下校
瑠夏のことを知ってから、私は心の中に小さな影を抱えるようになった。
渉とはメッセージを続けているけれど、部活や教室で少し会話を交わすくらいで、それ以上の進展はない。
(何かもっと…)
焦る気持ちが日に日に膨らんでいた。
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ある日。
私は思い切って、真美とあやかに打ち明けた。
「私…うっちーと全然進展してる気がしなくて…瑠夏ちゃんのこともあるし、不安で…」
「えー?進展してんじゃん。LINEだって続いてるし、話もできてるんでしょ?」
真美が言う。あやかも「うんうん」と頷いていた。
正直、頻繁にメッセージのやり取りをしているわけじゃない。もう私からの質問もネタ切れだった。
「でも、それだけで…」
口ごもる私を見て、真美はニヤッと笑った。
「じゃあさ、今度うっちーと一緒に帰ればいいじゃん!」
「えっ!?そ、そんなの無理だよ!」
「無理じゃないって。私と駿に任せて!」
また駿を巻き込もうとしてる…。でも、内心はちょっと期待してしまった。
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翌日。
「郁奈!例の件!約束取り付けたよ!」
朝の教室で、真美が胸を張った。
「駿がうっちーに話つけてくれてさ、今日一緒に帰る約束になってるから!」
「えぇぇ!?ほんとに!?」
心臓が跳ねた。
「だから郁奈は、放課後、教室で待ってればいいんだよ」
真美はウィンクして、私の肩をポンと叩く。
(本当に、内田くんと私が一緒に…?)
昨日の何気ない一言からの急展開で、私はまだ信じられなかった。
(真美のことだから、本当は嫌がってる内田くんを強引に説得したんじゃ…)
そんなことを考えていると授業にも集中できず、上の空で放課後まで過ごした。
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夕方のホームルームが終わり、私はカバンの取っ手を握りしめて待っていた。
(どうしよう、何話そう…内田くんも自転車通学だったよね…2人で並走?それだとすぐ家に着いちゃうし、あんまりお喋りできないよね。歩きながら帰る?だとしたら…)
自分と渉が2人で帰る姿をシュミレーションしながら、グルグルと考えている。
でも。
どれだけ待っても、渉は来なかった。
「おっかしいなぁ。ちょっと5組見てくる!」
「緊張してるだろうから」と一緒に待ってくれていた真美が、教室を出ていく。
(5組のホームルームが長引いてるのかな?それとも、何か係りの仕事があって…)
そんなことを考えていると、
「ごめん、郁奈…」
教室に戻ってきた真美が、申し訳なさそうに言った。
「うっちー、先に帰っちゃったみたい」
「え……」
頭の中が真っ白になる。
カバンを持つ手が震えていた。
(え?なんで?やっぱり、真美と駿が強引だったから?本当は嫌だったんじゃない?)
さっきとは違う大きな不安が、大量に頭を駆け巡る。
「うっちー、意味わかんない!どうして先に帰っちゃうの!?郁奈、待ってたのに!」
呆然とする私とは対照的に、真美が語気を強めている。
結局その日、私は1人で下校した。
昨夜の大雨は、昼頃にはすっかり止んで、アスファルトは既に乾いていた。夏に向けて強くなった日差しが、青々とした木の葉を照らし、生ぬるい風が吹く。
(普通こういう時に降るもんでしょ)
そう思いながら涙を拭った。
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夜。
スマホの通知が鳴る。
渉からのメッセージだった。
『今日はごめん。恥ずかしくて、先に帰っちゃった』
(え…?)
拍子抜けするような理由に、怒る気にもなれなかった。
(どういうこと?恥ずかしくて…?)
私に会うのが恥ずかしい?それって意識してくれてるってこと?でも、先に帰っちゃうくらい嫌だったんじゃないの?
分からない事が多すぎる。
私は震える指で返事を打った。
『大丈夫だよ。また今度、一緒に帰ろうね』
それしか言えなかった。
(きっと、私たちには早すぎたんだよ。もう少し距離を縮めてから、今度はちゃんと2人で約束をしよう)
そう誓って布団に入ったものの、寝付くまで涙は止まらなかった。