勉強
2学期が始まって最初の中間テストが近づいてきた。
授業の空気もどこか張りつめ、放課後の教室にもノートを広げる生徒の姿がちらほら見える。
そんなある日、仁とメッセージを交換していて、苦手教科の話になった。
『数学苦手なんだ。じゃあさ、今度の放課後、図書室で一緒に勉強しない?』
『えっ、ほんとに?』
思わず聞き返してしまう。
『うん。俺、今回の数学の範囲、結構得意なんだ!一人でやるより集中できるし、分からないとこあったら教えられると思って』
突然の誘いに胸がざわついた。
仁と2人きりになるなんて、今までなかったこと。
少し迷ったけれど、私は仁のことをもう少し知りたいと思っていた。
『ありがとう。よろしくね』
と返した。
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放課後。
図書室の窓からは、少し赤みがかった秋の夕日が差し込んでいる。もうだいぶ日が短くなっていた。
静かな空気の中で仁と並んで座り、ノートを広げた。
「ここ、公式覚えてる?」
「えっと……あ、忘れてた」
仁はさらりと説明してくれて、分からない問題にも丁寧に付き合ってくれる。
問題集を指差す手は、屋内競技のバレー選手の割には日に焼けて黒く、ゴツゴツとしていて、いかにも「男の子」という感じだった。
(背は高い方じゃないのに、大きい手…)
そんなことを考えていると「柏木さん?大丈夫?」と仁から声をかけられた。
私の顔を覗き込む仁の瞳はぱっちりと大きく、長いまつ毛が印象的な優しい垂れ目で、笑った時に見える八重歯が、幼い印象を受ける。
「あ、ごめん!ここ!ここの説明から分からなくなって…」
なんとか誤魔化して、もう一度説明を聞く。
その穏やかな声を聞いていると、いつの間にか緊張も薄らいでいった。
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勉強がひと段落した私たちは、図書室を後にして、玄関に腰掛け、軽く雑談をしていた。仁の方から色々と話題を振ってくれるので、話しやすい。
それと、
今まで気にしたことがなかったけど、近くで見ると、仁の左の首筋には大きな赤いアザがあった。
私は何となく気になって、聞いてみた。
「そのアザって、どうしたの?」
すると、仁は一瞬驚いてから、少し困ったような顔をして応えた。
「ああ、これね。母斑?って言うんだって。生まれつきなんだ。昔はもっと顔の方まであって、治療もしてたんだけど、今はやめちゃってさ」
「そうなんだ」と返事をする私に仁は、
「それよりさ!」
少し声を大きくして
「柏木さんって、好きな人とかいるの?」
と尋ねてきた。
「……!」
心臓が跳ねた。
突然すぎて、言葉が詰まる。
(どうしよう……)
どうやって答えたらいいのかわからなかった。
(私は内田くんのことが好きで、でも、片思いで、仁くんは…たぶん、私のこと…でもでも)
迷った末に、私は小さな声で答えた。
「……カッコいいなって思う人なら、いるよ」
「そうなんだ。誰?」
(えぇ〜、聞いてくるのそれ…)
少し不安そうに、私の顔を見つめる仁。
私は小さな声で言った。
「5組の内田くん…」
嘘はつきたくなかった。
悲しませるかと思ったが仁は
「へ〜、そうなんだ!内田くんか〜、見たことあるよ。確かにカッコいいよね〜!」
と笑って言った。
(もしかして、あやかから聞いて知ってた?)
きっとそうだろうと思った。
「じゃあ、もう遅いし帰ろうか!俺、バス停こっちだから!テスト頑張ろう!またねっ」
そう言って、元気に走っていく後ろ姿を見ながら、胸がきゅっと痛んだ。
(ごめん……でも、変に期待させてもいけないし…)
自分にそう言い聞かせながらも、仁を傷つけたかもしれない罪悪感が心に残った。
10月の夜空は、カーディガン1枚じゃ少し肌寒かった。