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第274話 『集う者たち』

「馬車はここまでだ」


 地下道を走る馬車の終着点に到着し、モグラの男が短くそれだけ言った。

 ジャスティーナとジュードが馬車を降りると、その先はまた人が徒歩で通るための小さめの地下道が続いている。


「王都まではどのくらいだ?」

「ここから歩いて2時間ほどで王都の真下に出る」


 ジャスティーナの問いにモグラは即答した。

 おどろいたのはジュードだ。


「王都の真下まで通っているのか?」

「去年開通した。しかし城壁前から急激に深くなっているため、王都へ再び上がるのに時間がかかる。手前の城壁前で地上に出る方が単純に王都に着くのは早い」


 モグラの言葉にジャスティーナとジュードは顔を見合わせ、すぐに決断した。


「私らは王都の中に用があるから真下まで行くよ」


 ジャスティーナのその言葉にモグラはうなづき、2人を先導して先へと進むのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 小船に揺られて王国を目指していた3人の女たちは今、馬車に揺られていた。

 ブライズ、アーシュラ、そしてクローディアの3人である。

 彼女たちは漁師のフリをして、小船で海流に乗って王国まで辿たどり着いた。

 そこから協力者たちの手引きで今、王国領内を馬車移動している。


 3人は共に元々ダニア分家の人間であり、かつてはこの王国に住んでいた。

 そのため今でも彼女らを懇意こんいにしてくれる者たちが王国内にはいるのだ。

 馬車は夕暮れの林道を進み続けている。

 やがて林道脇の林の中に、木こりの小屋とおぼしき木造家屋が見えてきた。


 小屋の近くで停車した馬車からクローディアら3人は降り立ち、案内人の手引きで小屋に入る。

 するとそこには1人の初老の男が待っていた。

 男はクローディアの顔を見ると、その表情をクシャクシャにしてその目に涙を浮かべ、その場にひざまずいた。

 そして声を震わせて言う。


「お……おお。レジーナ様。お元気そうで何よりです。大変ご無沙汰ぶさたいたしております。私めを覚えておられますか?」

「もちろんよ。ローマン。あなたを忘れるわけないわ。ほら立って。あなたひざが悪かったでしょう?」


 そう言うとクローディアはローマンに近付き、その手を取って立ち上がらせる。

 最後に彼を見たのは王国を出る前だったから、もう十数年前のことだ。

 幼い頃から自分を知る彼に幼名であるレジーナと呼ばれると、昔に戻ったような気になり、なつかしくてクローディアは泣きそうになってしまう。


「久しぶりね。ローマン。またあなたに会えて本当に嬉しいわ」


 クローディアはかつて分家の一族をひきいて王国から離脱し、新たに建造していた新都ダニア移り住んだ。

 その際、ローマンには年老いて動けなくなった母親がおり、自分自身も足が悪くて長くは歩けなかったため、先代クローディアと共に王国に残ったのだ。

 そしてローマンは……クローディアの側近の部下であったリビーの父親でもあった。

 リビーは先日、クローディアの子女であるヴァージルとウェンディーを守るために王国軍のチェルシー将軍と戦い、相棒のジリアンと共に戦死したのだ。


「リビーの件、すでに聞いていると思うけれど……ごめんなさい。ワタシの責任よ」


 クローディアは無念そうに目をせた。

 だがローマンはそんなクローディアを気遣きづかうように言う。


「娘はあの年になるまでレジーナ様に重用していただき、戦士としてこれ以上にないほまれを胸に抱いて天の兵士となりました。父として誇りに思います」


 ダニアでは名誉めいよの戦死をげた戦士のことを、敬意を込めて天の兵士と呼ぶ。


「ローマン……」


 ダニアの女は戦士であり、戦場に立つ以上、いつ死んでもおかしくない人生なのだ。

 むしろ戦場で誇り高く散ることこそ本懐だという考えが一族全体に染みついている。

 しかし父として娘を失って悲しくないわけがないのだ。

 そのことを思うとクローディアの胸から申し訳なさが消えることはなかった。


「ローマン。ワタシも残りの人生が少なくなって来たけれど、リビーの忠義には一生感謝し続けるわ。彼女のことは片時も忘れない」

「レジーナ様。そう言っていただけて、リビーの父親として報われた気持ちです。ありがとうございます」


 そう言うとローマンはクローディアに深々と頭を下げる。

 そしてブライズやアーシュラとも挨拶あいさつを交わして、それから本題に入った。

 

「王都は今、チェルシー様が守護しています。しかしあまり安泰とは言えません。ジャイルズ王の公妾こうしょうであるシャクナゲが栄華を誇る中、王妃おうひのジェラルディーンが復権を目指して動き始めました。要するに王城内で政変が起きつつあります」 


 ローマンの言葉にニヤリとするのはブライズだ。


「本妻と愛人の争いか。これは付け入るすきがありそうだな」

「はい。ここから王城まではおよそ半日。夜半過ぎには到着できるでしょう。混乱に乗じて大胆に潜入しましょう。もっとも障壁の少ない道をご案内いたします。御三方ならば強引に突破出来るでしょう」


