第271話 『王国軍のおごり』
「撃て撃てぇ! 」
大砲が放たれる轟音の合間に、ウェズリーの嬉々とした声が響き渡る。
公国砦の屋上に設置された15門の大砲から次々と砲弾が射出され、およそ1km先の共和国砦に命中する。
その度に爆発が巻き起こり、強固な石造りの砦がいとも容易く崩れ落ちる。
公国と共和国の国境地帯では、共和国ダニア連合軍に対する王国の猛攻が始まっていた。
一方の共和国ダニア連合軍は砦の裏側に下がったままだった。
十数名の見張りの兵のみを砦の前に残しているだけだ。
そんな敵軍の様子にウェズリーは高笑いが止まらない。
「ハッハッハ! 見ろ! 奴ら砦の裏に隠れたまま出て来られないぞ! 勇猛なはずのダニアの女どもも大したことはないな! 何が金の女王ブリジットだ! 笑わせる!」
そこからわずか5分間に渡る砲撃で、共和国の砦は壊滅的な被害を受け、ほとんど原形を保たぬほどに破壊されたのだった。
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「こいつはとんでもねえな……まともに食らったらおまえの体だって消し飛んじまうぞ。ソニア」
ベラの言葉にソニアは眉間に皺を寄せて唸る。
初めて間近で体感する大砲の威力は凄まじく、百戦錬磨の2人も息を飲んだ。
石造りの砦がいとも容易く破壊され、砂の城のように崩れ落ちていく。
このような兵器の存在は今後の戦争の在り方を大きく変えるだろう。
剣や弓の時代が終わりを告げようとしていることを感じ、2人は何とも言えない苛立ちを覚える。
あれほどの兵器を前にしては、いかに体を鍛え腕を磨いたダニアの女でも成す術がない。
大砲がありその使い方さえ知っていれば、剣を握ったことの無い農夫でも簡単に戦士を殺せるのだ。
その事実は、厳しく自分を追い込み心身の鍛練に人生を費やして来た彼女たちには受け入れ難いものだった。
だがそんな2人をよそにブリジットは冷静だ。
「フン。ウェズリーとやらは前評判通り、頭の足りない男のようだな。調子に乗ってこれだけ派手に撃てば砲弾も随分と減ったことだろう」
王国へ向かっているアーシュラが残していった戦略では、大砲については防ぐことも避けることも難しいので、出来る限り撃たせて弾数を減らすことが最も重要だということだった。
敵の弾も無限ではない。
そしてブリジットは敵の補給線を絶つべくすでに手を打っていた。
アデラ率いる獣使隊と共和国兵1000人を少し離れた場所から公国内へ越境させ、敵の補給路へと向かわせている。
「今のうちにせいぜい撃っておけ。愚かなウェズリー。この戦が終わった後、捕虜になった貴様の間抜けな面を拝んでやる」
ブリジットはそう言うと、砲弾が砦を削り取って行く中、次なる手を考える。
西の空が赤く染まり、徐々に日が暮れ落ちようとしていた。
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西日の差し込む海上をいくつもの小船が陸に向けて進んでいく。
母船を失ったダニアの女たちだが、皆それぞれの小船に乗り、その自慢の腕力で櫂を漕いで猛然と船を進めていった。
赤毛の女たちの進撃に船上の王国兵らは息を飲み、狙撃銃を構える。
「撃て撃て! 女どもを魚の餌にしてやれ!」
上官の声に王国の狙撃兵らは船縁から銃を構えて海面を狙った。
だが、彼らは我が目を疑う。
先ほどまで海面を埋め尽くすようだったダニアの女たちの赤毛が見えなくなっている。
代わりに見えるのは鉄に覆われた小船の集団だ。
「な、何だありゃ?」
思わず目を剥く王国兵らの視線の先、ダニアの小船に乗る女たちが鉄の大盾を360度グルリと隙間なく構えている。
そして周囲だけでなく頭上にも大盾を掲げ、上からの狙撃に備えていた。
