第276話 『弾丸の嵐』
「残念だったわねオニユリ。あなたはエミルに危害を加えることは出来ない。なぜならエミルは救い出されるから。そしてあなたは……ここでアタシに倒されるからよ!」
そう言うとプリシラは剣を鞘に収めたまま真横に動き出す。
同時にオニユリが発砲し、弾丸はプリシラの頭の近くを通り抜けていった。
鼓膜が痛むほど音が響く。
オニユリの拳銃は弾丸の装填数が一丁当たり6発。
これを全て撃つと弾丸を再度装填しなくてはならず、どうしてもそこに隙が出来る。
プリシラとしてはそこを突くべく、とにかく弾数を撃たせて隙を作るべく動き回るしかない。
プリシラは相手を牽制するために腰帯に数本差している短剣を2本抜いて、それぞれ左右の手に握った。
だがそこでオニユリのすぐ背後に、彼女の部下と思しき若い白髪の男が2人駆け寄ってきた。
2人はその手にオニユリが持つものと同じ拳銃をそれぞれ持っている。
プリシラは彼らがオニユリに加勢して撃ってくるのだと思った。
だが、そうではなかった。
彼らは拳銃に弾丸を装填しながらオニユリの背後に並んで跪いた。
まるでそこに待機しているようだ。
プリシラはすぐにその意図を悟った。
(あの2人……弾丸の装填係だわ)
オニユリが手にした拳銃の弾数を撃ち尽くしたら空の拳銃を背後の男に手渡して、替わりにすでに弾丸が装填されている新たな拳銃を受け取るのだ。
そして空の拳銃を受け取った部下の男たちはそこに新たな弾丸を装填していく。
そうすることでオニユリは自身で弾丸を装填する手間を省き、絶え間なく拳銃を撃ち続けることが可能になるのだ。
プリシラにとっては実に厄介な状況だった。
オニユリは弾丸を惜しみなく使って左右の拳銃を次々と発砲した。
プリシラは動き回って必死に射線をずらし、何とか直撃を避けるものの一向に反撃に移ることが出来ない。
しかも発砲音を聞きつけた王国兵たちが遠くから向かってくる松明の灯りがあちこちに見える。
このままではプリシラは敵に囲まれてしまうだろう。
プリシラの予想した通り、オニユリは6発の弾丸を撃ち尽くすと空になった拳銃を背後の白髪の男に渡す。
それを受け取ると男はあらかじめ弾丸を装填しておいた拳銃をオニユリにすぐさま手渡した。
その動きに一切の澱みはない。
あらかじめ3人で訓練していた動きだとすぐに分かるほど一連の動作は洗練されていた。
(くっ! このままじゃ駆けつけてきた敵兵に囲まれる)
プリシラは多少の無理をしてでも前に出ることを決めた。
ほんの1メートル前に出るだけでも被弾の確率は大きく上がってしまうだろう。
それでも攻めなければジリジリと追い込まれるばかりだ。
プリシラは決死の覚悟で前に出ると、先ほどよりさらに激しく動き始めた。
左右にステップを踏み、地面を転がるなど目まぐるしく動き回る。
しかしオニユリもプリシラの動きを予測して拳銃を撃ち放つため、数発に1発はプリシラに当たりそうになる。
弾丸の嵐を前にプリシラは重圧を感じながら必死に耐えた。
そしてオニユリの背後に控える男のうちの1人が弾丸装填のために視線を下に落とした瞬間にプリシラは動いた。
まず後ろの2人のうち1人でも倒せば少し楽になると考えたプリシラは、持っていた短剣を向かって右の男を狙ってすばやく投げつけた。
しかしそれを予測していたオニユリは、部下を狙って飛ぶ短剣を左手の拳銃による銃撃で撃ち落とす。
「お見通しよ!」
そう言うと同時にオニユリは右の拳銃でプリシラを銃撃した。
プリシラの反応が遅れたため、弾丸は彼女の左肩を掠める。
「ぐっ!」
革鎧が守ってくれたため軽傷で済んだが、プリシラは体勢を崩して地面に片膝を着いてしまった。
オニユリがすぐに撃鉄を起こしてプリシラを狙う。
「終わりよ!」
「くっ!」
だが次の瞬間、あらぬ方向から飛んできた矢が、オニユリの頭部を狙った。
