アプローチ
それから、私は渉と少し気まずくなってしまった。
それに加えて、最近渉たちのバンドは、めっきり部活に顔を出さなくなっていた。
「こうやってみんな、幽霊部員になっていくんだよ…」
部長が遠い目をして言っていたのを思い出す。
まあ、部室が広々使えて練習しやすいからいいんだけどね。
一緒に練習する、茉莉とほのを眺めがら思う。
それにしても、
(私ばっかり意識しすぎなのかな…)
そんなふうに悩んでいるうちに、渉とのメッセージのやりとりもなくなり、私は毎日、廊下で渉を見かけては、眺めるだけになっていた。
------
「そういえばさ、郁奈」
昼休み。隣に座ったあやかが、何気なく切り出した。
「バレー部のやつに、郁奈と連絡先交換したいって言ってる人がいるんだけど…」
「えっ?」
意外すぎる話に、思わず聞き返した。
「誰だと思う?」と、真美が私に聞いてくる。どうやら、真美も事情を知っているらしい。同じ体育館で部活をしているので、面識があるようだ。
「4組の仁ってやつ。ほら、この前ベースもらった時、手ぇ振ってた男子いたでしょ?あれ」
(……え、あの時の?)
確かにそのことは覚えていたけど、顔までは全然印象に残っていなかった。
「郁奈、ああいうの苦手かと思って、ずっと断ってたんだけど、本当にしつこくてさ。嫌だったら断っていいよ」
そう優しく言うあやかに対して、「で、どうするの?交換するの?」と真美が捲し立ててきた。
「え〜…」
一瞬迷った。けれど、渉との進展は期待できないまま。
(ちょっとくらい…いいのかな)
そう思って、私は小さく頷いた。
------
後日。
夕飯が終わって、ゆっくりしている私に、初めて仁からのメッセージが届いた。
『はじめまして!仁です!突然連絡先聞いてごめん!これからよろしく!』
(わぁ…元気な感じだ)
なんだか眩しい。
「全然大丈夫だよ。こちらこそよろしくね」
そう送ると、すぐに
「ありがとう!」
「柏木さんって、軽音部なんだよね?俺もツーオクとか好きなんだ。柏木さんはどんな音楽聴くの?」
と立て続けにメッセージが来た。
(ツーオク…)
ツーオクは渉の好きなバンドだった。それを知ってから私も結構聞いてるし、好きといえば好きだったので
「ツーオク、私も好きだよ。蜃気楼とか」
「え!そうなんだ!蜃気楼良い曲だよね。俺は未完全列車とか!」
仁の返事のペースは早くて、会話も結構楽しい。
(内田くんと全然違う…)
そんなことを思いながらも、仁とのやり取りは絶え間なく続いた。
------
数日後の部活。
私はふとした拍子に、茉莉とほのが仁と同じクラスだった事を思い出し
「ねぇ、仁くんってどんな人?」
と聞いてみた。
5〜7組は、体育の授業が合同になっていて接点があるものの、4組とは全く接点がなく、仁の普段の顔について私は何も知らなかったのだ。
すると2人は顔を見合わせて、同時に笑った。
「仁くん?めっちゃお調子者だよ」
「そうそう!イケメンって感じじゃないけど、明るいし元気だし、誰とでも仲良くできるタイプ!」
口を揃えてそんなふうに言う。
(やっぱりそうなんだ)
スマホ越しに感じた印象そのままの評判に、なんだか安心した。
「それがどうかしたの?」と、ほのが不思議そうに聞いてきたので「最近連絡先を聞かれて…」と事情を説明した。
「そうなんだ!」とテンションが上がった茉莉を見て、私は少しこそばゆい気持ちになる。
こうして私は、仁に対してほんの少しだけ、好印象を抱き始めていた。