仁
「好きな人とかいるの?」
俺は気になっていたことをちゃんと確認しておきたかった。
「え、えっと…」
困った顔で言葉を詰まらせる郁奈。
数秒間の沈黙を俺は待つしかできなかった。
「カッコいいと思ってる人なら、いるよ」
それは、誰だろう。
アイツだろうか。
それとも、
「誰?」
そんな訳はないと言い聞かせながらも、俺は聞かずにはいられなかった。
「……5組の内田くん」
思った通りだった。
どうして俺は、こんな分かりきったことを聞いてしまったんだろう。
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初めて見たのは、入学してすぐだった。先輩があやかの紹介で、いらない楽器を譲るとかで。
何回も深々とお辞儀をする姿を見て、すごく良い子なんだと思った。それに、
控えめな二重と大きな黒目が、とても可愛かった。
どうにか声をかけたが、あやかに軽くあしらわれて話すこともできなかった。
名前だけでもと、あやかに懇願して教えてもらったが、あの子は柏木郁奈というらしい。
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それから、数日。
バレー部の友達が、7組に可愛い子がいるというので、一緒に覗きに行くことにした。
7組はあやかのクラスで、郁奈もいるクラスだった。
俺は、郁奈に会えるかもしれないと期待して、教室の前までやってきた。
「どの子?」
「ほら、あの子だって」
友達は、お目当ての子を指さしながら「ホントだ!めっちゃ可愛いじゃん!」などと騒いでいる。
確かに、小柄で華奢、綺麗な二重で優しく笑うその子も可愛いと言えば可愛かった。
でも
(柏木さんは、いないのかな)
教室を見渡すと、椅子に腰掛けるあやかの隣に、郁奈がいた。
(…!いた…!)
俺は胸が弾んだ。
それと同時に、あやかの声が飛ぶ。
「ちょっと!あんたたち、何してんの?」
「やば!」「バレた!」と慌てる俺たちは、あやかに追い払われ、仕方なく帰ることにした。
「ちょっとしか見れなかったじゃねーか」
「でも、本当に可愛かったな」
などと話しながら、元来た廊下に戻る友達たち。
俺は、(もうちょっとだけ…)と、もう一度少しだけ教室を覗いてみた。
すると、さっきまで俯いていた郁奈がらこちらを見ており、一瞬目が合った。
この間は、少し距離があったし、何だか初めて目が合ったみたいで、ドキッとした。
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それから数日間、どうしても郁奈と接点を持ちたかった俺は、あやかに何度も断られながらも、郁奈の連絡先を手に入れた。
(やった!これで話せる!)
俺はウキウキしながら、部活終わりの下校のバスの中で、早速メッセージを送った。
すぐに返事が来たので、俺はバスの中でずっと、スマホの画面に釘付けだった。
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ある日、気になっていたことをあやかに聞いてみた。
「柏木さんって、彼氏いるの?」
あやかは少し考え込んだ後に
「好きな人はいるってさ」
と答えた。
ショックだった。
だって、俺のはずがなかったから。
まだ郁奈と連絡先を交換してから数日だし、一度も直接話したことがない。
「誰?どんなやつ?何組?」
俺は前のめりになって聞く。
「うざ。5組の内田くんだよ。いつもマスクしてる人いるでしょ?」
5組、内田、マスク…
(ああ、アイツか)
このクソ暑いのに、マスクをしてる奴がいるのは知っていた。
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それから、内田を見かけるたびに、色々と観察をしていた。
(…そんなにカッコいいか?)
というか、インキャっぽくて、どっちかというとモテそうにない。グループでいる時も、端の方であまり喋ってる風でもない。背は俺より高いけど、猫背だし、細くて色白だし、ナヨナヨしている。そのクセに、ちょっと腰パンでイキってる感じがして、癪に障る。
(俺は、コイツに負けてるのか…)
純粋な嫉妬だった。
でも、学校で内田と郁奈が話しているところを見かけたことはない。同じ軽音部らしいけど、内田はいつも授業が終わるとすぐに帰っているようだったので、部活には顔を出していないのだろう。
(仲が良いわけじゃないのか…?)
それなら俺にも、と自分を奮い立たせていた。
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それから、郁奈とはずっとメッセージのやり取りをしていた。
部活終わりにあやかやみんなと一緒に、少しずつ話す機会があったり。夏祭りは断られたけど、あれは少し時期が早かっただけ。体育祭でも、応援してくれたり、郁奈が怪我した時には、少しだけ2人で話すこともできた。
(今ならいけるかもしれない…!)
そう思って、思い切って図書室でのテスト勉強に誘ってみた。数学が苦手らしい。
断られるかとも思ったが、答えはOK。これで初めてじっくりと2人で過ごす時間が作れる。
俺はチャンスを逃さないように、数学だけ猛勉強した。
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「へ〜、そうなんだ!内田くんか〜、見たことあるよ。確かにカッコいいよね〜!」
全然思ってなかったが、そう言うしかなかった。
自分がいたたまれなくなり、急いで帰路に着く。
正直、メッセージのやり取りも良い感じだし、今日も来てくれたので、少し希望を抱いていた。
(今のままじゃ、ダメなのかもしれない…)
俺は、これからのことについて考えていた。