はじめて
仁と付き合うようになってから、毎日が少しずつ変わっていった。
最初の変化は――呼び方だった。
「ねえ、もう名前で呼んでもいい?俺も仁って呼んでほしい」
付き合うことになってすぐ、そう言われた。
(仁、か……)
口に出して呼んでみると、仁が嬉しそうに笑う。
「じゃあ俺も、郁奈って呼ぶね」
それは今までより少し近くなった距離の証みたいだった。
そして、真美とあやか、それから茉莉とほのに報告した。
「えーー!ほんとに!?」
「キャー!郁奈が彼氏できたー!」
案の定、みんなは大騒ぎになった。
恥ずかしかったけれど、嬉しそうに祝福してくれるその声が、胸の奥をじんわり温めた。
仁も、私たちの関係を隠す気は全くないようで、廊下で会うと普通に話しかけてきたり、一緒に下校したりした。
だから、すぐにクラスや学年の噂として広まっていった。
(きっと……内田くんの耳にも入ってるよね)
そう思うと、少し胸がざわついた。
けれど今は、仁と向き合わなきゃいけない――そう自分に言い聞かせ、心の奥で渉のことにフタをした。
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ある休日。仁が私の家に遊びに来ることになった。
玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると、仁が手土産を持って立っていた。
「お邪魔します!初めまして!塩崎仁といいます!」
一緒に迎えたおばあちゃんに、名前を名乗り、丁寧に頭を下げる仁。
持ってきた手土産をを渡されたおばあちゃんは「まあまあ、わざわざありがとうね」と、受け取りながら目を細め、「しっかりした子ね」と何度も頷いていた。
「本当におばあちゃんですか?若い!」
「すごく優しそうなおばあちゃんだね」
そう言ってくれる仁に、おばあちゃんも私も照れながら、少し誇らしくなった。
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仁が家に来た時は、ほとんど私の部屋で過ごした。
最初はいつも通り、お喋りやゲーム。ときどき宿題や勉強をしたりもして、時間が過ぎるのはあっという間だった。
帰り際になると、仁は必ず私を優しく抱きしめてから部屋を出た。
最初は緊張して体が固まったけれど、だんだんその抱擁が心地よく感じられるようになっていった。
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ある日。
いつものように抱きしめられたあと、仁が真剣な顔で私を見つめた。
「ねえ……キス、してもいい?」
心臓が一気に跳ね上がる。
いつかこの時がくることは、わかっていた。
でも――頭の片隅には、どうしても渉の顔が浮かんでしまう。
(ダメだ…今は仁がいるんだ)
ほんの一瞬だけ迷ったあと、小さく頷いた。
仁がそっと顔を近づけてくる。
唇が触れ合った瞬間、体が熱くなって、息が止まった。
それが、私にとって初めてのキスだった。
幸せそうな仁の顔を見ると、何だか悲しい気持ちになった。
(私のことをこんなにも思ってくれてるのに…)
渉がよかった、そう思ってしまった。仁を見送ったあと、少しだけ1人で泣いた。