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第268話 『睨み合う両軍』

「ウェズリーひきいる王国軍の本隊が国境(とりで)に到着いたします!」

 

 兵からの報告を受けてブリジットは落ち着いた表情でうなづいた。

 共和国と公国の国境線をはさんで建造されている共和国のとりで

 すでに総勢2万の共和国およびダニアの同盟軍は2日前からこのとりでで待機していた。

 この部隊の総指揮官そうしきかんであるブリジットはとりでの最上階に位置する指揮官しきかんの部屋の窓から前方を見やる。 

 1kmほど先に見えるのは公国側のとりでだ。

 今は占領軍である王国軍が我が物顔で居座っている。


「良し。手筈てはず通り、とりでからの全隊退去をすみやかに進めろ」


 国境をはさんだ2つのとりでの距離はわずか1km。

 王国の抱える新型兵器である大砲は今のところ公国のとりでに配備されていないが、斥候せっこうからの報告によれば公国の首都ラフーガを出発したウェズリー副将軍(ひき)いる本隊は十数門の大砲を運搬しているということだった。

 公国(とりで)に配備するつもりなのだろう。


 大砲の有効射程距離はおよそ1km。

 公国(とりで)の上から砲撃すれば共和国のとりでまで届いてしまう。

 その時、とりでに兵がいれば多くの犠牲が出る。

 そのため敵本隊が到着する前にとりでから皆を退避させることをブリジットは決めていたのだ。


「奴らが撃ってきたらいよいよ開戦だな」


 ブリジットのそばひかえるソニアがそう言うと、すぐとなりでベラが嘆息たんそくする。


「面倒だな。こっちから打って出られないってのは」


 ブリジットは全軍に厳命してある。

 決してこちらから仕掛けてはならないと。

 あくまで敵の攻撃があった場合の反撃のみが許される。

 これは共和国にとって重要なことだった。


 先に共和国およびその同盟国であるダニアの方から仕掛けてしまえば、公国領への領土的野心があると見なされ、大陸における共和国の社会的な立場は王国と同じく悪くなる。

 ゆえに相手が仕掛けてこない場合は、いつまでもにらみ合いをすることになるのだ。  

 それでもウェズリーひきいる敵本隊をこの国境沿いに引き付けておけることには意味があった。

 

 今、クローディアが船団をひきいて海路で王国へ向かっている。

 そちらも同じく、王国領の領海に入る手前に停船するのだ。

 おそらくそこで領海線をはさんで王国軍の警備船団と対峙たいじすることになるだろう。

 王国の船団から砲撃を受ければ反撃をすることになるし、王国軍が手を出して来ずに膠着こうちゃく状態が続くのであれば、そのすきに本来の目的を果たすことが出来るかもしれない。

 王国にとらわれているエミルを救出するという本来の目的が。


「王国の連中に思い知らせてやらねばな。我々が出て来たからにはもう好き勝手は出来ないことを」


 そう言うとブリジットはベラとソニアをともなってとりでを後にするのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 大陸では各国の領土である海岸線から沖合5kmまでが領海とされてきた。