 ローマンの言葉にクローディアはうなづいた。 


「エミルを救い出し、チェルシーを拘束こうそくし、ジャイルズ王に共和国とダニア、そして東側諸国連合からの最後通牒(つうちょう)を叩きつける。その3つを一度に成し遂げる困難な任務だけれど、ワタシたちならやり遂げられる」


 決然とそう言うとクローディアはブライズとアーシュラをともない、ローマンの先導で木こり小屋を後にするのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 王城内の執務室で待機するチェルシーの元へ副官のシジマが訪れた。

 彼はいつものようにチェルシーの前にひざまずき、うやうやしく一礼してから状況を報告する。


「クローディアひきいる艦隊は大半が轟沈ごうちんしたようですが、ダニアの女たちは小船に乗り換えて港町ヘキサに押し寄せている模様です。さすがに一筋縄ひとすじなわではいきませんね。ダニアの女たちは」


 シジマの報告にチェルシーは冷たい光をその目に宿して言葉を吐き出す。


「この状況においてもワタシを港町に派遣しないなどの骨頂。王城を守るにしてもここまで押し寄せられれば、それ自体が大きな危機になる。兄上は正常な判断力も失ってしまったようね」


 そう言ったきりチェルシーはだまり込む。

 だがその心の中には王国防衛への心配など微塵みじんもない。

 兄がどうなろうとどうでもよかった。

 その胸にあるのは期待だ。


(姉様ならばここまで来る。どんな障壁も乗り越えて必ずワタシの前に現れる。その時こそがワタシの復讐ふくしゅうの最終局面。この手を姉様の血で染める時よ。来なさい。姉様。ここまで到達して見せなさい。ワタシがこの手でその首をねてあげるから)


 チェルシーはその目に暗い怒りを宿して、その時を待つのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 馬車を降りると、ほんの数十メートル前に王都の城壁がそびえ立っている。 

 城壁の高さはおよそ10メートル。

 その壮大な壁を見上げながらプリシラはついに自分が王都に辿たどり着いたことを実感した。


(ここが王都ハルガノン。ここにエミルが……)


 プリシラは今すぐにでも城壁をよじ登りたい衝動を抑えながら、案内人たちの先導を受けて兵士の詰め所へと足を踏み入れる。

 そこは兵士の詰め所と言いながら、実際に詰めているのはほんの数人だった。 

 しかしその数人の兵士を目にしてプリシラとガイは思わず足を止める。

 彼らは兵士でありながら全身黒ずくめの衣装に身を包んでいた。

 その異様な風体に思わず、まゆをひそめるプリシラとガイに、案内人は言った。


「案ずるな。全員、我らの味方だ。あんたたちを城の中に送り込む手助けをしてくれる。どうする? 少し休憩してから行くか?」

「いいえ。休憩なら馬車の中で十分に取らせてもらったわ。このまま行く」


 そう言うプリシラにガイはうなづき、案内人に目を向ける。

 案内人はすぐに黒ずくめの仲間たちに合図をした。

 すると男たちはなわくさびを手に立ち上がる。

 それから案内人はプリシラとガイにそれぞれの装備を返した。


「もう変装は必要ない。王都の中では自分たちで道を切り開いてくれ」


 ガイはそれを受け取ると、案内人や他の面々と外に出ていく。

 

「着替えが終わったら出て来てくれ」 


 そう言い残すガイにプリシラはうなづき、1人になると着替えを済ませるのだった。

 長剣を再び腰帯に差すと、ここからは力で突破するのとだと気合いが入る。

 それからプリシラは詰め所の外に出た。

 そこでは着替えを済ませたガイが、案内人たちと城壁を見上げて何やら話し合っている。

 プリシラもそこに加わった。 


「城壁にも篝火かがりびの明かりが届かぬ場所がある。そういう場所を選んで城壁を登り、向こう側に降りるんだ」


 そう言うと案内人たちは城壁の一部にすばやく駆け寄った。

 そして壁にくさびを打ち込みそこになわくくりつけると、打ち込んだくさびを足場にしてさらに上にくさびを打ち込んだ。 

 そうして城壁の上までロープを通すのだ。

 その手早さにプリシラは思わずうなる。


「すごい……」 


 その作業はあっという間に完了し、城壁を登るための準備が整う。

 まずはガイがなわを手にスルスルと城壁を登っていく。

 ガイは城壁の上へと登り切ると、目立たぬようその上に身をせる。 

 プリシラはそれを見届けると自らもなわを手にした。


 だがその時だった。

 耳をつんざくような破裂音が響き渡ったのだ。

 もう聞き慣れたその音が銃声だと分かり、プリシラは反射的に頭を下げて身を低くする。

 だが、そんなプリシラの背後で案内人の男が頭から血を噴き出しながら倒れ込んだ。

 男は頭部を撃ち抜かれて即死している。


「なっ……」


 プリシラは両目を見開き、前方のやみの中に目をらした。

 そのやみの中からユラリと人影が姿を現す。

 真っ白な髪が夜風に吹かれておどり、聞き覚えのある女の声が硝煙とともに宙をただよった。


「あらあら。裏切者を殺しにきたら、とんでもないお客様にお会いしてしまったわ。久しぶりね。プリシラ」


 そう言って妖艶ようえん微笑ほほえむのは、拳銃を両手に握ったオニユリだった。

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