オニユリは咄嗟に頭を傾けて避けるが、矢はその後ろの彼女の部下の男の頭を貫いた。
「うぐっ……」
眼窩を矢で貫かれた男はガクッと体の力を失ってその場に崩れ落ちる。
ハッとしてオニユリは一瞬だけ動きを止めた。
どこから矢が飛んできたのか分からなかったからだ。
それは高い場所から撃ち下ろされたような軌道の射撃だった。
プリシラは瞬時に顔を上げる。
その視線の先、城壁の上に誰かが立っていた。
その人影は弓矢を構えている。
短弓だ。
それを持つ者のその体格は逞しく、赤毛を夜風に靡かせていた。
闇夜の中でその顔はハッキリとは見えない。
しかしプリシラには分かった。
短弓でこれほど強く正確な矢を放てる者はそうそういない。
プリシラは微かな希望を抱いてその人物の名を呼ぶ。
「ジャ……ジャスティーナ? ジャスティーナなの?」
するとその人物は短弓に新たな矢をすばやく番える。
その澱みない動作はプリシラが見慣れた人物のそれだった。
そしてその人物は言う。
「よく生きていてくれたね。プリシラ。加勢するよ!」
忘れもしないその声にプリシラは思わず胸を詰まらせる。
それは……あの谷間の戦いでオニユリの銃撃を受けて谷底に転落したジャスティーナその人だった。
☆☆☆☆☆☆
オニユリは舌打ちをした。
側近として厳しい訓練を課し、オニユリの手足となって意のままに動く優秀な人材に成長したヒバリとキツツキ。
そのうちの1人であるヒバリが死んだ。
突如として飛んできた矢によって顔面を貫かれての即死だ。
オニユリはすぐさま矢の飛んできた方向に目を向ける。
その視線の先、城壁の上に1人の人物が立っていた。
それが赤毛と筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》たる肉体を誇るダニアの女だとすぐに理解し、さらにプリシラが叫んだその名にオニユリは驚愕する。
「ジャスティーナ!」
プリシラの叫び声にオニユリはその名をしかめた。
(ジャスティーナですって? あの女は谷底に落ちて死んだはず……)
だが今、城壁の上からオニユリに鏃を向けているのは確かにジャスティーナだった。
「あの状況で生きているなんて……」
オニユリは忌々しげにそう吐き捨てると、左手の拳銃をプリシラに、右手の拳銃をジャスティーナに向ける。
そんな彼女の背後ではヒバリを射殺されたキツツキが動揺に目を白黒させ、声を上擦らせた。
「ああ……姉上様。ヒバリが……ヒバリが死んでしまいました」
「落ち着きなさい! キツツキ! 私の背後で弾丸の装填に集中するのよ」
オニユリは動揺するキツツキを一喝すると頭の中で冷静に判断する。
(まずいわね。プリシラとあの厄介な死にぞこない女の両方を相手するのは不利だわ。時間を稼いで増援の到着を待つしかないか)
銃声を聞きつけた王国兵らがこちらに向かっているのは、遠くに揺れる篝火を見ても分かる。
オニユリは気持ちを切り替えてキツツキに命じた。
「キツツキ。とにかく弾丸の装填に集中しなさい。もうあなた1人しかいないんだから……」
そう言うとオニユリは上から飛んできた矢を再び右手の拳銃を発砲して撃ち落とす。
しかし城壁の上のジャスティーナは次々と矢を放ってきた。
狙いはオニユリであったりキツツキであったりする。
「くっ! 忌々しい!」
オニユリは右手の拳銃でジャスティーナの矢を撃ち落とし、左手の拳銃でプリシラを狙い撃つ。
そうしてジリジリと撤退していく。
空になった拳銃をキツツキに渡し、新たな拳銃を受け取った。
その時だった。
突如として何者かに足首を掴まれたのだ。
「なっ……」
振り返ろうとしたオニユリだが、足をグイッと引っ張られて思わずよろめく。
そして信じられないことに、地面に立っていたはずの彼女は背後に突然開いた穴の中へと落下していくのだった。




