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第260話 『再びの帰還』

「チェルシー。よくぞ戻った。ジルグの件はご苦労だったな」


 そう言うジャイルズ王の思わぬやわらかな言葉と態度に、チェルシーはひざまずきながら違和感を持った。

 公国領ジルグで公国軍の残党を打ち破り公国の抵抗勢力をほぼ壊滅させたチェルシーは、王国本国からの危急の召還命令を受けて急ぎ帰国したのだ。

 するといつもは腹違いの妹であるチェルシーに対して冷淡れいたんな態度を見せるジャイルズ王が、思いのほかチェルシーを手厚く迎えた。

 その言葉や態度から、兄が自分の帰国を待ちびていたのだとチェルシーは知る。


 しかしそれは決して兄妹の情などではない。

 ついに共和国が動き出したのだ。

 共和国大統領の妻にしてダニアの銀の女王であるクローディアが船団をひきいて王国へ攻め込んで来るという話で王国政府内は持ちきりだった。

 ジャイルズは恐れているのだ。

 共和国が本腰を入れて攻め込んでくることを。


 それゆえここまで王国軍の最大戦果をげているチェルシーをあわてて呼び戻したのだ。

 王都を守らせるために。

 そのためにいつもは決して見せない柔和にゅうわな態度を取る兄の浅ましさにチェルシーは嫌悪感をつのらせつつ、それを顔に出さずにうやうやしく頭を下げた。

 今更いまさら、兄に兄妹の情など求めていない。


(兄も国もどうでもいい。それよりもついにこの手で姉さまを……)


 チェルシーは腹の底に渦巻うずまく怒りがさらに燃え上がるのを感じていた。

 クローディア挙兵の報をジルグで聞かされてから、チェルシーの胸には姉への憎悪と戦意が再び熱く燃えたぎるようになっていた。

 一刻も早く帰国して姉との対戦にのぞみたいと気がき、急ぎ足で帰ってきたほどだ。


 もちろん国や王のためなどではない。

 自身の復讐ふくしゅうのためだ。

 そんな妹の胸の内などつゆとも知らず、ジャイルズ王は命じる。


「このまま王都に待機し、防衛に務めよ」

「クローディアは船団をひきいて海路で向かって来るのでは? 北の港で迎え撃つべきかと」

「ならぬ。そなたはここを離れることは許さぬ。この王都に留まり、防衛に務めよ」


 チェルシーは王のかたくなな様子に異変を感じ取った。

 玉座に座るその手がほんのわずかだが時折震えている。


おびえている? 自分で仕掛けた戦争だろうに、共和国の反撃におびえているというの?)


 チェルシーは違和感を覚えた。

 長兄ジャイルズは次兄ウェズリーのように傲慢ごうまんで他者をさげすむ性分ではない。

 それでも王としての威厳いげんを保つべく傲然ごうぜんとしていて、冷徹な判断も下せる冷たい男だった。


 それが今は明らかに様子が違う。

 覇気はきがないのだ。

 その眼光だけは以前のように鋭いものの、時折視線が揺れて落ち着きの無さを見せていた。

 そして……。


「チェルシー将軍。陛下へいかはあなたを頼りにされているのですよ。しっかり王都を守って下さいな」


 そう言うのは玉座のとなりに立つ白い髪の女だった。

 公妾こうしょうシャクナゲ。

 王妃おうひですら王の軍事政務の場には同席することなどないというのに、こんなところに公妾こうしょうがいるのは明らかに場違いだった。

 同席している他の臣下しんかたちもあからさまに表情に出す者こそいないが、時折シャクナゲを見てはいぶかしむように視線を床に落とす様子が見受けられる。

 チェルシーは思わずじっとシャクナゲを見るが、その視線に気付かぬふりをしてシャクナゲは王に目を向けた。


陛下へいか。そう言えばチェルシー将軍に見ていただきたい者たちがおりますわよね?」

「うむ。シャクナゲ。チェルシーを中庭へ」

「かしこまりました」


 シャクナゲはやわらかな笑みを浮かべてうやうやしく一礼すると、チェルシーに目を向けた。


「こちらへどうぞ」


 チェルシーは兄に目を向けたが、ジャイルズ王は何も言わずに妹を見つめ返した。

 有無を言わせぬ兄の視線を受け、チェルシーは仕方なく一礼すると、立ち上がってシャクナゲの後について玉座の間を出て行くのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「チェルシー将軍。お戻りになられて心強いですわ。陛下へいかはここのところ心身ともにお疲れで。長引く戦火の影響でしょうね。陛下へいかの御心が少しでも平穏でいられるようお支えするのが私の役目なので……」


 そう話を続けるシャクナゲの後に続いて、チェルシーは中庭まで続く廊下ろうかを歩いていた。

 饒舌じょうぜつなシャクナゲの背中を見ながらチェルシーは内心であきれる。


(まるで正妻気取りね。でもあの義姉上あねうえがこのままシャクナゲの専横を許しておくはずがない。まあ、ワタシにはどうでもいいことだわ)


