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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第283話 『王城に渦巻くいくつもの思惑』

 ガイは屋根から屋根へと飛び移り、路地裏を駆け抜ける。

 鍛《きた》え上げられたその足腰は強く、持久力も高い。

 時折、偶発的に遭遇《そうぐう》する王国兵は容赦《ようしゃ》なく斬り捨てた。

 向かう先の王城はいよいよ目の前だ。


「曲者だ! 撃て撃て撃てぇぇぇぇ!」


 王国兵らも必死だった。

 彼らに混じる白髪の兵士の部隊が狙撃銃を手にガイを銃撃した。

 だがガイは必死に死角から死角へと転がり込んで銃弾を避ける。

 彼にとって銃撃を受けるのは初めてのことだ。


(くっ! これが銃火器か。命中したらひとたまりもない)


 だがガイは事前にプリシラから聞いていた銃火器の対処法を実践する身体能力を持ち合わせていた。

 撃たれてからは避けられない。

 撃たれる前に回避行動を取る必要がある。

 プリシラが剣の特訓の返礼としてガイに教えてくれたことだ。


 夜の闇《やみ》もガイに味方してくれた。

 銃声が鳴り響く中、ガイは死に物狂いで走り続ける。

 胸に宿るのは使命感だ。

 死んでいった仲間たちが果たそうとした任務はまだ終わっていない。

 自分が死なない限り終わりはしないのだ。


 だが青狐隊《ブルーフォックス》最後の生き残りであるガイが倒れてしまえば、任務は失敗となり仲間たちは犬死にとなる。

 自分が死んだ時……青狐隊《ブルーフォックス》も死ぬのだ。

 それだけは我慢がならなかった。

 ガイは己《おのれ》の命を燃やして必ず目的を果たすと心に誓《ちか》う。


(みんな……隊長! 青狐隊《ブルーフォックス》はまだ死なない!)

 

 前方で王城の城壁前を守る王国兵3人が槍を突き出して来た。

 だがガイは地面を滑りながらそれをかわすと、相手の懐《ふところ》に飛び込み、剣を閃《ひらめ》かせて一瞬で3人の敵兵の首を刎《は》ね飛ばした。

 そして気勢を上げて吠《ほ》える。


「止められるものなら止めてみろ!」 

 

 まるで青い稲妻《いなづま》のごとき勢いでガイはついに王城へと到達するのだった。


 ☆☆☆☆☆


「補給完了したので一旦王城に戻ります。物資を積んだらまた戻ります」


 御者台に乗る王国軍の新米兵士がそう言うと上官は頷《うなづ》いた。

 その兵士が顔を強張《こわば》らせているのを、新兵が現場で緊張しているのだと思い上官は若きその兵士を励《はげ》ます様に笑顔で言った。


「ご苦労。次の補給も頼むぞ」


 若き兵士は緊張の面持《おもも》ちで頷《うなづ》くと、馬に鞭《むち》を入れて馬車を進ませた。

 上官は知らない。

 彼の背後には幌《ほろ》付きの荷台に5人の赤毛の女が乗っていることを。

 そしてその幌《ほろ》の中から刃が突きつけられていることも。

 馬車が走り出した後、背後から女の声が囁《ささや》かれる。


「そのまま城壁の前で一度止めなさい。おかしな真似《まね》をしたら、すぐに刺すわよ。ここ、心臓の裏側だから一突きで死ぬからね」

「は、はい……」


 すっかり青ざめた顔で震える声を絞《しぼ》り出し、哀れな兵士は言われた通りに馬車を進めていくのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆


「はあっ!」


 プリシラは凄《すさ》まじい勢いで剣を繰り出し、槍を持つ兵士を2人ほど斬り捨てた。

 そしてその兵士が持っていた鉄の盾《たて》を奪《うば》って掲《かか》げる。

 そんな彼女の前方では白髪の兵士2人が拳銃の銃口をプリシラに向けていた。

 銃声が鳴り響き、弾丸がその盾《たて》の表面を削《けず》って弾き返される。

 

 すぐにプリシラは剣を捨て、斬られた王国兵が落とした槍を拾い上げた。

 そしてそれを思い切り前方に投げつける。

 それは高速で飛び、拳銃を手にしていた1人の王国兵の首を貫いた。


 倒れ込む同僚を見たもう1人の王国兵は顔を引きつらせて次々と弾丸を発砲した。

 だがそれらは全てプリシラの持つ盾《たて》に弾かれる。

 6発の弾丸を撃ち尽くしてしまった兵士は慌てて次の弾丸を装填《そうてん》しようとした。

 だがプリシラはそれを許さない。


「させないっ!」


 一足飛びに王国兵の間合いに飛び込んだプリシラは鉄の盾《たて》で王国兵の頭をガツンと殴《なぐ》りつける。

 鉄の盾《たて》と王国兵の兜《かぶと》がぶつかり合って互《たが》いにひしゃげるほどの衝撃に、王国兵は白目を剥《む》いて昏倒《こんとう》した。

 プリシラはすぐに自分の剣を拾い上げて周囲を警戒する。

 そして周囲に敵がいなくなったのを確認すると、短く息をついた。


「ふぅ……」


 そんなプリシラの戦いぶりを物陰に隠れて見つめながらジュードは周囲の気配を探った。

 もう200メートルほど先に王城が見えている。

 