 今、王国と公海間の領海線をはさんで2つの勢力の船団がにらみ合っている。

 公海側にいかりを下ろして停船しているのは、ダニアの銀の女王クローディアひきいる赤毛の女たちの船団だ。

 大型船20せきに総勢1万人の赤毛の女たちが乗っている。


 一方、王国の領海では同規模の船団が展開され、ダニアの船団をのぞんでいた。

 王国軍の船団をひきいる部隊長の男は緊張で息を飲んだ。

 それというのも海風に乗って大きなうねりのような音が響いてくるからだ。

 それはダニアの女たちが上げる声だ。


 攻め込んでは来ないものの勇ましい彼女らの声が大音響になって届くと、王国軍の兵士らは皆その顔を強張こわばらせた。

 王国軍には大砲や銃火器といった新型兵器があるとはいえ、砲弾や弾丸の数は無限にあるわけではない。

 むしろ今、王国は慢性的な弾丸不足に悩んでいた。

 作っても作っても追いつかないのだ。


 そして撃ち尽くした後は、通常の武器による戦いとなるだろう。

 そうなればダニアの女の手強さは王国兵らも十分に知っていた。

 部隊にはジャイルズ王からの命令が徹底して通達されている。

 決してこちらから仕掛けてはいけないと。


 おそらく共和国は自国の立場を気にして、自分たちからは仕掛けて来ないだろうと王国は見ていた。

 むしろ王国が撃ってくるのを待っていてもおかしくない。

 王国が仕掛けなければにらみ合いはいつまでも続き、自国の陸地を背にしていくらでも補給可能な王国船団と違い、ダニアの船団は疲弊ひへいしていく。

 いずれ兵糧も尽きて国に戻らざるを得ないだろう。

 部隊長は部下たちに決して砲弾を撃たぬよう徹底していた。


「フン。野蛮やばん蛮族ばんぞく女どもめ。腹をすかして国へ帰るがいい」


 部隊長がそう言ったその時だった。

 王国船団の一番端の船が唐突に……砲弾をダニアの船団に向けて撃ち出したのだ。



 ☆☆☆☆☆☆


 南北に展開している王国船団の北端の船。

 そこには2門の大砲が配備されていた。

 指示があるまで決して砲弾を放ってはいけないと厳しく通達されていたため、砲弾は装填そうてんしていない。

 しかしいつ指示が来てもいいよう、船倉の弾薬庫に砲弾はしっかりと保管されていた。

 今、その船で大きな騒動が起きていた。


「何をしている!」

だまれ! 敵国が攻めてきているんだぞ! 早々に撃退せずに何が王国軍兵士か!」

「砲撃は許可されていない!」

「我々はダニアの女などを恐れて撃てぬ腰抜けではないぞ!」


 船の甲板で十数名の王国兵らが騒いでいた。

 そのうちの1人は砲弾を入れた木箱を抱えている。


「勝手に砲弾を持ち出すとは何事か!」


 その男を取り押さえようと他の兵士が詰め寄るが、そんな兵士らを別の兵士らが押し留める。

 どうやら10名ほどの兵士が砲撃の強行を主張して、弾薬庫から勝手に砲弾を取り出してきたのだ。

 その兵士らと彼らを取り押さえようとする他の兵士らにより押し問答が繰り広げられていた。

 いや、もはや体をぶつけ合い、押し合いへし合いしている。


「そいつらを取り押さえろ! 軍旗違反だぞ!」

「何が軍旗違反だ! 貴様らこそ愛国心は無いのか!」


 砲撃を強行しようとしている兵士らがとうとう武器を抜き、それを振るって一気に大砲の周囲にいる兵士らを追い払う。

 そんな彼らを止めようと他の王国兵らも武器を抜き、現場は騒然となった。

 そうこうしているうちに砲弾を抱えた兵士が大砲の前に立ち、それを大砲に装填そうてんする。

 その様子を見たこの船の責任者が青ざめて声を荒げた。


「馬鹿なことを! やめろ! 誰かそいつを止めろ!」


 大砲を撃とうとする王国兵らと、撃たすまいとする王国兵らが大砲の周りで入り乱れて押し合う。

 そんな中、火打石で大砲の着火(ひも)に火を付けた兵が絶叫した。


「着火したぞ! 死にたくない奴は大砲から離れろ!」


 その声に大砲周辺にいる兵士らは一斉に飛び退すさって床板に身をせる。

 次の瞬間……ドンッと轟音ごうおんが鳴り響き、白煙をまき散らして砲門から砲弾が射出された。

 それは前方に展開しているダニアの船団の間に着水して爆発し、強大な水柱を立ち昇らせる。


「あ、ああ……」

「何てこった……」


 その様子を呆然ぼうぜんと見つめる王国兵らの中で、すばやく立ち上がり次々と海面に飛び込んでいく者たちの姿があった。

 皆、砲撃を強行しようとしていた兵士らだ。

 それを見た王国兵らは事態を悟って青ざめる。

 

「や、やられた……共和国の間者どもだ」


 そううめく彼らの前方では、砲撃を受けたダニアの船団がいかりを引き上げ、こちらに向かって船を進め始めたのだった。

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