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第286話 『幼き逃避行』

 エミルとヤブランは手を取り合い、無人の廊下ろうかを小走りで進んでいく。

 エミルはヤブランの後を付いて進みながら、自身の黒髪術者ダークネスの力に異変を覚えていた。

 どういうわけだか、力が強過ぎてうまく制御できないのだ。

 周囲の気配を感じ取るのもどこか茫洋ぼうようとしており、逆に自分の力を抑えようとしても完全には抑え切れない。


(何だろう……変だな。食事に混ぜられていた薬のせいかもしれない)


 そんなエミルの不安を知らないながらも、ヤブランは彼の手をギュッと握って先導してくれる。

 まるで姉のプリシラのようだとエミルは心強く思った。


「この先の資材倉庫まで行けば、協力してくれる人が現れるから。そしたらこの王城から外に逃げられるわ」


 ヤブランはエミルを安心させるように努めて笑顔でそう言った。

 だがそう言うヤブラン自身も緊張で顔を強張こわばらせている。

 それはそうだろう。


 王国にとっての大事な人質であるエミルを、ろうから連れ出して逃がそうとしているのだ。

 見つかったら縛り首は逃れられぬ大罪を犯している。

 緊張するなと言う方が無理な話だ。 

 やがてヤブランはエミルの手を引いて螺旋らせん階段を降り始めた。


「ここはゆっくりでいいわ。あわてて落ちたら大ケガしちゃうから」


 緊張で足をもつれさせぬよう、2人は慎重に階段を1階まで降りきった。

 だがそこで2人は足を止める。

 螺旋らせん階段の先、角を曲がった廊下ろうかの向こう側から複数名の足音が聞こえてきたのだ。

 エミルとヤブランは青ざめた顔をたがいに見合わせた。 


 螺旋らせん階段から続く廊下ろうかに身を隠せる場所はない。

 2人はあわててきびすを返し、降りて来たばかりの螺旋らせん階段を上って引き返していく。

 足音を立てぬよう慎重に、しかし出来る限り急いで。

 見つかってしまうことへのあせりと恐怖に、2人とも心臓が早鐘はやがねを打つのを抑え切れないのだった。 


 ☆☆☆☆☆☆


 シャクナゲは無人の廊下ろうかを走って天空(ろう)へと急いだ。

 その手には手提てさぶくろを持っており、中には白と黒の2つの小さな香炉こうろが入れられていた。

 そしてシャクナゲは見張りのいない天空(ろう)とびらを開いて愕然がくぜんとする。

 そこに来ているはずのオニユリの姿はどこにもない。

 さらに鉄格子てつごうしの向こう側にいるはずのエミルの姿も消えていた。


「くっ!」


 思わずシャクナゲは怒りに顔をゆがめ、鉄格子てつごうしとびらを開ける。

 先ほど彼女自身が開錠かいじょうしたままのとびらはあっさりと開き、シャクナゲはろうの中に足を踏み入れた。

 そしてベッドの下などをあらためるが、どこにもエミルの姿は無い。


(何て失態なの……オニユリにあんなことを許可するんじゃなかった) 