「大丈夫だ。この先の王城の勝手口までは兵士の気配は無い」

「よかった。いよいよ王城ね」


 そう言うプリシラにジュードは頷《うなづ》く。

 先刻感じたショーナの気配はあの後すぐに感じられなくなってしまって、それきりだ。

 おそらくショーナが力を閉じているのだろう。

 

 彼女の力はジュードにとって脅威《きょうい》だった。

 ショーナがその気になれば、こちらの居場所を感じ取られてしまう。

 それでもジュードは力を閉じることはしなかった。

 エミルの気配を感じ取り、彼の元まで一直線に向かうためだ。


「行こう。ジュード。エミルのところまでもうすぐでしょ?」


 そう言うプリシラにジュードは頷《うなづ》き、物陰から飛び出して路地を再び駆け出すのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 静寂《せいじゃく》が包みこむ王城の廊下《ろうか》に置き去りにされた一台の台車。

 そこに山と積まれた手拭《てぬぐ》いが不意にモコッと盛り上がる。

 そして中から1人の少女が姿を現した。

 白い頭髪のその娘はココノエの少女・ヤブランだ。

 

 ヤブランは音を立てぬよう慎重に台車から降りると、周囲を窺《うかが》いながら忍び足で廊下《ろうか》を進んで行く。

 その手に折り畳《たた》まれた手拭《てぬぐ》いの束《たば》を持ったまま。

 ショーナからの指示でこのように天空牢(ろう)付近まで忍び込んだ彼女は、事前に伝えられていた天空牢(ろう)への道順を足早に辿《たど》った。

 緊張で心臓が痛いほど高鳴っている。

 誰かに見つかってしまうかもしれない恐怖で手足は小刻みに震えていた。


 ヤブランは首から黒い札を下げている。

 黒帯隊《ダークベルト》の隊長であるショーナが発行した入城許可証だ。

 いざ誰かに見つかってしまった際は、小間使いの雑務だと言い張るようにショーナからは言われていた。

 しかしヤブランの不安とは裏腹に廊下《ろうか》からは驚《おどろ》くほど人の気配が消えていた。

 先ほど兵士たちが言っていた人払いの話は本当のようだ。


(でも安心は出来ない。時間は限られている)


 ヤブランは出来る限り足早に廊下《ろうか》を進む。

 天空牢(ろう)は王城の5階に位置するため、そこまで階段を上らなければならない。

 上階に上るための階段はいくつもあるが、ショーナから指示されているのは天空牢(ろう)に最も近道となる螺旋《らせん》階段を通る順路だ。

 ヤブランはそこを上っていく。

 駆け上りたい衝動に駆られるが、大きな音を立てたくなかったのでヤブランは自重した。


 慎重に、しかし出来る限り急いでヤブランは螺旋《らせん》階段を上り切る。

 5階分を上るので少々息が切れるし、足が相当に疲れてしまった。

 しかし5階を上り切ったところでヤブランは気持ちが大きく揺り動かされるのを感じた。


 いつも差し入れを持って訪れる天空牢(ろう)への廊下《ろうか》もすっかり見慣れたものだった。

 この廊下《ろうか》を歩いてエミルの元へ向かう時は心が弾んだし、この廊下《ろうか》を歩いてエミルの元から帰る時は心が沈《しず》んだ。

 気付けばいつもエミルのことを考えている自分に気付き、ヤブランは思わず胸が熱くなる。


(ああ……エミルとずっと一緒に遊んだり話したり、色々なところに行ったりしたいなぁ) 


 だが、それは叶わぬ夢だ。

 エミルをここから逃がして親元に帰してあげたい。

 それはヤブランの偽《いつわ》らざる本音だった。

 しかし同時にそれはエミルとの別離を意味するのだ。

 故郷であるココノエを失ったヤブランは、この王国以外に行く場所は無い。


(もうエミルと会えなくなる……)


 そう考えると寂《さび》しくて悲しくて自然と涙がこみ上げる。

 それでも……それでもヤブランは理解しているのだ。

 この王国に囚《とら》われたままではエミルは幸せになれることは決してないということを。

 彼に不幸になってまで傍《そば》にいてほしいかと自分の胸に問う。

 答えは断じて否《いな》だった。


(それでもエミルが不幸になるのは嫌だ)


 ヤブランは決意が揺るがぬよう唇《くちびる》を噛《か》みしめて廊下《ろうか》を進む。

 そして恐る恐る天空牢(ろう)の扉《とびら》の前に立つと、木製の扉《とびら》に耳を当てて中の様子を窺《うかが》った。

 音は聞こえない。

 見張りの兵の気配はなかった。


 ヤブランはショーナの言葉を信じ、意を決して扉《とびら》を静かに開いた。

 すると……鉄格子《てつごうし》の前にいつも立っているはずの2名の兵士の姿はどこにもない。

 ショーナの言葉通り、見張りはいなくなっていた。

 そして……鉄格子《てつごうし》の向こうの牢《ろう》の中には、ベッドの上に横たわり静かに寝息を立てているエミルの姿がある。


(エミル……今、ここから出してあげるからね)


 ヤブランは緊張でじっとりと汗をかいた手で、ゆっくりと鉄格子《てつごうし》の扉《とびら》に手をかけるのだった。

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