、何か作って渡そうかな!」
私はそう言いながら、調理用のチョコレートを手に取る。
(内田くんには…)
手作りなんて渡せない。だって、私は仁の彼女なんだから。
そう思い、パーティーパックのお菓子に目をやった。
(クラスの男子みんなにあげる義理チョコ。そうだよ。義理チョコ義理チョコ)
結局私は、そのパーティーパックの一口チョコレートを購入した。
裏にメッセージを書くスペースがあるその袋のひとつに「誕生日おめでとう」と書き込んだ。
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ところが、誕生日当日、
「……あれ、今日うっちーいなくない?」
そういえば、今週に入って渉の姿を見ていなかった。
「なんか、怪しいな…」
「なにかありそう」と真美が呟いた。
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結局いつもの通り、すぐに真美は駿から事情を聞き出してくれた。
「うっちーね……先輩にそそのかされて、バイク盗んで捕まったんだって」
「え……」
まただ。
(まだ、不良の友達と……つるんでたんだ……)
あの一件があって、もう中学の友達とは縁を切ったのかと思っていた。
そして、学校内にも、密かに噂が広まっていく。
「5組の子が警察に捕まったらしい」
「自宅謹慎だって」
「少年院に入ってるんじゃないの?」
「中学でも不良だったらしいよ」
「タバコとか吸ってるんだって」
あることないことが廊下の片隅で飛び交っていた。
さすがの真美も気まずそうに、他人が語るそんな噂を聞いていた。
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バレンタインデー当日。
いつものように郁奈の家に遊びにきた仁に、昨日作ったチョコレートを渡す。
「うっわ!美味しそう!サンキュー!ねえ、今ひとつ食べてもいい?」
嬉しそうにはしゃぐ仁に「まだ余ってるのもあるから、食べたいならあげるよ」と言う。
勉強机の上に置いてある、渉に渡すはずだったチョコレートが目に入る。
(内田くんが、学校に帰ってきたら渡そう)
そう思いながら、チョコレートを頬張る仁を眺めていた。