第262話 『埋葬と決意』
すでに日没から数時間が経過していた。
ガイの元に仲間たちは現れない。
山岳都市イグリッドではぐれた仲間たちは皆、正確に時刻を守る者たちだった。
この時刻になっても現れないということは、ここに来られない理由があるのだ。
捕らえられているか、あるいは死んでいるか。
(……あきらめ時だな)
ガイはかすかな希望を断ち切った。
そして青狐隊最後の生き残りとして1人でも任務を完遂すると改めて心に誓う。
心が定まるとガイはとにかく心身を休めるために眠りについた。
時折、用を足す以外は幹の中から出ないようにする。
ガイの仲間を銃撃した者たちが、この辺りまで追ってきているかもしれないからだ。
プリシラも同じくゆっくりと体を休めているが、眠れないようだった。
ガイは眠りながらも、時折プリシラが体を動かしたり、幹の戸を開けて外に出ていく物音を聞いていた。
先ほど彼女がガイの仲間の亡骸に祈りを捧げてくれたことを彼は思い返す。
エミルの救出のために厳しい任務に身を投じ、命を落とした者に感謝と謝罪の念をプリシラが感じているであろうことはガイにも感じ取れた。
ダニアの女だからもっと荒っぽい性格なのかと思ったが、実際にプリシラと接してみるとそうではないことがガイにも分かる。
(ダニアの女王ブリジットの娘プリシラ。勇猛な戦士の一面だけでなく、正しく優しい心を持っている。これが将来、女王になる者の資質か)
きっと彼女は良い女王になるだろう。
ガイにもそれは容易に想像がつく。
良き指導者には厳しさと優しさが兼ね備わっていることをガイは良く知っているからだ。
彼の師がそうであったように。
(それにしても……用を足す時間が長いな)
ガイは不意に目を開けた。
そして暗闇の中で目を慣らすと立ち上がり、樹皮の戸を開けて外に出た。
すると星明かりが周囲を明るく照らしている。
「ガイ?」
その声が幹の裏側から聞こえて来てガイはそちらに回り込む。
すると幹の中に備品として置いてあった鍬を手にしたプリシラが立っていた。
彼女の目の前の地面が掘られて穴が空いている。
プリシラはガイを見ると神妙な面持ちで言った。
「彼女を……きちんと埋葬しましょ」
「穴を……掘ったのか?」
「ええ。この暗さで、なおかつこの幹の裏なら周りから見られることはないかな思って」
そう言うプリシラは額に汗を浮かべていた。
敵が近くに潜んでいるかもしれないこの状況で、迂闊に外に出れば見つかるかもしれない。
ましてや外で穴掘り作業など、愚かな行動だ。
だが、ガイは彼女を責める気にはならなかった。
「彼女は任務のために命を落とした。そういうことは俺たちの生きる世界ではよくある。あんたが気に病むことじゃない」
「ええ。分かってる。でも彼女には感謝を示したい。だからちゃんと弔ってあげたいの。大したことはしてあげられないけれど」
それを聞いたガイは小さく息をつくと、黙って幹の中に戻る。
そしてそこに横たわる仲間の亡骸を抱きかかえて再び外に出た。
彼女を土の下で安らかに眠らせるために。
ガイは穴の底に降り立つと、仲間の女をゆっくりと地面に横たえる。
「……任務は俺が必ず成功させる。何も心配せず眠れ」
そう言うとガイは胸の内に自分でも予想していなかった気持ちが湧き上がるのを感じた。
正直なところ同じ青狐隊の面々に対して仲間意識というものは感じていなかった。
だが今こうして過酷な任務に共に身を置き、その結果として死んでいった仲間を見ているとガイは胸が震えるのを感じずにはいられなかった。
彼らのためにも自分がやり遂げなければならないとガイは強く肝に銘じて穴の外に出る。
それからガイはプリシラから受け取った鍬で土を仲間にかぶせていった。
その間、プリシラはその場から離れ、近くで夜に咲く花を摘んで戻って来る。
