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第267話 『内通者たち』

「ガイ。ここからどうやって王都に入るつもりだったの?」


 王都に向かう平原を進み続けるプリシラとガイは、人目につかぬよう森や林の中を進み続け来た。

 時折、王国軍の兵士らが巡回する姿を見かけたが、隠れる場所がそこかしこにあったために彼らに見つからずに済んでいたのだ。

 だが今、最後の森が途切れた。

 その先には平原が続き、はる彼方かなたに王都ハルガノンの影が見えている。

 しかしさえぎるものが無い平原を進めば、すぐに見つかってしまうだろう。


「木を隠すなら森の中。人を隠すなら……」


 そう言うとガイは身を隠した木のかげから鳥の鳴き声を真似まねた。

 何の鳥の鳴き声なのかは分からなかったが、その真似まねがあまりにも上手いのでプリシラは思わず目を丸くする。

 すると鳴き声が三度ほど繰り返されたところで、唐突に木の上から何者かが飛び降りて来た。

 それは……王国兵だった。


「くっ!」


 プリシラは即座に剣を抜いて王国兵に襲いかかろうとした。

 だがそれをガイが止める。


「落ち着け。味方だ」


 思わずプリシラは現れた男の様子を見た。

 30代くらいの年齢のその男は王国の紋章の入った軍服を着ているが、まったく敵意を見せない。

 男はプリシラとガイを交互に見やるとまゆをひそめた。


「2人だけか?」

「ああ。もう俺たちだけだ」


 そう言うガイに王国兵は顔色を変えることなく口笛を吹いた。

 すると同じように木の上から数名の王国兵たちが降りてくる。

 彼らのうち1人がその手に軍服を持っていた。

 ガイはそれを受け取る。

 それを見たプリシラは思わず目を丸くした。


「王国兵に変装して正面から入るのね?」

「ここまで近付けば王国兵の数は多い。逆に怪しまれずに侵入できる」

「え? アタシはどうするの?」


 そう言うプリシラに数名の男の1人が修道服を手渡した。

 その男は兵士の格好ではなく神父の服装をしている。

 衣装を受け取るプリシラにガイは言った。


「女は修道女に変装することに決めていた。王都周辺の部隊には神父と修道女が従軍しているからな。前線から戻って来た兵士の遺体にいのりをささげるために」


 プリシラにそう説明するガイの様子に、周囲の者たちは怪訝けげんな表情を浮かべる。


「この娘は同じ部隊じゃないのか?」

「ああ。正確に言うとな。だが身内だ」


 ガイはプリシラに目を向ける。


「悪いがその辺の木陰こかげで着替えてくれ。それとあんたの剣は俺が預かる。修道女が帯剣していたら妙だからな」 

「……分かった」


 剣を手放すのは不安だったが、まずは王都に潜入しなくてはならない。

 プリシラは仕方なくガイに自分の長剣を手渡した。

 そしてガイも自分の持っている剣を他の兵士に預けた。

 彼の剣は王国兵が持たぬ湾曲刀だからだ。


 ガイが自らの得意武器であるそれを迷いなく男たちに手渡しているところから、彼らを信用しているのだということがプリシラにも分かる。

 それでも不安げな表情を見せているプリシラにガイは言った。


「彼らは王国の民だが、長年に渡って我々と通じている。おそらく共和国にも彼らと真逆の立場の人間がいてもおかしくはない。それが国と国とのせめぎ合いというものだ」


 ガイの言葉にプリシラは冷たい現実を知った。

 ダニアに生きてきたからこそ、同じ国の仲間は何があっても裏切らないと思ってきた。

 しかし現実にはこうして王国に生きながら自国を裏切り、他国にくみする者たちがいるのだ。

 彼らをただの裏切者とさげすむことは出来ない。

 プリシラは彼らがそのようなことをする真の理由を知らないからだ。

 