そして良く見るとその小船は大盾を隙間なく並べた状態でも櫂を漕げるように専用の隙間が加工された特別なものだった。
「くっ! 何なんだコイツら!」
王国兵らは狙撃銃を次々と発砲するが、弾丸は全て鉄の大盾に弾かれていく。
そして小船の船体に穴を開けようと狙うが、船体にも鉄板が張りつけてあり、弾丸を通さない。
しかも上下に揺れる波間を進む船の下部に弾丸を当てること自体が困難だった。
王国兵らは動揺する。
「こいつら……対策していやがる!」
見れば全ての小船が同じように鉄の大盾で周囲と頭上を覆い、弾丸を通さないようにしていた。
業を煮やした王国兵の上官が叫ぶ。
「大砲だ! 大砲で狙って吹き飛ばせ!」
だが大砲は船に設置した構造上、あまり近い場所は狙えない。
仕方なく遠めの小船を狙って砲弾を放つ。
砲弾を受けてさすがに数隻の船が吹っ飛んで沈むが、あまりにも効率の悪い攻撃だった。
そして王国の船団が手をこまねいている内に、ダニアの小船の集団は次々と王国船団の合間を縫って王国の陸地を目指していく。
「くそっ! こいつら! 回頭しろ! 奴らを陸地に近付けるな!」
慌てて王国船団は船首を巡らせて陸地へ引き返していくが、それを嘲笑うようにダニアの小船は高速で次々と進んでいくのだった。
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王国船団の半数が陸地へと引き返していく。
ダニアの大型船はすでに半数の10隻が轟沈していた。
その中で最後尾の船は波間に漂う同胞たちを出来る限り回収しつつ、沖へと徐々に離れていく。
その船に乗るオーレリアは前方を見据えた。
「ベリンダ様。どうかご無事で」
すでに旗艦も沈み、乗っていたベリンダが小船に乗り換えるべく海上に身を投じた姿はオーレリアも見ていた。
すでに30代半ばとなり全盛期の力はとうに失われているとはいえ、それでもなお常人を遥かに凌ぐ身体能力を持つベリンダだ。
そう簡単には死んだりしない。
そしてアーシュラが考案した鋼鉄の大盾を用いた対銃火器用の対策は、今のところ功を奏していた。
この戦いでどの程度の兵力が失われるか分からないが、このままであれば一定数の軍勢を王国の港町に送り込むことが出来るだろう。
そうして港町を一時的に占拠し、王国に揺さぶりをかける。
だが、それだけでは足りないだろう。
ダニアの軍勢だけでは王国の港町を占拠し続けられない。
今頃、共和国の港からは第2波として共和国軍の船団が出航しているだろう。
ダニアの軍勢の2倍に及ぶ2万人の兵力だ。
彼らが王国の港に押し寄せ、ダニア軍に加勢するのだ。
そうして王国の港町占拠を完全に固める。
オーレリアはこの電撃作戦の成功を祈りつつ、今頃王国に上陸しているであろう自分たちの真の女王を思う。
「クローディア。無茶な作戦です。しかし……あなたの本懐を遂げて下さい」
オーレリアは長年仕えて来たクローディアの無事を祈り、自身の成すべきことに集中するのだった。
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周囲を鉄の大盾に守られながら、小船の上でベリンダは懸命に周りの兵たちを鼓舞する。
「漕ぎなさい! この盾がある限り銃弾はワタシたちに届かない! ダニアの女の恐ろしさを王国に思い出させてあげるのよ!」
ベリンダの声に女たちは懸命に櫂を漕ぐ。
この強行作戦を成功に導けるのは彼女たちの体力あってこそだ。
そして無事に港に上陸しても、そこから第2の作戦が始まる。
今度は戦闘だ。
過酷な任務だった。
だが誰1人として弱音を吐く者はいない。
今は戦時である。
ダニアの女が不屈の戦士であることを示す絶好の機会なのだ。
ベリンダを初めとして彼女らは今、昂ぶる戦意に燃えていた。