鮮やかな紅色のオシロイバナだった。
ガイが穴を完全に埋めて仲間の埋葬を終えると、プリシラはオシロイバナをその土の上に手向けた。
その光景は物悲しかったが、プリシラとガイの決意を新たにさせる。
「一緒に必ずエミルを助け出そう。ガイ。あなたの仲間たちのためにも」
そう言うとプリシラは朝まで休息を取るために幹の中へと戻ろうとする。
そんな彼女の背中にガイは声をかけた。
「プリシラ……仲間のこと。礼を言う」
そう言うガイにプリシラはわずかに目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「夜明け前に出発ね。それまできちんと休んでおかないと」
そう言うプリシラにガイは頷き、2人は休息を取るべく幹の中へと戻っていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「随分と早起きね。ヴィンス」
「これは隊長。おはようございます。どうされましたか?」
まだ夜が明ける前の王城。
黒帯隊の宿舎を副隊長のヴィンスが出て行こうとしているのを、玄関に出て来た隊長のショーナが呼び止めた。
「厠よ。聞かないで」
「これは失礼いたしました。私は早くに目が覚めてしまいましてな。散歩にでも出ようかと」
「そう。ここのところあなたも忙しいでしょうから、睡眠はしっかり取るように」
それだけ言うとショーナは自室へと戻っていく。
背中にヴィンスの視線を感じたが、心に一切の波風を立てぬようショーナは務めた。
ショーナよりも3つ年上のヴィンスは古参の黒髪術者であり、本心の読みにくい男だ。
ショーナもそうだが黒髪術者として長く生きている者は他人の感情の起伏を敏感に感じ取る。
そして周囲が黒髪術者だらけの環境にいるショーナは、自分の心を巧妙に隠す術を覚えていた。
心の中で他の黒髪術者に見透かされてもいい本音と、他者に隠しておくべき本音を置き分けることが出来るのだ。
(ヴィンス。厄介ね。なかなか尻尾を出さない上にこちらの思惑を読んでこようとしている)
とりあえず彼をヤブランに接触させないよう、ショーナは細心の注意を払っていた。
ヤブランとは共同戦線を張っているが、彼女では容易くヴィンスに心の動揺を読まれてしまうからだ。
ヴィンスは公妾のシャクナゲと結託して、人質のエミルに何かをしようとしている。
そしてシャクナゲはジャイルズ王を誑かして国の実権を握ろうとしているのだ。
その動きを王妃ジェラルディーンも察知しているはずだ。
(近いうちに政変が起きるかもしれない)
公国を侵略した王国は体外的には共和国との軍事衝突という問題を抱えているが、王国政府内でも多くの火種を抱えているのだ。
もしシャクナゲが政変に敗れればヴィンスも処分をされるだろう。
副隊長が処分されるとなれば黒帯隊の立場は悪くなる。
だが事前にその企みを阻止できれば黒帯隊に降りかかる火の粉は振り払えるだろう。
しかしながらショーナの真の狙いはそこではなかった。
(チェルシー様。昨日には戻っていらしたみたいね)
クローディアがこの王国に向けて船団を率いて来るという話はショーナも聞いていた。
ショーナには今のチェルシーの胸に渦巻く復讐の炎が容易に想像できる。
だが血を分けた実の姉を自らの手で討ち復讐が果たされてしまえば、チェルシーは修羅の道に堕ち、もはや後戻りは出来ないだろう。
彼女を復讐鬼として燃え尽きさせるわけにはいかなかった。
(慎重にやらないと)
チェルシーが真に幸福になれる道は1つだけ。
それは本人が絶対に選ばないであろう道だ。
しかしチェルシーを強引にでもその道に押し上げるために、ショーナは命をかけてこの状況に挑もうとしているのだった。