 そして自分とそれほど年齢が変わらないのに、そのことを平然とした顔で言うガイが急に大人びて見える。

 彼は自分の知らない国家の裏側を身をもって知っているのだ。

 そんなことを考えてだまり込むプリシラにジュードは言った。


「早く着替えてくれ」

「え、ええ」


 そううながされたプリシラは木陰こかげで素早く修道服に着替えると、自分が着込んでいた革鎧かわよろいを神父の男に手渡した。

 数人の男たちの中でも年嵩としかさの神父はそれを丁重ていちょうふくろに包んでいく。


「王都に入ったらお返しします。荒事には必要でしょう?」


 そう言う神父にプリシラはうなづいた。

 その言葉は確かに王国(なま)りがあるが、ダニアでも元分家の者たちはこうしたなまりがあったために耳には馴染なじんでいた。

 それからしばらくそこで待機していると2台ほどの馬車がその場に現れた。

 プリシラとガイは男たちのみちびきで馬車に乗り込み、そこから王都まで進むことになった。


 馬車の中で他の男たちとしゃべるガイは見事に王国(なま)りを再現していた。

 彼がこの任務のために多くの準備をしてきたことがうかがえる。

 プリシラは緊張しながらなるべく言葉を発しないようにしていた。

 窓から見える王都の姿が徐々に近付いてくる。


(あそこにエミルが……。もうすぐ行くからね)


 プリシラは馬車の揺れを感じながら、到着を今か今かと待ちびるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 松明たいまつの明かりに地下道が照らし出されている。

 それぞれその手に松明たいまつを持つジュードとジャスティーナを先導して歩くのは、同じく松明たいまつかかげた初老の男だ。

 彼は迷いなき足取りでモグラのあなと呼ばれる地下道を進んでいく。


 ジュードの言った通り、地下道は大人が移動できる十分な空間があった。

 天井は2.5メートルほどあり、長身のジャスティーナであっても窮屈きゅうくつさを感じることなく進むことが出来る。

 横幅は2メートルほどあり、前方から別のモグラが歩いてきても問題なくすれ違うことが出来た。


 そして道は平坦であり、地面も踏み固められていて歩きやすい。

 起伏のある地上を行くよりもずっと安全で早く王都へ辿たどり着けるはずだとジュードは思った。

 思ったよりも快適なのは、どこからか風が吹き込んで来て空気がしっかりと流れているからだろう。


 そして地下道は途中で幾重いくえにも分岐ぶんきしていて時折、他のモグラの男と出会うこともあった。

 地下なのですでに方向感覚を失っているジャスティーナは先頭のモグラを見た。

 初老のその男は頑健な足取りで進み続け、複雑な分岐ぶんきにも迷うことがない。

 仮に彼が急病などで倒れてしまったら、ジャスティーナらは迷ってしまうだろう。


(だが、王都に着くまでにはまだまだ時間がかかるだろう。プリシラとエミルが無事だといいんだが……)


 そう懸念けねんするジュードはほどなくして声を失うほどおどろくことになる。  

 地下道を進み始めて2時間ごとに休憩を取り、二度目の休憩が終わってすぐの頃だった。

 急に地下道が広くなったのだ。

 天井は先ほどまでより1メートル以上も高くなり、道幅は3倍の6メートルほどに広がった。

 そしてふいにけものにおいがしたと思ったら、そこに2台ほどの馬車が止まっていたのだ。

 

「ち、地下に馬車?」


 思わずそう声をらすジュードにモグラの男は言った。


「ここからは別料金だ。乗車賃は1人銀貨2枚。嫌なら徒歩でこのまま進んでも構わない。ゆっくり行くのもまた旅だ」

「いや……おどろいたな。昔はこんなもの無かった」


 そう言うジュードにモグラは言った。


「おまえさんが以前にここを通ってから10年。10年あれば街も人も変わる。坊主ぼうず一端いっぱしの男になるほどにな。ここも変わったんだよ」


 その話にジュードは思わず目をいた。


「あんた……俺のこと覚えていてくれたのか」 

「黒髪の子供なんてめずらしいからな」


 そう言うモグラにジュードは苦笑しながら革袋かわぶくろから4枚の銀貨を取り出してモグラに手渡した。

 馬車の乗車賃としてはかなり高いが、路銀を惜しむ旅ではない。


「最速で頼む。大事な子供たちが待っているんでな」


 そう言うジュードから銀貨を受け取り、モグラは静かにうなづいた。


「10年でおまえも助けられる立場から、誰かを助ける立場に変わったんだな」


 そう言うモグラにジュードは笑みを見せてうなづき、馬車に乗り込んでいくのだった。

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