 シャクナゲは怒りのままにベッドを手で叩いた。

 するとわずかなほこりが舞い、1本の白い頭髪が床に落ちる。  

 それはベッドの上に落ちていた髪の毛だった。

 ココノエの民の特有の白髪だ。

 シャクナゲは嫌な予感がした。


「まさかオニユリが……」


 自身のゆがんだ欲望のためにエミルをどこかに連れ出した。

 だがすぐにシャクナゲはそれを否定する。

 困った妹だが、そこまで考えなしのことをするほどおろかではないはずだ。

 万が一そんなことがバレてしまえば、オニユリ自身も全てを失うことになる。

 そのような危険をおかしてオニユリがそんなことをするとは思えなかった。


「だとしたら誰が……」


 エミルには朝まで目が覚めない程度の睡眠効果のある薬剤を与えている。

 自分で起きてどこかに出ていくとは思えない。 

 シャクナゲは床に落ちた白い髪の毛を指でまんで拾い上げる。

 それをしげしげと見つめていると、ある人物の顔が思い浮かんだ。


「……ヤブラン」


 あまり気にしていなかったが、小間使いの少女が毎日エミルに差し入れを持って会いにきていたという報告を受けていたのだ。

 どうやらエミルのことを気にかけているようだと。

 あのくらいの年の少女ならば、感情に任せて後先考えずにエミルを連れ出してしまうかもしれない。 


「同族の子を手にかけるのは気が進まないけれど……」


 そう言うとシャクナゲは自身のふところに手を当てる。

 衣の内側には一丁の小型拳銃を忍ばせていた。

 もしヤブランがエミルを連れ出していたとして、そのことが他の者に知られてしまえば、なぜ天空(ろう)かぎが開いていたのかと誰もが思うだろう。

 そうなればシャクナゲとて言い訳は出来なくなる。


 特にシャクナゲをみ嫌っている王妃おうひのジェラルディーンなどは鬼の首を取ったかのように追及してくるだろう。

 王妃おうひは由緒正しきウォルステンホルム家の令嬢だったこともあり、彼女の背後にはジャイルズ王でさえ軽視することの出来ないほど大きな権力がそびえ立っている。

 しょせんは余所者よそもののシャクナゲだ。

 いかに王の寵愛ちょうあいを受けているといえ、決して安泰ではない。


「そうなる前に事態を収拾して、エミル君を元通りの囚人しゅうじんに戻さないと」


 シャクナゲは2つの香炉こうろを入れた手提てさぶくろを強く握り、足早に天空(ろう)を後にするのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 足音を立てぬよう螺旋らせん階段を必死に上り続けるエミルとヤブラン。

 2人は一階の廊下ろうかから鳴り響いてくる複数の足音におびえながら、とにかく上を目指す。

 だが、そこで2人は聞いたのだ。

 上階から螺旋らせん階段を駆け下りてくる絶望的な足音を。

 エミルもヤブランも青ざめた顔でたがいを見つめ、その場に立ち尽くした。


 ☆☆☆☆☆☆


「妙だ……見張りの兵がいないぞ。それに……」


 黒帯隊ダークベルト副隊長のヴィンスは部下たち数人を引き連れて王城1階の廊下ろうかを進んでいく。

 隊長のショーナは用心深く、手の内をなかなか見せないものの、何かをたくらんでいるであろうことをヴィンスは疑っていた。

 とにかくショーナの動きに気を付けるようシャクナゲに言わなければならない。

 そう思って天空(ろう)に向かうところだったのだ。


「副隊長。上から何かが降りてきます」


 ヴィンスが連れて来た2名の部下は共に黒髪術者ダークネスであり、ヴィンスが腹心として重用している男たちだ。

 彼らは表向きは隊長のショーナに従いながらも、裏ではヴィンスに傾倒けいとうする者たちだ。

 そして部下たちに言われるまでもなく、ヴィンスもいち早く感じ取っていたのだ。

 上から強い力の持ち主が降りてくることを。


(これは……ショーナ隊長? それとも……)

     

 ヴィンスは感じていた。

 この王都にショーナやエミルの他にもう1人、強い力を持つ黒髪術者ダークネスが入り込んで来たことを。


「上だ。螺旋らせん階段を上に引き返していくぞ。追うぞ!」 


 ヴィンスは部下たちを引き連れて螺旋らせん階段を駆け上っていく。

 強い気配はすぐ上の階を上がっていくところだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 シャクナゲは人払いをしているはずの螺旋らせん階段の下から足音が響いて来るのを聞いた。

 足音は複数だ。

 彼女はハッとしてふところから小型の拳銃を取り出し、それを手に螺旋らせん階段を急いで駆け降りていく。

 すると下から響く足音は上に上がってきた。


 シャクナゲは警戒しながら足を止め、拳銃を構える。

 そして下から上がってきた人影が螺旋らせん階段の壁に揺れる篝火かがりびを受けて大きく揺れ動くのを見ると、するどく声を発した。


「止まりなさい!」


 螺旋らせん階段に響くその声に足音が止まり、一瞬の静寂せいじゃくが訪れる。

 そしてすぐに階下から声が響いてきた。


「……シャクナゲ様ですか? ヴィンスです」


 そう言って階下からゆっくりと螺旋らせん階段を上って来たのは、部下2名を引き連れたヴィンスだった。

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