補泳
翌週。
渉の小指の包帯は、もう取れていた。
(あ…)
廊下ですれ違ったとき、ちらりと左手に目がいってしまう。久しぶりに見る渉の小指は、ほんの少しだけ曲がっていた。
(綺麗な指だったのに…)
胸が痛んだ。
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「ねえねえ郁奈」
休み時間、真美が声をかけてきた。
「うっちー、先週怪我で水泳休んだから、今週末の放課後の補泳、出るんだって」
「補泳…?」
「授業に出られなかった人が、あとから泳ぐやつ。本当に話聞いてないじゃん。男女合同だよ」
(内田くんの!水着姿…!)
胸がドキンと跳ねた。
(補泳に行けば、見られるんだ…)
でも、そのためには私もプールの授業をずる休みして、わざと補泳に参加しなきゃいけない。
「どうする?ちょうど私は今週の水泳休まなきゃだし、一緒にサボっちゃう?」
真美が悪戯っぽく笑う。
(でも…ずる休みってなんだか…ダメな気がする…)
しばらく迷ったけれど、私は結局「やめとく」と首を振った。
「えー!もったいない!バレないよ!」
口を尖らせて真美が言う。
まじめな性分が勝ってしまった。
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月曜日の朝。
1限目の移動教室に向かおうとすると、真美がにやにやしながら近づいてきた。
「補泳、やっぱりうっちー来てたよ」
「そ、そうなんだ」
私は、興味を抑えながら言う。
「普通に泳いでた。もう治ったみたいだね。うっちーの水着姿、写真に撮って郁奈に送ってあげたかったよ〜」
カメラのレンズを覗き込むような仕草をしながら言う真美に「……元気ならよかった」とだけ返した。
やっぱり、あのときサボってでも行けばよかった。
(私って、ほんとに…バカだな)
教室の天井眺めながら、そんなふうに後悔していた。