 シャクナゲは今や王の寵愛ちょうあいを独占している。

 それゆえに王城内でもかなり幅をかせるようになってきた。

 そのことをよく思わない者は何も王妃おうひや他の公妾こうしょうばかりではない。


 何しろシャクナゲは大陸の外からやって来た異民族なのだ。

 生まれた頃より白い髪を持つ西方の民を、異様だとみ嫌う差別意識は王国民の中に根強く残っていた。

 チェルシー自身、白髪の者たちを重用ちょうようしてひきいているので、彼らに向けられる視線がどういうものかはよく知っている。

 そうした理由からシャクナゲの台頭を面白く思わぬ者は多いのだ。


 チェルシーはそうしたことにはまるで興味がなかったし、白髪の者たちをさげすむ気持ちは微塵みじんもなかった。

 なぜならばチェルシー自身が今でも王国への愛国心を持ち合わせていないからだ。

 むしろダニアの女王の血を引く自分も、ココノエの者たちと同じ異邦人だとすら思っていた。


「着きましたわ。チェルシー将軍」


 そのシャクナゲの声で思考から引き戻されたチェルシーは、中庭に置かれた不自然な台を見て思わず顔をしかめた。

 台の上には人間の頭部が4つ並んで置かれていたのだ。

 それは優雅な庭園にはまったく不似合いな残酷極まる光景だった。


「これは……」

「我が国に忍び込んだ間者たちの首ですわ。山岳都市イグリッドで捕らえた者たちですの。聞くところによると偽造ぎぞうした身分証で図々しくも我が国の公安兵にふんしていたらしいですわよ。おそらく共和国から放たれた者たちではないかと」


 チェルシーはその台の前に立つ。

 首は男性が2人と女性が2人。

 中年から若い者までいる。

 見せたいものとはこれかと思いながらチェルシーはシャクナゲに目を向けた。


「おそらく、とは? 尋問じんもんをしなかったのですか?」

「それが彼ら、包囲されて捕まる寸前に自害したそうなのです。躊躇ためらうことなく自分の命を捨てられるのは、訓練を受けた特殊部隊だからと我が軍の兵たちが申しておりましたわ」

「身に付けているものなどから身元が判明しなかったのですか?」

「身分を示す物は何も持っていなかったそうです」


 シャクナゲの話にチェルシーは事態を理解した。

 間違いなく他国からの間者だろう。

 それが公国なのか共和国なのか、それとも別の国なのかは分からない。


 この大陸では各国による人種の差というものがないからだ。

 身分を示すものが何もない以上、この首を見ただけではどこの国の者かは分からないだろう。

 見事な情報隠蔽(いんぺい)だ。


「将軍にこれをお見せしたのは現在の王都を取り巻く実情をご理解いただきたかったからですわ。王都にもすでにこのような間者たちが入り込んでいると見て間違いないでしょう。ですからチェルシー将軍がここにいるということを示しておく必要がありますの。あなたの雷名で不埒者ふらちものたちは恐れをなして逃げ出すでしょうね」


 そう言うとシャクナゲは4つの頭部の前ですずやかに笑う。


(この女……普通じゃないわ。軍人でもないのに首を見ても平然としている)


 チェルシーは内心でシャクナゲへの嫌悪感をつのらせながらたずねた。

 

随分ずいぶんと軍事機密にお詳しいようですが、シャクナゲ様はこのような血なまぐさい事にお関わりになるのはお控えいただくほうがよろしいかと。御心を痛めることもおありでしょうし」


 チェルシーのそれはシャクナゲの身を案じるような口ぶりだが、公妾こうしょうの立場で明らかな越権行為を働くシャクナゲに対する牽制けんせいだった。


「まあ。お心遣こころづかい感謝いたしますわ。チェルシー将軍はお優しいですわね。ですが……ココノエの部下たちから報告が上がってくるのです。国内の他の都市でも間者の疑いのある者たちを追跡したと。私、心配で心配でつい出過ぎた真似まねをしたくなるのですわ」


 牽制けんせいをものともしないシャクナゲの図太さにあきれながらチェルシーは彼女の影響力の強さが増していることに危機感を覚えた。

 国や王がどうなろうと構わなかったが、現実的には自分は王国民である。

 シャクナゲが実権を握るようなことがあれば、将軍職にあるチェルシーはシャクナゲの命令を受けて手足となって働かなければならなくなる。

 今よりも任務は過酷になるだろう。


「……よく分かりました。シャクナゲ様。王都内の治安にはよく目を光らせておきましょう」


 そう言うとチェルシーは中庭を後にした。

 そんな彼女の背中にシャクナゲの声がかかる。


「今度一緒にお茶でもいかが? 私のことは姉と思って下さると嬉しいですわ」


 チェルシーはその言葉には反応せず、足早に立ち去るのだった。

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