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第297話 『仲間を信じて』

 左腕の痛みに顔をゆがめ、ドロノキは涙を流しながらうめく。


「うぐぐ……痛いよぉ……熱いよぉ……」


 ドロノキの左腕の大砲は見るも無残に破裂して使い物にならなくなり、炎が消えた今もブスブスとけむりを上げている。

 その状況でもドロノキは立ち上がってきたのだ。

 まだ生きていることさえ信じがたいというのに。

 ネルがさすがに顔をしかめる。


「一体何なんだ? あのバケモンは。随分ずいぶんと派手に暴れている奴がいると思ったが、まるで改造人間だな」

「あいつを……倒さないと」


 そう言うとプリシラは皆に目を向ける。


「みんな。そこに倒れているジュードを安全な場所に逃がしてあげて。アタシはあいつを倒すから」


 そう言って長剣のつかに手をかけるプリシラだが、エリカはそんな彼女の肩に手を置いた。


「あの男はアタシ達に任せて、プリシラはエミル様の後を追って」

「え? ダ、ダメよ。そんなの。あいつは連射できる銃を装備しているし、かなり強いのよ?」


 そう言っている間にもドロノキは新たな弾倉を装填そうてんするべく木箱を開けている。

 それを見たネルはいち早く動き、ドロノキに向かって突進した。

 ネルは手にした弓に矢をつがえてそれでドロノキの頭を次々と射ていく。


「オラオラーッ! そんな鉄仮面で顔を隠してんじゃねえぞ! 恥ずかしがり屋かオマエは!」


 矢で鉄仮面は貫けないが、ネルの鋭い射撃を連続で受けてドロノキの頭が揺れる。

 ドロノキはそれに苛立いらだってネルをにらみつけた。

 そんなドロノキをネルは口汚くののしる。


「おい! オマエ! デカい図体ずうたいして銃がなきゃ戦えないのか! 腰抜け! 臆病者!」


 ネルのその言葉にドロノキは怒り、足で地面を踏み鳴らす。


「俺は! 腰抜けじゃないぞ!  臆病者じゃないぞ! おまえ! 嫌な奴!」

「どうだかな。その棍棒こんぼうだけじゃ相手を倒せないから、銃に頼っているんだろ? 弱い奴でも銃を持てば強くなるもんな」

「よ、弱くないぞ! 俺は! 俺はぁぁ!」


 怒りにえるドロノキは弾倉の入った工具箱をり飛ばすと、右手で鉄棍てっこんを拾い上げる。

 そしてネルを叩きつぶそうと突進してきた。


「俺、銃なくても強い! おまえの頭なんかたまごみたいにつぶしてやるぅぅぅ!」


 ドロノキは重量のある鉄棍てっこんを軽々と振り上げると、すさまじい速度で振り下ろした。

 ネルはギリギリのところでそれを避けると、プリシラに向けて叫ぶ。


「プリシラ! さっさと行け! こんな奴はアタシたちだけで十分なんだよ!」


 ネルの言葉に同調し、エリカもハリエットも声を上げる。


「プリシラ。アタシたちを信じて。絶対にこんなところで死んだりしないから」

「そうよ。アタシたちがチャチャッと倒しておくから。あなたはエミル様を助けてあげて」


 2人はネルに加勢するべくそれぞれの武器を手に駆け出した。

 そんな2人の姿にプリシラは困惑する。


「エリカ……ハリエット……」


 彼女たちの強さを知らないわけではない。

 むしろここに駆け付けてくれた友たちは同世代の中では抜きん出て強いくらいだ。

 それでも相手はあのドロノキだ。

 

 今は弾切れで銃は撃てないようだが、体のどこかに弾倉を隠していてもおかしくはない。

 常識の通用しない相手に仲間たちが不意を突かれて危険にさらされるのは怖かった。

 だが、迷いの色をその表情ににじませるプリシラの肩にエステルが手を置く。


「ジュードさんのことはアタシが守りますのでご安心を。プリシラ。行って下さい」


 そう言うエステルの背後ではオリアーナがかべの近くへと歩み寄っていく。

 そして彼女はかべに背を向けると両手を組んで腰を低く落とし、プリシラをじっと見つめた。

 無口なオリアーナだが、その揺るぎない目が雄弁に語っている。

 ここは任せてプリシラは行け、と。


「オリアーナ……」


 プリシラの後方ではネル、エリカ、ハリエットがドロノキとの戦闘を繰り広げていた。

 3人とも俊敏な動きでドロノキの攻撃をかわしていた。

 最初に出会った頃とは段違いに連携れんけいも取れている。

 あのネルでさえエリカやハリエットと息を合わせていた。


(そうか……ここまで来るのだってたくさんの困難があったはず。それを乗り越えてきた皆は前よりもさらに強くなっている。それに仲間同士であんなにも助け合えるんだ)


 プリシラはきずなを深めた仲間たちの姿を見て決意を固める。

 

「……分かった。ここは任せるわ。エステル。ジュードのことお願いね」


 エステルにそう言うとプリシラは落ちている矢筒やづつと短弓を拾い上げる。

 ジャスティーナから預かっている物だ。

 それを身に着けながら後方で戦っている3人にも声をかける。


「みんな! 絶対に死なないで! 生きてまた会うわよ!」 


 その言葉にエリカたちは手を上げて答える。

 それを見たプリシラはオリアーナに向かって駆け出した。

 そしてオリアーナが組んだ両手の上に勢いよく右足を乗せる。

 オリアーナはその腕力で思い切りプリシラを上に押し上げた。


 それに合わせてプリシラ自慢の脚力で大きく飛び上がる。

 すると4メートルはあろうかという壁の上の通路まで軽々と到達し、プリシラは着地した。

 プリシラはすぐに塀の上の通路からオリアーナに声をかけた。


「オリアーナ! ありがとう! 自慢の力で皆を助けてあげて!」


 オリアーナはプリシラを見上げるとだまって親指を突き立てた。

 プリシラはそんな彼女にうなづくともう一度広場を見渡した。

 仲間たちが果敢かかんにドロノキと戦っている姿をその目に焼き付けるために。


 5人は危険を承知でここまで助けに来てくれた。

 その5人がここで命を落とすようなら、それは自分の責任だ。

 そのことをきもめいじながらプリシラは通路の上を駆け出した。

 エミルを連れ去ったシャクナゲらを追って。


 ☆☆☆☆☆☆


「ふぅ。小娘どもはうまくやってくれているといいが……」


 ジャスティーナは地下道のかべに背を預けて座りながら小さく息を吐いた。

 若きダニアの女戦士らを案内して歩いていたが、王城のすぐ下まで来てジャスティーナは急激に体の力を失い、視界が揺れるのを感じてその場に座り込んだのだ。

 オニユリの銃撃を受けた体が血を流し過ぎたようだった。

 経験上、こうなると丸一日は満足に戦えないと分かっている。


「おまえさんはもう自分の仕事を果たしたってことさ。後は他に任せればいい。若い連中の役目を奪うもんじゃない」 


 そう言ったのは近くに座って干し肉をかじっているモグラの男だった。

 彼は腰袋こしぶくろの中から新たに取り出した干し肉の欠片かけらを、ジャスティーナに投げて寄こす。

 ジャスティーナはそれを受け取ると、同じようにかじった。

 塩気の強さが疲れた体に心地良い。


「勝手にあんたの年寄り仲間みたいに言わないでもらおうか。私はまだ若いつもりなんだが」

「冷や水はやめておけ。戦場に身を置きながらおまえさんがその年になるまで生きびたことには何かの意味があることを忘れるな」

「何かの意味だって?」

「お前さんが生きていることによってこの先も救われる者たちがいるだろう。これからはそういう命の使い方をするといい。まあ老人の戯言ざれごとだがな」


 それだけ言うとモグラの男は深いしわの刻まれた顔で笑った。

 モグラが初めて見せる笑顔に年齢を重ねたからこそ身に付く深みを感じ、彼は今まさに自身が言ったことを実践しながら生きているのだとジャスティーナは知る。

 ジャスティーナはそれ以上は何も言わずに体を休めた。

 頭の中でプリシラの身を案じながら。


 ☆☆☆☆☆☆


 検問免除の札で王城内に入り込んだローマンはうまやの前に馬車を乗りつけた。

 すぐに馬番の兵士らが駆け寄ってくる。

 初老のローマンとは彼らも顔見知りだった。

 ローマンは彼らに告げた。


「負傷兵だ。王妃おうひ様の家系につらなる者たち故、手厚く治療をしてほしい」


 ローマンの言葉に兵士らはうなづいて馬車の荷台に乗り込む。

 そこには腕や足に傷を負った若き3人の兵士が横たわっていた。

 彼らは馬番たちに抱えられながら、治療室へと向かう。

 そんな彼らの姿を見送り、ローマンは馬車を厩舎きゅうしゃの中に乗り入れた。

 馬番たちが出払ったため、中には人の姿は無い。


「……今なら大丈夫ですぞ」


 そう言ってローマンはからになった荷台の床板を叩いた。

 すると床板が静かに持ち上がり、その下から3人の女たちが姿を現す。

 クローディア、ブライズ、アーシュラの3人だった。

 馬車の荷台の床が二重底になっていて、そこに3人は身を隠していたのだ。


「お疲れ様でございました。お体は大丈夫ですかな?」

「ああ。ずっと同じ体勢だったから、肩がっちまったがな」


 ブライズはそう言うと顔をしかめながら首をコキコキと鳴らす。

 そのとなりでアーシュラが油断なく周囲の気配を探っていた。

 クローディアはローマンと握手を交わす。


「ローマン。ありがとう。あなたはここでいいわ。ワタシたちと共にいるところを誰かに見られたらまずいことになるし」

「何の。老い先短い身です。最後までお供いたしますぞ」


 そう言うローマンをクローディアが説得しようとしたその時、アーシュラが低く抑えた声を発した。


「何者かの気配を感じます」

 

 黒髪術者ダークネスの力でそれを感じ取ったアーシュラの言葉に、クローディアもブライズも臨戦態勢を取る。

 だがアーシュラは何も無い虚空こくうを見つめ続けており、クローディアはそんな彼女が何を感じているのかを知った。


「アーシュラ? もしかして黒髪術者ダークネスが?」

「……はい。こちらに呼びかけて来る者が……敵意はありません」


 そう言うとアーシュラは力を集中するべく、静かに目を閉じ、語りかけてくる黒髪術者ダークネスの心の声に耳をますのだった。

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